ジョセフィーヌVS魔王カロリング1
「カロリーヌ……貴様! 俺に呪いをかけたあと消えたと思ったら、帝都にやってきていたのか……!」
突然現れた仇敵に対してアースは、ジョセフィーヌを庇うように立っていた。
いくらジョセフィーヌとはいえ、あの脂肪の呪いを受けたらどうなるかわからないのと、やはり大切な人と意識してしまっているためだ。
「何を言っているのかしらぁ? 結構前から帝都にやってきていたわよ、アタシぃ」
「なに……?」
「もう今更だから話しちゃうけど、ずっと帝都に潜伏していて広範囲に呪いをまき続けていたのよ……!」
アースはそこで理解した。
帝都で全体的に肥満傾向が強まっていたのは裕福になったからではなく、カロリーヌの呪いによるものだったのだ。
まさか首都一つをカバーするほどに呪いを放てるとは想像ができなかった。
「で、その最後のトリガーとしてアース……。アンタを脂肪の沼に落として連鎖的に帝都の呪いを完成させる予定だったのに、なんで痩せてるのよ? ありえないわ……」
「それは……」
アースは考えた。
ここでジョセフィーヌのおかげだと答えたら、彼女を危険に巻き込んでしまうだろう。
それを回避するには嘘を吐いてでも――
「俺一人で」
「――わたくしがアースのダイエットに協力しましたわ」
「ジョセフィーヌ、お前!?」
自信満々の表情でジョセフィーヌは前に出てきていた。
アースの心配など気にもしていないようだ。
「そう……ジョセフィーヌお姉様、いつもいつも邪魔をしてくれるわねぇ……」
「それはそうですわ。可愛い妹が何かやらかしたら、フォローくらいしてあげるのが姉ですもの」
そのジョセフィーヌの嘘偽りのない言葉に、カロリーヌは大笑いをした。
「ブヒヒ……ブッフフフフフフゥ!!」
「何かおかしいかしら?」
「いいでしょう、いいでしょう!! 糖分が好きなアタシでさえ吐きそうな、その甘々な考えをすり潰してあげましょう!」
怒りと憎しみが入り交じったようなシワを寄せた顔になったカロリーヌ。
その身体から、どす黒い魔力が視認できるレベルまで高まっていた。
それが呪いの発射段階だと気付いたアースは、ターゲットとなっているジョセフィーヌを下がらせようとした。
「ジョセフィーヌ! 危険だ!」
「ええ、呪いが来るのでしょう。わかるわ、あの子の姉だもの」
「だったら、今すぐ逃げ――」
「受け止めます、全部」
その言葉に耳を疑った。
アースは、抗えない呪いを身を以て知っているからだ。
それを間近で見ていたはずのジョセフィーヌは、何を考えているのかわからない。
「正気か……?」
「ええ、もちろんですわ」
「……そうか」
しかし自らが信じた女が、そう言い切るのなら信じてやるしかない。
アースは姉妹二人の邪魔にならないように一歩下がった。
「これが終わったら、さっきの話の続きがある。だから……」
「大丈夫、無事に戻りますわ」
アースはコクリと頷いて、静かに見守ることにした。
今から魔王との戦いが――いや、最強の姉妹喧嘩が始まるのだから。
「ほう、このアタシの呪いを真っ正面から受けようというのかい? だがしかし、そこの男に使った簡易的な呪いではなく、全力の呪いを放つのだぞォ?」
「わたくしの妹、カロリーヌの呪いですもの。全然怖くないわ」
「カロリーヌぅ? そいつの魂は取り込まれてもう消滅寸前だ。今いるのは魔王カロリング……! その全身全霊の呪い――〝脂肪漆黒呪〟を受けてみるがいいぞ!」
人間一人を覆えるサイズの黒くブヨブヨした球体が発射され、ジョセフィーヌの身体を包み込んだ。
「ブッファファ……! その呪いは特別でねぇ。現実と空間が切り離されて、体感時間一年を孤独に過ごしてもらうことになるわよぉ。そして、その一年間は息を吸うだけで太り続ける。現実世界では一分程度だけど、出てくる頃には人の姿を保っていられるかしらぁ!? その前に精神がやられてるかもねぇ!!」
***
「……ここは」
ジョセフィーヌが目を開くと、そこは〝無〟の世界だった。
見渡す限り黒で塗り潰されていて、何もない空間が広がっている。
音もしないし、暑くも寒くもない。
常人なら途方もないくらい孤独な世界に、自分というものの存在が危うく消滅してしまうという感覚に陥ってしまうしまうだろう。
しかし、ジョセフィーヌは冷静に観察を続けた。
「まずは……どれくらいの広さか」
最初に歩いた。
何もない空間をしばらく進んでも終わりが見えない。
少し考えたあと、持っていたハンカチを落として再び歩き始める。
「やっぱり……」
一直線に進んできたはずなのに、歩いた先にハンカチが落ちていた。
刺繍で家紋が入っているので、間違いなく先ほど落としたハンカチだろう。
「この暗黒空間はどこまでも広がっているわけじゃなくて、一定距離で端と端が繋がってループしているんですわ」
暗黒空間の把握ができたところで、次は自らの身体の異変に気が付いた。
「あら、これは……」
引き締まった二の腕が、いつの間にかプヨプヨしてきていたのだ。
まるで年明けに食べ続けてしまって太ってしまうアレのようだ。
「そういえば、カロリーヌが最後に言っていたわね。息をするだけで太り続けるって……それをここで一年間……か……」
そうしている間にも、身体が徐々に重くなっていく気がしてきた。
恐ろしいスピードでカロリーを与えられているのだろう。
このペースなら、一日で太ったアースくらいになってしまう。
二日で二倍、一ヶ月で三十倍、一年で――とても恐ろしいことになっていそうだ。
ジョセフィーヌもそれを理解していた。
だが、得た感情は恐怖ではなく、好奇心だった。
「これってもしかして、食事すら取らなくて一年間も筋トレし続けられる環境なのかしら?」
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