やってきた馬車

 山奥でのドレッドのトレーニングは順調に進んでいた。

 黒鎧を脱いで、上半身裸になって筋肉を確認してみる。

 運動不足でたるみ気味だった身体は引き締まり、程よく筋肉が付いている。

 ズボンの前側を少しだけずり下ろすと割れた腹筋があり、ドレッドは満足そうにそれを眺めていた。


「あら、良い身体になってきましたわね」


「じょ、ジョセ!?」


 ドレッドは急いでズボンを元の位置に戻すも、恥ずかしいところを見られてしまったので頬を上気させていた。

 年長者である威厳を思い出して、何とか冷静さを保つ。


「あ、ああ。これもジョセのハードすぎるトレーニングのおかげだ」


「わたくしは普通の日常を過ごしていただけですわ」


「溶岩地帯で筋トレしたり、重力をかけて風呂の水くみをしたり、巨大魚が生息する池で水泳したり、食人植物のジャングルで――これが本当に日常なのか!?」


 ドレッドの脳裏に、これまで数十日間の出来事が走馬灯のように蘇ってくる。

 いや、実際に何度も死にかけて、ジョセにフォローされて間一髪だったので走馬灯を越えて三途の川に片足を突っ込んでいたが。


「我は長く生きているが、こんなハードなことをこなせる人間は勇者くらいだろう……。いや、勇者だったら聖剣を持っているはずか」


「剣だなんて、まぁ怖いですわ」


けんというかけんで高ランクのモンスターを狩る方が、我は恐ろしく感じるのだが……」


 そんな和やかな会話をしていると、遠くから馬車の音が微かに聞こえてきた。

 それに気が付いたジョセフィーヌは、山小屋の外に出て目をこらす。


「どうしたんだ、ジョセ?」


「ああ、ドレッドさんは前回寝てましたわね。物資の補給でわたくしの侍女がやってきたのですわ」


「ほう……ジョセの侍女……か」


 近付いてくるそれは予想通り、いつものようにベルダンディーの馬車が物資を運んできたのだった。

 ジョセフィーヌが手を振って歓迎していると、御者台の横にもう一人の男が座っていた。


「いやー、ジョセフィーヌに歓迎してもらえると嬉しいな! ハハハ!」


「……またアースさんが一緒ですの……?」


 迷惑そうな顔のベルダンディーの横には、対照的にカラッとした笑顔のアース。

 彼は御者台からすぐに下りて、ジョセフィーヌに近付いた。

 ジョセフィーヌとしては、何か距離の取り方がいつもより近すぎる気がしたので、ササッと離れようとして、丁度いたドレッドを壁にする。


「あのコカトリスさえ恐れないジョセが、アースのことは苦手なのか」


「ええ、世界で一番苦手かもしれませんわ」


 そのドレッドとジョセフィーヌの何気ないやり取り。

 アースは『世界で一番苦手』という言葉に一瞬だけピキッと石のように固まってしまうも、鋼のメンタルで立ち直る。


「ああ、そうそう。ドレッド、間もなく帝国騎士団長としての大仕事があるから、戻ってきてほしいと副団長が泣いていたぞ」


「了解した。アース――いや、我が君よ」


「公式の場以外では堅苦しいのは止めてくれ、ドレッド。まったく、スカウトした最初は実力を試すとか言ってお互いに殺意をぶつけ合ったというのにな」


 男二人のやり取りを聞いていたジョセフィーヌは、いきなり入ってきた二人の情報に頭の処理が追いつかなかったが、何か仲が良いのだなと思っておいた。


「ドレッドさんはもう帝国にお戻りになるので?」


「ああ、そうだな。副団長に迷惑をかけるわけにもいかないので戻っ――……」


 そのドレッドの言葉を遮るようにアースが提案をする。


「いやいや、もう時間も遅くなってきたし、今日は泊まって明日の早朝にでも出立するのがいいんじゃないか?」


「なるほど、そうするか」


 予定を決めるドレッドとアースの間に、ジョセフィーヌが割って入ってきた。


「ちょっと、アースさん。ここはわたくしが使っている山小屋なのに勝手に泊まるとか泊まらないとか……」


「でも、ジョセフィーヌならオーケーって言うだろ?」


「……それは、まぁ……そうですが……。というか、わたくしの心の中を先読みするのはやめてくださいませ!」


 三人でワイワイと話していたのだが、仕事熱心なベルダンディーだけはいつものように馬車から物資を運び入れようとしていた。

 それを見て、ジョセフィーヌは思いつく。


「そうだ、ベルダンディーも今日は泊まっていくといいですわ」


「わ、私がジョセフィーヌお嬢様と一緒にですか!?」


「あら、何か問題でも?」


「ただの侍女が恐れ多いというか……なんと申しましょうか……」


「水くさいですわね。ベルダンディーはわたくしにとって特別な侍女。家族であり、親友みたいなものですわ」


「ジョセフィーヌお嬢様……」


 こうしていつもより少し多い四人の住人を得て、山小屋は少し違った一日となりそうだった。

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