帰りの馬車にて

「いったい、どういうことですの? 説明してくださいますか? アースさん――いえ、帝国第一皇子アース殿下」


「ははは。やめてくれ、アースさんと呼ばれた方が俺は嬉しい」


 あのあと――頭を下げ続けるカロリーヌを放置して、ジョセフィーヌ、ケイン、アースの三人は馬車で帰路についた。

 その馬車は、貴族用よりもさらに上の皇子専用の超豪華な馬車だった。

 引いているのはサラブレッドの白馬で、御者は希少種族のエルフの騎士だ。

 馬車の内部も六人くらい座れるような大きめのサイズで、それを三人でゆったりと使っている。


 ロット魔導研究所の成果がふんだんに盛り込まれており、窓ガラスは防魔、防矢、防爆仕様。最新鋭の|衝撃吸収装置〝サスペンション〟も搭載されていて振動がほとんど感じられない。


 庶民……いや、普通の貴族ですら乗れないような超高級馬車だ。

 ケインはそのデザインを珍しそうに観察しているのだが、勝手に婚約者にされてしまったジョセフィーヌはそんな場合ではない。

 いつも通り自信満々の表情をしているアースを、不満げなジト眼で見つめる。


「では、アースさん。答えていただきますわ……」


「そうだな。なぜ俺がジョセフィーヌと婚約したか? ということだろう?」


「ええ、はい、その通りですわ」


 ジョセフィーヌの頭は、急展開過ぎる婚約についていけなかった。

 これが急な筋トレだったら適応できるのだろうが、急な恋愛に関して実は疎い。

 第二王子トリスとの婚約も親から最初から決められていたもので、ナチュラルな恋愛経験はゼロといっても過言ではないだろう。


「ははは! そんなもの、俺がジョセフィーヌのことを好きだからに決まっているだろう!」


「はいはい、冗談はよしてくださいませ。で、本当の理由は?」


「……」


 アースとしては本心だったが、ジョセフィーヌはそう受け取らなかった。

 コホン……とアースは咳払いをして、表情を真顔に戻す。


「その、だな。俺とジョセフィーヌが婚約した方がすべて丸く収まると思ってな」


「丸く収まる……のですか?」


「ああ。まずはあの場を治めることもできるし、彫像を残しておいても破壊される心配がなくなる。それに……」


「それに?」


 突然すぎる婚約の衝撃で思考が働いていないジョセフィーヌは、オウム返しで首を傾げる。

 アースは一呼吸置いてから話した。


「こ、婚約することでジョセフィーヌを守ることができる。これでトリスもカロリーヌも、大っぴらには手を出せないだろう。一応、ジョセフィーヌの両親にも事情を話して納得してもらったんだからな」


 アースは自分で恥ずかしいセリフだと思ったのか、少し顔を赤らめてしまっていた。

 それを見て、悪意はないと感じ取ったジョセフィーヌは、ようやく心を落ち着けた。安心して少し眠気が出てくるくらいだ。


「そういうことだったのですか……。わたくしのためにありがとうございます」


「べ、別に大したことはしていない! それにカロリーヌや民衆を納得させるベストなタイミングを狙うために、ギリギリになってしまったしな……まったく、ふぅ~やれやれ……」


 頬が熱いと感じてしまったアースは窓の景色を眺めるフリをして、何とか誤魔化そうとしていた。


「お、俺もまだまだということだな! ははは! ……それで、ジョセフィーヌが嫌なら自由に婚約破棄してもらっても……だな……構わない……というか……」


「おい、旧友」


「いや、俺としてはこのままでもいいかな~……と思ったりも……だな……」


「旧友、アース、バカアース」


「ゆくゆくは皇帝となった俺の皇妃として……」


「聞け、この野郎」


 横に座っているケインが話しかけているのに気が付かなかったアースは、頭部に軽い衝撃を感じた。

 げんこつで殴られたのだ。


「む、馬車の中なのにそよ風が?」


「私が腕力ないからってバカにしすぎだろう、旧友。そうではなくて……とっくにジョセフィーヌさんは寝てしまっているよ」


「なに……」


 アースは視線を前に――

 すると向かい合った席で、ジョセフィーヌがすぅすぅと静かな寝息をたてて、背もたれに身体を預けていた。


「うむ、ジョセフィーヌはどんな姿も美しいな……ではなくて、一世一代のプロポーズが聞かれていなかったというのか」


 アースは大声で突っ込みたかったが、ジョセフィーヌを起こさないためにケインと密着してヒソヒソ声だ。


「私のために付きっきりで、あまり寝ていなかったようだからね」


「ケイン、お前なんて羨まし……いや、そうでもないか。恋愛対象が無機物なお前だと、そういうのは特に嬉しくないだろう。ははは」


「ああ、たしかにジョセフィーヌさんは恋愛対象ではなく、世界一尊敬すべき存在……だった・・・


「そうだろ、そうだろ――だった・・・? んん?」


「私は見てしまったんだ。鋼鉄天使アクヤクレイジョーのマスクと一体になり、鋼の筋肉を披露したジョセフィーヌさんを……これはもう無機物に近い存在では?」


「……鋼の筋肉って比喩だろ? 実際に鋼じゃないぞ?」


「これもジョセフィーヌさんに教えられたことなのだが、発想はもっと自由で良いと知った」


「いや、おいおいおい、まてまてまてケイン。それじゃ――」


 アースは無様に冷や汗をだらだら流しながら、余裕綽々のケインを見つめた。


「私もジョセフィーヌさんのことを恋愛対象として見るようになった。旧友、キミのライバルということさ」


 一瞬、アースは物理的にも精神的にもグラついたが、ジョセフィーヌのことを考えてなんとか踏みとどまった。


「そ、そうこなくっちゃな……。ジョセフィーヌに沢山の選択肢を用意して、その中から俺を選んでもらうんだからな……! むしろ、良かったとも言えるだろう! ははははははは!」


「……やはり、こういうことをしているのは亡くなられた皇妃――アースのお母上の……」


「さぁな、なんのことだか」


「旧友、お前って面倒くさい奴だよね」


「つい最近、他の奴にも言われた」


 微妙な空気を払拭するために、男二人は馬車内に備え付けられている酒を取りだし、愛する女性に向かって乾杯をする。

 そんな事とはつゆ知らず、ジョセフィーヌは筋肉を復活させるために幸せそうに寝ていた。


「むにゃむにゃ……もうプロテインは飲めませんわ~……」

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