追放後の悪役令嬢ですが、暇だったので身体を鍛えて最強になりました
タック
第一章
20kgとの運命の出会い
「ジョセフィーヌ、キミとは婚約破棄させてもらう」
「なんですって!?」
悪役令嬢と名高いジョセフィーヌ。
彼女が魅惑のボディで数々の男性を魅了したという理由で、第二王子トリスから別れの言葉が突き付けられた。
しかし、事実はジョセフィーヌからは何もしておらず、勝手に周りの男性が恋をして一方的にフラれ続けただけなのだ。
そこから悪い噂を流され続け、世間知らずのお坊ちゃまである第二王子トリスが真に受けてしまった。
「僕以外の男とそんな関係にあったなんて……この恥知らずが! 人里離れた山の中にでも追放してやる!」
「ま、待ってください! こんなの酷すぎますわ!」
「黙れ! 問答無用だ! 穢れたキミではなく、このことを教えてくれたキミの妹のカロリーヌと婚約することにした!」
「そ、そんな……」
***
あの衝撃の婚約破棄から三日後、ジョセフィーヌは山奥の小屋で寝そべっていた。
「は~、メッチャ暇」
ジョセフィーヌは異常に切り替えが早かった。
令嬢と言うことで備蓄食料はたんまり用意されているし、元から贅沢もしない人間だったので不便はない。
しかし、山奥に一人ということでやることがないのだ。
自分の髪――金の縦ロールを指でクルクルとイジっている。
「トリス様のために身体磨きをしていたけど、結果的に追放されちゃったし、やる気出ないわ~」
誰かのために身体磨きをしても無意味、というか逆効果になってしまったのだ。
へこむというのを通り越して、虚無という気持ちになっている。
「ま~、これからは自分のために生きてみますわ~」
お嬢様言葉というより、おっさんのような口調に聞こえてくるほどに無気力。
とりあえず、気分転換のために何かしようと起き上がるも、山奥の小屋なので暇を潰せるような物が何もない。
「あるとしたら……なぜか落ちている鉄球」
20kgと書いてある。
ちなみにkgとは〝コレ・ゴッツ重い〟の略である。
興味本位で持ち上げてみようとするも――
「くっ! コレ、ゴッツ重い……持ち上がらないわ……!」
ジョセフィーヌは諦めて、再びふて寝をしようとした。
しかし、何かモヤモヤしたモノが胸に……いや、上腕二頭筋に残る。
「貶められたとはいえ、悪役令嬢という名を頂いたわたくしがゴッツ重いだけの鉄球に屈していいの……?」
否である。
令嬢というDNAが、上に立つ者の責務であるノブリス・オブリージュという金言を蘇らせる。
「たったこれくらいの鉄球を持ち上げることすら諦める人間に、令嬢の資格があるのだろうか? いや、ないですわ!」
ジョセフィーヌは勢いよく立ち上がり、気合いを入れたのだった。
ようするに暇だ。
まずは、へなちょこ筋肉で20kgの鉄球を持ち上げるのはきついと判断した。
一度失敗を経験した悪役令嬢は聡明なのだ。
筋肉の下地を作るために、最初はもっと軽い石を使ってトレーニングをする。
「ふぅ~……普段鍛えてないから、これでも堪えますわね……」
手のひらサイズの石を握って持ち上げる動作をひたすら繰り返す地味さ。
「でも、これでも自分磨きは得意でしたのよ。それを筋トレに転用するだけ!」
何事も積み重ねである。
時間だけはたっぷりあるので、一週間ほど繰り返した。
すると、プルプルだった二の腕が引き締まってきた気がする。
「ふぅん……エステや化粧の努力も楽しかったけど、身体を鍛えるのも目に見える変化で面白いわね」
早速、20kgの鉄球を持ち上げてみた。
「うっ、持ち上がるけど……重い」
ギリギリ持ち上がったのだが、まだそれだけで精一杯だ。
足元がフラついてしまう。
「これは……腕以外も鍛えまくらないとですわ!」
次の日から下半身を鍛えるトレーニングも行うことにした。
小屋の井戸を使わずに、5km離れた川から生活用水を汲んでくるのだ。
