報酬と呼びにくい報酬

 普段王族が使う表の通路から一本横の給仕たち用の通路を通り、鉄の扉一つ、鉄格子二つ抜けた地下、もう見飽きるほど閉じ込められ続けていたはずの廊下と部屋、見る方角が変わっただけで新鮮に見えた。


 今は見張りの兵隊さんが五人ほど詰めている鉄格子の向こう、思ったよりも狭く見える部屋の中の光景、きっと自分もこんな風に見られてたんだろうと、リーアは檻の中の偽姫をぼんやりと見つめていた。


 いつ着替えたのか、今の服装は灰色のシャツにズボン、銀色の髪を真っすぐ後ろに垂らして、背筋をピンと伸ばしてベッドに座る姿はまるで彫刻のようにじっとしていた。


 その姿勢、凛としていて、こんな所でもお姫様をしていた。


「これはこれはお姫様、ご帰還、ご生還、おめでとうございます」


 すました顔で静かな笑顔、だけど心なしか疲れが出ている気がした。


 そんな偽姫がすくりと立って鉄格子を挟んでリーアの前に、あの時とは真逆の立ち位置、だけど立場は、必ずしも真逆ではないとリーアは思った。


「それで今宵はこのような卑しい偽物にどのような御用でしょうか?」


 皮肉交じりの冷笑、怒りとも悲しみとも憎しみとも違う、だけど確実に負の感情に溢れていた。


「妾がここに来たのは、あなたの今後を話し合う為です」


 その負の感情を真正面から受けながらも、リーアは逃げるつもりはなかった。


「今回の事件、あなたの起こした今回の事件は見逃すには大きすぎます。事情があったことを考慮して減刑はあっても、無罪放免とはいきません」


「それで? 私をどうします? 国家反逆罪ならば極刑が普通ですよね。だけどその事情ってもののお陰で無期懲役ですか? それともいっそうっぱらって賠償金に当てますか?」


「一番近いのは最後だな」


 会話に割り込んで場の空気を一気に凍てつかせたのはダンだった。


 リーアの思惑とも外れた一言、両手を体の前で組む偽姫、何気ない動作だけども心を遠ざけたのを感じた。


 これに、流石のダンもやってしまったと後悔の表情、ダンは黙ってその両手を差し出し、折れた人差し指中指を差し出すと、意を汲み取ったケルズスとマルクがそっと握った。


「っっっっっっっっっ!!!」


 悲鳴にならない悲鳴、口を開いて牙と舌を突き出し、プルプルと痛みに耐えてる。


「これは、何のマネですか?」


「あなたの今後よ。正確には、今後を任せる人たちよ」


「……なるほど、私は彼らへの報酬というわけですか」


「違うぜ」


 否定したのは偽姫の背後、いつの間にか入り込んでたトーチャだった。


「こいつはスカウトだ」


 トーチャ、ふわりと偽姫の目の前に浮かぶ。


「前々からそこの三人と話し合ってたことだ。このメンツに新しいのを入れるとしたらどんなのかの条件、酒が入ってたが大筋はちゃんと決まってんだ」


「大前提として、本人の意思は尊重しますよ」


 マルク、眼鏡をクイッとやりながら続ける。


「その上で、僕に匹敵する、ひょっとしたらやっつけられてしまうかもしれない可能性がわずかにでも持っていること、それが最低条件です」


「その点は、おめぇさんは大丈夫だぁな」


 ケルズス、脇の下をぼりぼり掻きながら続ける。


「接近戦、魔法攻撃、遠距離攻撃、色々揃ってるがぁ、精神狙いは初めてだ。それで制度が良い。初見は流石の俺様も引っ掛かっちまったからなぁ」


「だが次は無い」


 ダン、まだ握られたままプルプル震えながら続ける。


「いくら協力だろうと同じ技を繰り返し使えば馴れもあるし耐性もつく。少なくともマロには同じ手が二度と効くとは思わないことだな!」


 勢い付けて握られてる指を引っ張り抜くダン、当然余計に痛む行為に表情を大きく歪めた。


「待ってくださいそんなの許可できません」


 そこに割って入ったのは見張りの兵隊さんだった。


「この者はこの国をいたずらに混乱に陥れた重罪人、それもひょっとすれば姫様の御身に何かあったかもしれなかったんですよ。そのようなもの、裁判も無しに保釈などあり得ません」


「裁判なんて必要ないでしょ」


 それをリーア、一蹴する。


「今回の件、たった一人の人間に国が乗っ取られかけたとか、精霊への借金で面倒なことになってたとか、それを旅の四人に助けてもらったとか、こんな大変なこと、表に出ることは絶対に無いわ。だったら当然裁判もなし、ならば罪人もなし、だけどそれじゃあ癪だから場内への不法侵入で書類送検、加えて四人に後見人になってもらってその後の公正を願う、というのが妥当じゃないかしら?」


「それは、女王様のご判断なのですか?」


「妾の、姫の判断よ。それに意見できるの?」


「しかし」


「それともう一つ表に出ないこと、この四人に城の警備はめちゃくちゃにされ、自慢の近衛騎士団も半壊にあってるの。それを相手に、大脱走されるよりはマシでしょ?」


 ほぼ脅しに、兵士は黙りこくる。


「酷い我儘ぶりですね」


「当たり前でしょ。妾は姫だもん」


 マルクの言葉にリーアは笑って応えた。


「……私には選択の余地は無いんですね」


「表向きはな」


 偽姫の何とも言えない一言にトーチャが応える。


「ここでハイハイ言っておけばとりあえず自由は手に入る。出た後に逃げ出そうがどうしようかは、自由だぜ」


 ふわりと浮かんで鉄格子の前、トーチャが浮かんで、その背中だけでもリーアは笑ってると感じた。


「何、マロから逃げたところで恥ではない。如何に実力があろうとも、上には上がいた、それだけの話だ」


 ダン、目に浮かんだ涙を拭おうと人差し指使ってまた痛みに顔を歪める。


「ついてくるなら歓迎しますよ。ただ僕についてくるのはなかなかハードですし、月一のバトルにも慣れが必要でしょうが」


 マルク、眼鏡を一度外し、服の袖でレンズを拭う。


「まぁなんだ。なまっちょろい姫様の真似事よかぁ、よっぽどましだぁな」


 ケルズス、ぼりぼりと頭を掻くと毛が抜け落ちた。


 そんな四人を前にして、始めはぽかんとしてた偽姫、だけど諦めたように、あるいは仕方ないなという風に、笑って見せた。


「そんなの、選択肢がないじゃないですか」


 返事に、四人も笑い返す。


「ようこそ『チャージ☆フレイム☆クラブ』へ。歓迎するぜ」


 両手を広げて見せるトーチャ、その背に三人、驚きの目線を向ける。


「なぁに言ってんだおめぇよぉ。この集まりは『黄金腕旅団』って何度も一点だろぉが、忘れてんじゃねぇぞ」


「悪いが『蟷螂会』で通している。仕事を受けるのもこれだ。間違えるな」


「いえそれも違いますよ。僕らは『アクアライン』の名で納税してます。これが正式です。公式なんで」


 四人、それぞれ好き勝手言って、それで互いに睨み合う。


 いつもの光景、馴れたリーアと違い、偽姫は不思議そうに四人を見つめていた。

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