筋肉令嬢ジョセフィーヌVS魔王カロリング

 人知を超越した存在である魔王ですら、理解わからないことがある。


可能わからない! 現実わからない! なぜ美しい肉塊になっていないの!?」


 魔王は混乱し、ヒステリックに叫ぶ。

 あの身体も精神も鍛え上げたアースですら簡易的な呪いであそこまで堕落させられたのに、本気の呪い――息を吸うだけで太る空間、その中に体感で一年も孤独に閉じ込め続けたのだ。

 それなのにまともに自我を保ち、脂肪とは無縁らしき謎の存在に変化している。


「そ、そうよ……おかしいわ、アンタの身体……いえ、それは身体なの……!?」


 目をこらして観察すると、ジョセフィーヌの声を発している存在は巨人のようだった。

 それも魔王カロリングのような中途半端な3mの大きさの丸いものではなく、そびえ立つ筋肉の塔だ。

 巨大建造物のように太く角張った脚は、赤銅色の黒光りする金属のようであり、それが遙か上に伸びていっている。

 魔王カロリングも人ではないが、コレも――もはや人ではない。

 まごうことなき巨人だ。


「あ、アタシの呪いからどうやって……そんな身体に……!?」


「ああ、これ?」


 ジョセフィーヌはどこ吹く風で気軽に答えた。


「筋トレしてたらこうなったのですわ」


「そ、そんな馬鹿な……」


「いや~、筋トレに集中するために最適な環境だったんですもの。息をするだけでお腹いっぱいになるから、ずっと筋トレしていられるし、一年間ずっと楽しくて続けていたらいつの間にか筋肉がデカくなっちゃって!」


「で、デカく……? それだけで……」


「ええ、筋トレだけですわ! シンプルイズベスト!」


 魔王カロリングは見くびっていたのかもしれない。

 筋トレの才能――すなわち筋トレを楽しく続けられるという一点に特化した存在に対して、最高のトレーニング場所を与えてしまったのだ。

 だがしかし、魔王カロリングにはいくつもの死闘をくぐり抜けてきた経験がある。

 こんな状況でも臆さず冷静に戻った。


「ブフフ……そんな見せかけだけの筋肉でアタシを倒せるとは思わないことね!」


「倒す……? うーん、別にわたくしは貴方を倒すために鍛えたのではないのですが……。もうそろそろ、反抗期の変な魔王なりきりプレイは止めたらどうですの? カロリーヌ」


「ブッフフ……まだカロリーヌだと信じたいようだが、今の意識は完全にアタシ――魔王カロリングだぁー!!」


 見せかけだけの筋肉で、この魔王が敗れるはずがない。

 魔王カロリングは――そう確信していた。

 城でさえ一撃で破壊するような全力のタックルをすれば、ジョセフィーヌは倒れるはずだ。


「ブッフォォオオオオ! 喰らえええええ!!」


 三メートルの脂肪の塊が弾丸のように突進し、巨大ジョセフィーヌの足に向かって行く。

 しかし――


「……は?」


 魔王カロリングは逆に吹き飛びながら、情けない声をあげていた。


「ど、どういうことなのよぉぉおおお!?」


 タックルが当たる直前に、聖なる光によって弾かれてしまったのだ。

 それで魔王カロリングは跳ね返るように地面に激突して、潰れたカエルのような無様な姿を晒していた。


「あら? 何かわたくしの身体から光が……」


「そ、その輝きは……まさか……」


 魔王カロリングはやっとの思いで立ち上がり――重すぎる体重で膝が痛いが我慢しつつ――驚愕の表情で顔を歪ませていた。


「まさか、まさか……聖剣の輝き……。アンタ、もしかして勇者だったの!? いえ、でも、勇者なら聖剣を所持しているはず……この輝きもどうやって……」


「うーん、聖剣? よくわからないですわね」


 そこで魔王カロリングは気が付いた。

 巨大ジョセフィーヌと思われる手の部分が、何かを握って動いているのが見えていた。

 今まで何も気にせず腕のトレーニングを続けていたのにも驚いたのだが、その手に握られている物――


「そ、その鉄球!? もしかして、いえ、まさしく聖剣が変化した物!?」


「これ? ただの拾った鉄球ですわ。そんな大層なものではありません」


「や、止めろ……その輝きをこちらに向けるな!?」


 鉄球の輝きを受けて、魔王カロリングは苦しみだした。

 そして、そのとき奇跡が起こった。

 消え去りそうだったカロリーヌ本人の意識が、多少ではあるが戻ってきていたのだ。


「じょ、ジョセフィーヌお姉様……アタシです、カロリーヌです……」


「ええ、ずっとカロリーヌですわね? ……はっ!? もしかして、まだそういうプレイの続き!? それなら姉として付き合って上げないと……。ええと、かろりーぬ~、もどってきたのね、わーいですわ~」


「そ、その聖剣で……アタシを……罰してください……覚悟はできています……」


 優しい表情に戻ったカロリーヌは、自らを殺してくれと姉に懇願した。

 もうこれ以上、自分の身体で世界を壊したくはないのだ。


「カロリーヌ……」


 ジョセフィーヌもグッと拳を握りしめて、巨大な身体が微かに揺れているのが見えた。

 きっと高すぎて見えない頭部で頷いているのだろう。


「わかりましたわ!」


「ありがとう……ジョセフィーヌお姉様。――……はっ!? 危ない! 一瞬だけカロリーヌの奴に意識を奪われていたわ……ブフフ……ブッフフフ! けど、本当にやるつもりぃ!? この身体は実の妹のモノなのでしょう……? アタシを見逃してくれれば悪いようにはしな――」


「カロリーヌ、貴方は反抗期で周りに迷惑をかけてしまい、その禊ぎをしたいのですね。いいでしょう、わかりましたわ。一発殴ります」


「……は? 聖剣せいけんでとか言ってなかったか?」


「ええ、心を鬼にして〝正拳せいけん〟で殴ります」


 魔王カロリングはニヤリとした。

 素手なら怖くない。

 聖剣のエネルギーがなければ魔王は滅ぼせないからだ。

 しかし――見誤っていた。

 なぜ、足にすら聖剣の輝きが宿っていたかということを。


「そのままだと心が痛むので――鉄球よ、アクヤクレイジョーのマスクになりなさい」


 頭上がパァッと太陽のように輝き、鉄球だったモノが巨大ジョセフィーヌの頭部に装着された。

 それは以前ケインが作った〝鋼鉄天使アクヤクレイジョー〟のマスクだった。


「今この瞬間だけ、わたくしはジョセフィーヌではなく、筋肉令嬢と名乗りましょう」


 魔王カロリングは本能的に危険を察知した。

 ジョセフィーヌ――いや、筋肉令嬢の全身から聖剣の輝きを極大で感じ取ったからだ。

 まさに全身聖剣――それすなわち正拳きんにくだった。


「う、うわああああああああ!?」


 鋼鉄のマスクを付けた巨人が、まるで天井そらが落ちてくるかのように錯覚させるサイズで頭上から迫ってくる。

 そして、そのフォームは全体重、全筋力を込めた一撃だと予測できる。

 魔王カロリングは耐えられるのだろうか?

 否、その神の一撃に均しい正拳は――魔王すら倒す。


「ブッッフォオオオオオオオオオオオッッッッ!?」


 魔王カロリングの断末魔が木霊した。

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