我ら行進する筋肉に万雷の拍手を

 城下町の中心、いきなり現れる城壁の中に『フォースビット城』はあった。


 高い壁と広い道路に囲われていると言え、堀は無く、周囲には障害物にも足場にも燃料にも成りえる民家が密集しているのは戦略上よろしくは無いが、それを放置できるほどこの国は平和だと、城の守りを気にする必要がないとの証でもあった。


 それでも城は城、最低限の機能は備えてあった。


 城全体が灰色の石で築かれ、豪勢な飾りの中に紛れて覗き窓や石を落とす穴、ガラスのはまった窓はどれも小さく、鉄格子がはまっていた。一見まっ平らに見える城壁さえ強度を増すために若干外向きに張り出し曲線となっている。


 正面と裏の二か所に絞られた城門には当然のように門番が詰めており、建物四階建て分はあろう高い城壁の上には弓兵が控えている。


 そっと中を覗いても石像や観賞植物が見えるだけで奥がどうなってるか見通しは悪い。


 完璧というのには色々と改善点の見える造りながら、最低限城の低層は保っている、というのがケルズスの評価だった。


 その上で、攻め入るルートとしてケルズスが選んだのは、裏の城門からのルートだった。


 ……地の利の関係上、基本は責め側が不利、一説には一つの城を攻め落とすのに四倍から六倍の兵力が必要とされる。


 故に、力押しでの城攻めでは、攻め手は一か所に兵力を集中させるのはセオリーとされていた。


 当然、攻め入るのは最も手薄な場所、豪勢な正面でも飾り気のない城壁でもない、裏の城門を狙うのがセオリーだった。


 当然、守り手もそれを熟知している。なのであえて裏はみすぼらしく作り、隙があるように見せて、その裏では最も優秀な兵を備えるのもまたセオリーだった。


 それを知っているからこそ、あえてケルズスは裏城門より攻め入ったのだった。


 昼時を少し過ぎた時間、休憩が終わり午後が始まり一番気力が充実している、攻め入るには最も不利な時間、あえて選んでの襲撃はケルズスだけでなく四人の総意だった。


 ただ決めたのはおおよその時間だけ、侵入ルートはバラバラ、出会った相手は個人の狙いとは別であっても、倒せるようなら倒しても構わないと、取り決めだけで攻め入っていた。


 そうとも知らず警備に当たる兵士たち、金属の軽鎧に被ってるだけの兜、手には短い槍に、腰には剣、典型的な警備兵の装備、一見すれば真面目に見張っているただの兵士だが、その目は淀み、魔法の影響下にあるとケルズスは見切った。


 そうでなくとも、突如として大剣を手に迫る大男が現れのしりと近寄っていても静止の声すら上げず、境界線を越えてやっと反応、しかし動きは鈍く、構えは弱く、ただ形だけをなぞったような形だけ、大剣一発振るうだけで軽々と吹っ飛ばすことができた。


「はぁん。これでが正規軍? もうちょいやるきだせよなぁ」


 軽口叩くケルズスへ、城門上から放たれる矢の掃射が始まる。


 狙いはそこそこ、威力はまぁまぁな矢の斉射、だけどもいつかのゴーレムに比べたら緩い射撃に、ケルズスはその体験を振り回して全てを叩き防いで見せた。


 そうしながら慌てて閉められようとしている城門に取り付き、蹴り破り敷地内へと押し入る。


 裏門を潜り、石像を避けて奥へ、枯れかかった芝生のある中庭を抜けて、中央の第二の城壁に沿ってぐるりと遠回り、途中に若干の分かれ道があったが結局は足跡見れば正解は見てとれた。


 移動による疲弊、防御できる距離稼ぎ、真っ当な城のつくり、それに対して守る兵士はお粗末すぎた。


 奥へ奥へ、侵入するにつれて増える兵士たち、しかし数だけ、それも来た順に襲ってくるから各個撃破で単純作業に終わる。


 個々の能力もその程度であり、唯一の長所は目の前で同僚が吹き飛ばされても躊躇なく次に続く勇気、ではなくこれは狂気、あるいは洗脳の魔法の悪影響か、手応えのないケルズスはおごりを通り越して警戒を感じさせるほどだった。


 それほどまでの圧倒的な力の差、ありながら、兵士たちに死人が出ていないのはケルズスの手加減のお陰、洗脳されただけの哀れな犠牲者を襲う罪悪感と、それ以上に不殺で攻略したとの実績を狙ったものだった。


 こんなんじゃあ、半分あの姫様の手柄だなこりゃあ、ケルズスが思ってた矢先、そんな兵隊たちが一斉に引いた。


 そうしてできた空間、左右に城壁、背後には気絶してる兵士の山、足元は芝生で、正面には小さな門と、その前に控える見覚えのある獣人の姿、あの夜に出会ったネズミの獣人だった。


