慌ただしい別れ際
この国における偉い順番は女王、婿王、姫であるリーアとなる。
大人が教師として保護者として、リーアを叱ったり諭したりできるのもそれは間接的に親である女王、婿王の命がかかってのこと、なので本気でリーアが我儘を言えば、それを止められるのは女王と婿王のみとなる。
それを知ってる大人たちは、リーアの命令に対し、叱るよりも諭すよりも先にお伺いを立てるため、女王と婿王の元へと走っていった。
リーアにはどちらが来てもちゃんと話して、説得する気は合ったけれども、お父様はともかく、お母様に逆らえるほどまだ大人ではなかった。
なので子供の浅知恵、二人が帰ってくる前に出て行ってもらう。実行することにした。
このような経緯を話したところ四人は渋々ながら了承して、出発の準備を始めていた。
ダンは最後にもう一度指の治療を受けている。
マルクは略奪品の引き渡し、数を数えて漏れがないか確認されている。
逆にケルズスは失った鎧の代わりに革の鎧をもらい受け、細かな紐のサイズを合わせているところだった。
出発の準備が終わってるのはトーチャだけ、台所からもらってきたレモンの果肉をしゃぶりながらリーアと共に表門で待ちぼうけていた。
「次は南だな」
しゃぶってたレモンをいつの間にか飲みこんで、トーチャが退屈まぎれに呟く。
「とりあえず南下して、だ。東側の壁の向こうはなんか大人しくなっちまったらしいし、ダイヤの季節には間に合わないし、かといって西側は謎や事件はあってもちっとも敵がいやしない。真ん中片のきな臭いとこも、あるとしたら傭兵だからな、命令されて行動するとかまっぴらだ。なら南までいって海出た方がまだいい。海、知ってるか?」
「知ってるわよ。大きな塩を水溜まり、でしょ? それぐらいは知ってるわ。見たことはないけど」
「あ? 姫の分際で海見たことないのかよ」
「何よ分際って、それにあるわけないでしょ。この国山に囲まれてて海接してないんだから」
「それでも見に行くことないのかよ。ほらあれ、外交とか戦争とかでよ」
「それもないわよ。この国は永久中立、だからどこかの国と特別親交を深めましょう、なんてできっこないでしょ? 向こうから来ておもてなしすることばかりよ」
「なんだよ姫ってちっとも面白くねーのな」
「何よ」
「何の話ですか」
入ってきたのはマルクだった。
「つまんねー話だよ。それより終わったのか?」
「終わりましたよ。全部没収、ここで手に入れたのも精霊のところで手に入れたのも、それどころか基地とか聖賢のレプリカとかごっそりです」
「何よ。その代わりにちゃんと報酬渡してるでしょ」
「それはそうなんですが、これはそういうのではなくて、この、なんていうんでしょう、もっとこう、あれなんですよ」
「そんな頭の悪い言い方じゃわかんないわよ」
ザクリの一言に固まるマルク、それを前にして平然とリーアは近くに給仕に合図を出すと、一冊の本を持ってこさせた。
「はいこれ、ボーナスよ」
そう言ってリーアが差し出した本、タイトルに『百科事典』とあった。
「勉強しなきゃ頭よくなれるわけないでしょ。これは、妾の愛読書だったけど、ほとんど覚えちゃったから持ってていいわ。ただし売り払ったら承知しないからね」
グイと押し付けられ、受け取るマルク、パラパラとページをめくって、目を通す。字は読めるようだった。
「はぁん。どうやら待たせちまったみたいだな」
そこにケルズスの登場、着ているのはまるでエプロンのような前掛けのような革の鎧、サイズが合わないのを形だけ羽織って、それでも脇の下なんかは守られているようで、着せる方の努力が伺えた。
「じゃあ出発しようじゃねぇか。あのおっかねぇ女王様とその夫の、なんつったっけお嬢ちゃんのお父ちゃん、あの禿げ、何王だっけか?」
「婿王よ。それと禿げなじゃいわ」
「いやいやいやいやお嬢ちゃん、お嬢ちゃんや、あれが本当の禿げってもんだよ。俺様なんざその末端にも入れない。禿げてねぇんだわこれが」
「いいえお父様は剥げてないわ」
「いやだからな」
「あれは剃ってるよ。頭のてっぺんを、毎朝ね。兜を被ったら頭が蒸れるでしょ? そうならないように普段から剃ってるの。そうやって有事に備えてるっていう心構え、どこかの誰かさんみたいに抜けるがままにしてる禿げとは違うのよ禿げとは」
リーアのきつめの言葉、だけどケルズスは聞いてない。
「……そうか。剃れば、禿げ隠しじゃなくて、そうか。そうか。そうか」
その顔、まるで雷に打たれたかのように驚きに固まっていた。
「それはつまり」
ひょ!
