人を愛せない呪い
この世界には〝呪い〟というモノが二種類存在している。
一つは魔法などによる〝呪い〟。
もう一つは言葉などによる精神的に深く刻みつけられる〝呪い〟だ。
帝国の第一皇子アースは、十二歳のときに病床に伏せる母親から〝呪い〟の言葉をかけられた。
「アンタなんて産むんじゃなかった。好きでもないのに
その言葉を遺して母親は死んだ。
まだ幼いアースには理解できなかった。
自分は誰からも愛されていると思っていたし、それはもちろん母親もそうだと思っていたからだ。
母親を古くから知る人間に聞いたら、どうやら他に愛する恋人がいたのに、皇帝に見初められて強引に結婚させられたらしい。
(俺は望まれていない子どもだったということか……?)
次の日から、見えていた世界が一変してしまう。
明るく声をかけてくる学友たちは、第一皇子という人脈を狙っているだけなのでは?
近付いてくる女性たちは、親に言われて妃の座に収まろうとしているだけなのでは?
まだ心身共に幼さを残すアースに、母親の言葉は呪いとして突き刺さった。
それからは自分の迷いを隠すかのように身体を鍛え始めた。
まるで妄執に取り憑かれたかのように、尋常ではないトレーニング量だ。
食事制限をしすぎて倒れることも度々だった。
それでも第一皇子という立場に甘んじていた頃の太っていた身体は引き締まり、格闘技の試合では負けなしとなっていった。
父親である皇帝に決められていた結婚相手もいたのだが、どうしてもその気になれずに婚約破棄をした。
一方的すぎる行動で国際問題になるのはわかっていた。
そのために、そんな政略結婚をせずに国が安定するように、帝国を作り替える決心をしたのだ。
自分一人が国政すべてを勉強しても、一点を極めているスペシャリストには叶わないという限界を理解していたため、様々な場所で人脈を作ったり、引き抜いたりしていく。
そうして信じられない短期間で、帝国は妥協を許さない強固な発展を遂げていったのだ。
それと同時にアースには頭の痛い問題が残っていた。
「妃をどうする……か」
母から刻みつけられた呪いによって、人を愛することを避けるようになったアースだったが、いつか皇帝になるのならどうしてもパートナーが必要になる。
それはわかっていたのだが――割り切ることができないのだ。
相手の女性は、第一皇子に誘われたら、どうやっても立場によって強制される部分が出てきてしまうだろう。
母のような不幸な人間を作りたくはない。
そのような気持ちが働き、呪いとしてアースを縛り付けるのだ。
「俺はどうすれば……」
そうして悩み続けて出た結論が、アースは身分を隠し、なおかつ女性側が他の男性とも付き合える可能性をセッティングして、選ばせるという手段だった。
女性側には最後まで種明かしをしないので問題にはならないのだが、客観的に見れば試すようであり最低である。
アースもそれは理解していた。
だが、これくらいしないと恋愛という一歩を踏み出せないのだ。
いつもは明るく振る舞っているが、心の奥底では母親の呪いに苦しめられ続けた。
どうしても本心から女性を求めることができず、いつも最後は女性と他の男性がくっつくようにお膳立てをして終わるのだ。
「これじゃあ、女性に選択肢を与えるどころか、俺は心を弄ぶだけのサイテー野郎じゃないか……」
協力してくれる友人たちは事情を知りつつも、それがアースにとっていいことだとは思っていなかった。
いつか乗り越えてくれることを信じながら妃捜しに協力していたが、その時はなかなか訪れずに落胆の日々だった。
アースもそれを知りながら表面だけは明るく、精神的には希望が持てず憂鬱に過ごしていた。
「もう妃捜しは諦めて、力で強引に解決するしかないか……」
無理だとわかっていながらも、身体を鍛えて強くなれば妃がいなくてもカバーできるようになるという考えで、ある場所を捜していた。
それは伝承に伝わる〝勇者の修行場〟だ。
数少ない情報によると山奥に隠されていて、選ばれし人間しかそこに到達できないというのだ。
帝国国内は調査したが一向に見つかる気配はなかった。
そのため、王国との国境にある〝特級封印指定区域〟を調査してみることになった。
「危険だが、仕方あるまい」
そこは強力なモンスターが生息するらしく、並大抵の強さでは近付くだけで命を落とす可能性がある。
それと同時に政治的な干渉ができないルールがあるので、軍を率いていくわけにも行かない。
アースは一人で行くことにした。
リスクは大きいが、理由はいくつかある。
アース自身が油断しなければモンスター程度に後れを取らない。
それと――もういい加減疲れてしまったのだ。
妃捜しなど下らない。
呪いによって、ヘビのように締め付けられて生きるのも飽き飽きしていた。
子を残せなくても帝国の威信を次代に継げるように下準備もしてきたし、ここで自分が死んでも国家の運営には大した影響はない――
いわゆる自暴自棄に近い感情だろうか。
そういう理由もあり、アースは一人で〝特級封印指定区域〟があるという山奥へと向かったのだった。
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