ちなみにkmとは、〝コレ・マジで遠い〟の略である。
「川まで……コレ、マジで遠い……」
普段、馬車で移動していたジョセフィーヌは徒歩で十歩以上移動したことがなかった。
室内でもトリスのお姫様抱っこや、執事が台車に乗せて移動していた。
この世界のお嬢様方には当然のことだ。
「ぜぇ……はぁ……」
山奥の道は険しいが、悪役令嬢スピリッツでなんとか川まで辿り着いた。
しかし、問題はここからである。
「こ、これは……」
川の水を両手に持つ桶に入れるとズシリと重い。
歩くだけでフラついて倒れそうになる。
「ぐぎぎ……」
瀕死になりながら、二日かけて山小屋に戻ったのであった。
「はっ!? ここは……そうですわ、意識を失いかけながらも小屋に戻ってきて……」
満身創痍の状態でベッドから目覚めたジョセフィーヌだったが、何か清々しさを感じていた。
「今まで使われていなかった全身の筋肉が痙攣して……喜んでいますわ!」
瀕死から生還することによって、ジョセフィーヌの筋肉たちが真の力を発揮したのである。
異常に腹が減り、備蓄食料を食い尽くす勢いで食事をした。
しかし、不思議と太らない。
それはすべて新しいジョセフィーヌ――真の筋肉を形作るために使われ、筋肉の維持に消費されるからだ。
――1ヶ月後、備蓄食料だけでは物足りなくなってきた。
「肉……新鮮な肉の摂取が必要ですわ……」
身体が良質なタンパク質を求めている。
野性味溢れ……もとい、力強い悪役令嬢になってきたジョセフィーヌは狩りを開始した。
幸い、肉であるモンスターの巣を発見していたので量には事欠かない。
「肉の山ですわー!」
モンスターをちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返して無双をする姿はまさにヘラクレス。
同時に料理の味にうるさいお嬢様という面もあるので、倒したモンスターはその場で掻っ捌き、川の水で冷やすという下処理も欠かさない。
「ふふ、もしかして良いお嫁さんになれるのでは」
頬に付着したどす黒い血をグイッと拭いながら、ジョセフィーヌは眩しい笑顔を見せていた。
――そして半年後。
ジョセフィーヌは、もはや20kgの鉄球など軽々と持ち上げることができていた。
これも筋肉の賜物なのだが、不思議とごつい体型になったりはしていない。
むしろ以前より引き締まっていて、魅力的になったといえるだろう。
その評判を聞いたらしい、強い者が何よりも好きという〝大帝国の第一皇子〟が猛アタックを仕掛けてきて困っているところだ。
「やれやれですわ。わたくしは筋肉と語らうのに忙しいというのに……」
今日も新メニューをこなそうとしていたのだが、そこに突然の来訪者がやってきた。
見覚えのある馬車が小屋の前に止まり――
「ジョセフィーヌ、キミに謝りたくて来たんだ!」
それは元婚約者のトリスだった。
彼は沈痛な面持ちで語った。
ジョセフィーヌの妹であるカロリーヌと婚約したのだが、彼女は第二王子というトリスの財力を使って贅沢三昧。
ブクブクと太っていって、権力を笠にして他者に威張り散らし放題だというのだ。
「僕のために頑張っていたキミが、どれだけ凄かったかわかったよ……。それに今のキミはもっと魅力的になった……! ど、どうだい? カロリーヌとは婚約破棄するから、また僕とやり直さないかい……?」
ジョセフィーヌは気にせず筋トレを続けていた。
ようやく話が終わったところで、心底興味がなさそうな表情でこう言った。
「わたくし、トリスのために自分を磨くのより、自分のために身体を鍛える方が楽しいと知ってしまったの」
「そ、そんな……」
ジョセフィーヌは、さようなら――と小屋の戸をピシャッと閉めた。
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