リーア、驚きのあまり飛び退く。
そこにはいつのまにかダンがいた。
「何よ。来たなら来たって言いなさいよ。いつ来たのよ」
「いつ、と言われると、海の話の辺りではもうマロはここに」
「何、まだその一人称のままなの? さっさと直してもらいなさいよ」
「いやこれは、マロが好きに使っているのだ」
そう言ってダン、何故だか胸を張る。
「聞くところによればこの『マロ』というのは古風ながら高貴なるものが使うもの、古来より脈々と受け継がれてきた蟷螂拳を使うマロにはふさわしい名乗りではないか。それにわ、た、し、よりもマ、ロ、の方が言いやすい。実は大変気に入っているのだ」
「……そう」
色々とリーアには言いたいことがあったけれども、本人がいいと言っているならば、それでいいんじゃないかと思った。
「……お待たせしました」
そして最後に現れたのが、偽姫だった。
黒革の靴、白いズボン、黒と赤のチェックのシャツ、リーアが乗馬を習う時の服装、少し小さめだけどもちゃんと着こなしていた。
リーアと同じ銀の長い髪は後ろで青いリボンで束ねて、その表情には初めて見せる緊張が見てとれた。
偽姫曰く、ここまで来るのに着てきたもの、持ってきたものはすでに処分してしまったらしい。だと言って裸で追い出すわけにもいかず、だから服一式はサービスとなった。
もちろんリーアのお古、一度は身に着けたことのある服、だけども言われて気が付いたからか、やはり男の子、立ち姿は女の子のリーアとは違って見えた。
「よっしゃ揃ったな」
トーチャ、ふわりと浮かび上がる。
「じゃあ行きましょうか」
マルク、本を閉じる。
「忘れもんねぇだろぉな?」
ケルズス、帰ってきた。
「問題ない。ただ」
ダン、ジッとリーアを見つめる。
「何よ」
「いや、こういう場合、目上の者が演説するものではないのか?」
そう言うダンの言葉に、残り三人と一人、リーアを見る。
「何よ。聞きたいの?」
リーアの返事に四人と一人、微妙な反応を見せる。
「わかったわよ。手早くね」
リーア、呼吸を整える。
「トーチャ、ケルズス、マルス」
「マルク、です。何でもっと面倒なケルズス合ってて僕を間違えるんですか」
「うるさいわねちょっと間違えただけよ」
そう言ってリーア、手元のメモ用紙、いつか賭けた時にもらった引換券の裏を見返す。
「やはり、字の練習はした方が良いのでは? 己で読めねば誰にもお読まれないぞ」
「うるさいわね。それからダン」
言ってリーア、でかかった言葉に舌が絡まるも、一度噛み切ってから、続ける。
「あ、ありがとう。助かったわ」
ほろりとでた感謝の言葉に、四人、驚きなのか、固まる。
その中で一人、部外者だった偽姫がほろりと言う。
「これは、ツンデレ、ですか?」
これに、一瞬の沈黙の後、互いに顔を見合わせてから、四人仲良くそろって大爆笑した。
「何よ! 人がお礼って笑うとか失礼じゃない!」
「いや、ちょ、いや」
「悪い。お嬢ちゃん。ただまぁ、なんだ、あれだな」
「えぇそうですね。成長なさいましたね」
「すなお、これ、デレ」
また続く大爆笑に、リーアの顔は真っ赤になる。
「何よ! ほらさっさと行っちゃいなさいよ!」
「わかったよ。あばよ」
「はぁん。それじゃあなお嬢ちゃん」
「おさらばです」
「達者でな。字の練習は、まぁいいか」
そう言って四人、本当に行ってしまう。
そのあっさりに戸惑う偽姫、だけどすぐにその後を追いかけて、追いついた。
「それで、次はどこへ行きましょうか?」
「まずは床屋だ」
「何故そうなる」
「つーかよ。新入りって名前何ってんだ?」
「ありません。ずっと名無しでした」
「それはいけませんね。それでは借用書が書けないじゃないですか」
「ならば何か新しい名を、マロが付けてやろう」
「ライチ=ギョウセンだ」
「おぃい。そのネーミングセンスねぇだろ。そりゃあ、妖精の中じゃ普通なのか?」
「あ?」
「ほらほら、器がちっちゃくなってますよ」
聞こえてくる四人の声、変わらずの雰囲気の中、何とか入りこめてる偽姫の背中、リーアは見つめ続けていた。
と、その偽姫、立ち止まったかと思えば駆け戻ってくる。
そしてリーアに抱き着くように迫って、そして耳打ちをした。
「羨ましいですか?」
……一言に、咄嗟に返事ができなかったのが、リーアの返事だった。
そっと離れる偽姫、その顔は勝ち誇ったような、あるいは満面とも言える笑顔を浮かべていた。
これに、リーアも負けじと無理矢理笑顔を作り返す。
「何よ。十年後。見てなさいよ。経済何なんかぶっ飛ばして、あなたにはできない、妾氏にか成しえないような発展見せてあげるんだから」
「えぇ、その時を、楽しみにしてますよ」
そう言って偽姫は、四人の元へと戻っていった。
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