「たしかコレキンっつったよなぁ?」


 ケルズスの問いに応えず、コレキンは持ってる小瓶の蓋を開け、中を一気に飲み干した。


 ……相手のことを下調べするのはケルズスの流儀に反する。


 だけども興味のある事柄、飲み屋の横で盛り上がる話題が気にしてる相手のことならば自然と耳に入ってきてしまう。


 曰く、四騎士の中で最弱の男だそうだ。


 元は異国のボディーガード、戦士とは程遠い臆病な性格が逆に訊き察知能力を育み、逃げ隠れに特化した守り手として評価されていたらしい。


 しかし、それでもいざという時は戦わなければならず、そのための勇気と力を、コレキンはドラッグに求めた。


 ブレンドは秘密、ただし間違いなく非合法、なので規制されてない国へ国へと渡り歩いてたどり着いたのがこの国だった。


 そんなわけありなのを騎士に抜擢するとはよほどの人手不足、だったら俺がとその席はガハハと持ち上がっていた。


 思い出しながらケルズスは、本物を目の前にしてその話に訂正を加える。


 確かに戦士として、臆病さは致命的な欠点ではある。


 しかし今のコレキンにはその臆病さどころか、感情の欠片も見当たらなかった。


 ただ命令通りに動くだけ、淡々とした動きで小瓶を捨てるとレイピア二本、引き抜き両手をだらりと垂らして、うつろな瞳でケルズスを見る。


「安心しなぁ。今度は邪魔はいねぇ、全力で、やってやらぁ!」


 叫ぶと同時に弾ける火花、右手の黄金、ミダスという名のアーティファクトが稲光を放つ。



孤高なる筋肉に万雷の拍手をウェイクアップ・マッスル・アスリート!」



 高らかに叫ぶと同時に走る稲妻、鳴り響く拍手のような弾ける音、そして体を縫い走る稲妻が放つ激痛に、ケルズスは笑うように食いしばり、そして笑う。


 電気による筋力の増強、巨体をもってしてもやはり重かった大剣が軽くなり、その素振りが早くなる。


「行くぜ」


 言い終わるよりも先に、コレキンが動いていた。


 ほぼ一瞬、瞬きなど決してしてなかった間に間合いは詰められ懐に、慌てて大剣振るい迎撃に出るもその時にはすでになく、ただ右頬に新たな切り傷を作られて終わった。


 それほどまでのスピードの差、目で追うのもやっと、激痛に耐えてやっとの速度でも無理ならば、もう決して追いつけない。


 あぁくっそ。


 ケルズス、心の中で愚痴り、そして諦めた。


「こいつだけは使いたくなかったんだがなぁ」


 呟く間も顔、腕、背中、腿と、鎧の隙間を雑に狙われ削られていく。


 激痛に出血の激痛が重なりながら、ケルズスはなお笑う。


「悪ぃ、ずっこいが、勝たせてもらうぜぇ!」


 そして拳を再び突き上げ、そして絶叫した。



我ら行進する筋肉に万雷の拍手をヒートアップ・マッスル・カーニバル!」



 叫ぶと同時にケルズスの身を縫っていた雷が、拡散した。


 正に四方八方、辺り一面やたら滅多らに走り回る稲光に、一瞬立ち止まり、だけども臆せず攻撃を続けるコレキン、しかし避けたつもりだった一つの一閃が急にねじ曲がり、その右手のレイピアに触れた。


「が!」


 瞬間、短く悲鳴を上げて膝を折る。


 同時にその身に、ケルズスと同じ稲妻が縫い走る。


「なぁ? 痛てぇだろ?」


 笑うケルズス、その黄金の右手から伸びる稲妻がコレキンとをつないでいた。


「雷の力で筋力アップはあいつらはずっこいつうけどよぉ。それ相応にリスクってもんを払ってんだぜ。まぁ、おめぇのあの薬とどっちがマシかは、知らねぇけどなぁ」


 語るケルズスを前にしてコレキン、折れた膝を持ち直し、立ち直った。


「はぁん。やっぱ洗脳の影響か、頭ぶっ飛んでて痛み感じてねぇのなぁ。だけどまぁ、言っといてやるが、やめといた方が良いぜ」


 止めるのを訊かず、コレキン、駆ける。


 が、狙った場所にケルズスは無く、代わりに目前に迫るは城壁だった。


 慌てて方向転換、減速しようと踏ん張るも、その左足が

 削り潰されるように、折れた。


 新たな激痛に声を上げるよりも先、鼻先より壁に突っ込んでいた。


「これがこの籠手の本来の使い方、集団規模での筋肉増強、だが骨格までは強化できなくてよぉ。この通り、馴れてないやつが使うと自滅しちまうんだぁなぁ。ま、もっと筋骨隆々だったら俺様の負け、惜しかったなぁ」


 本気か嘲てるのか、語るケルズスの体がバチリ、最後に光って稲妻が消える。


 代わりに体から立ち上る湯気、玉のような汗に止まらない出血、深いダメージと疲労、にもかかわらずケルズスは変わらず笑い、そして再び現れ始めた兵隊たちに大剣を向けた。


 道はまだ、半ばだった。

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