イーストエンド地方

悲惨な焼肉焼き放題

 カルビ六皿、ロース五皿、タン二皿、ハツ二皿、レバー三皿、四つの胃袋セット一皿、ウマイモ七つ、テールスープ三杯、ミルク五杯。


「酷い料理だ。こんなのをありがたがって食べてるようじゃ、この国のグルメもそこが知れるな」


「な、なにをぉ! こいつは地産地消の最高級の一頭だぞ! 他所の国行ってもこれ以上良い肉は無いぞ!」


「そいつは認めるよ。確かにいい肉だ。客自身に肉を焼かせるスタイルだから焼き加減にとやかく言うつもりはない。だがそれを引いてもこいつは不味い。食えたもんじゃない」


「貴様! 客だと思って言わせておけばよくも!」


「明日、この時間に来てください。本当に美味しい焼肉ってやつをご馳走しますよ」


 そう言って男は料金を払わずに出て行った。


 隣の席で行われた面白イベント、店主は顔を真っ赤にして挑発に乗り、他の常連客は無責任に囃し立てる。


 だけどもそれらの横にいながら五人は険悪な空気にあった。


 囲うのは石のテーブル、真ん中に窪みが空いていて、その中には燃える木切れが、上には金網が渡されて肉を焼ける仕組みになっている。


 自分で肉を調理するスタイル、王都でも珍しいセルフサービスに、だけどもリーアは何も言わずに炎と煙だけを見つめている。


 同じく無言でミルクを舐めるダンに、スープを啜るマルク、鉄のトングでケルズスが肉を突く。


 みな険しい表情、言いたいことがあるのに口ごもっている感じ、嫌な沈黙を破ったのはトーチャだった。


「何であんときちゃんと言わなかったんだよ」


 不満の一言、それが残り三人も共有する、リーアに言いたいことだった。


「何よ。仕方ないじゃないって何度も言ってるでしょ」


「あぁそれも何度も聞いたぜ。だけども納得はできない。あいつらはお前を珍しく姫と呼んでた。中央が違うと言ってきたってんなら、俺っちに言ったようにあっちが間違いだと言ってやればよかった。あそこまで浮かれてんなら城獲りの一つも協力しただろうぜ」


「何よ妾に戦争しろって言いたいわけ!」


「やる気出せって言ってんだよ! あんなうまく行ってたの台無しにしやがって! お前は本気で自分が姫だって証明する気があんのかよ!」


 砦から出てから断続的に続く口論、雇い主のリーアをたてて折れてきた四人だったが、終わりがあったのに見逃した点については、言いたいことがあった。


「僕としては、こうして食事代出してもらえてる限りは文句はありませんよ」


「私は、彼らを使うのを嫌うのはわかる。それは弱みに付け込む行為、褒められることではない。が、それでもやりようはあったように思える」


「はぁん。まぁ、お嬢ちゃんには次があんだろ? そっちで挽回すりゃぁいいじゃねぇか。それより今は飯だ。ほぉら、焼けたぞぉ」


 そう言ってケルズス、黄金の籠手で掴んだ金属のトングで、焼き上がった肉をそれぞれの前に置かれた皿へ投げ分けていく。


 運ばれてきた時は細かく部位で別れていたはずだが、ケルズスがめんどくさがってまとめて網に落し、そのままかき混ぜるように炒めて、今では何が何だかわからなくなっていた。


 普段なら勝手なことを、と揉めてるところだったが、この店に入ってからずっと揉めて元気も残ってない残り四人は好きにさせていた。


 それでもリーア、目の前の皿に肉が来て、フォークを手にして突き立てて、何度か拭き冷ましてから口に運ぶ。そこそこ大きかった塊を数度噛んで顔をしかめる。


 火は通っている。臭みは強い。それ以前に、塩味がなかった。


 と、見ればテーブルの端、焼ける煙の向こうに塩のツボが置かれてあった。卓上で調味料をかけて味を調える風習が他所の国ではある、と思い出し、指をさす。


「それ、取ってちょうだい」


 命令に近いお願いに、四人、気分的な部分で躊躇する。


「それじゃわかんねぇぜ」


 厭味ったらしくトーチャが言うも、リーアは引かない。


「それよ。塩のツボ、さっさとして」


「それじゃわかんねぇって言ってんだろ。誰に命令してんのか、誰に喧嘩売ってるか、ちゃんと言ってみな」


「何よ。さっさと取ればいいじゃない。何けち臭いことってるのよ」


「そう言うのはちゃんと名指しで言うもんだ。おら、言ってみろってんだ。お願いしますが抜けてんのはそれから揉めるとこだぜ」


「もういい!」


 ガチャン!


 フォークを置いて席を立ち、わざわざ回り込んで塩のツボを手にすると、リーアはまた自分の席に戻って、皿の上に振りかけた。


 拗ねた子供の動作、だけどその表情の曇りに、気が付いたのはダンだった。


「……ひょっとすると、貴殿は、我らの名前が、わかってない?」


 一言、これに、ダンほどではないが、リーアの表情に変化があった。


 それは、肯定の表情だった。


「おいふざけんなよ」


 トーチャ、睨みつける。


「自己紹介したろ? 会話にも入ってたろ? なのに、名前出てこないとか、マジかよ。そんなに長くない雇用関係、だけどもそれなりに助けてやってるってのに、なんだ? 名前がわからないだと? 使い捨ての雇われ人なんざ名前覚える価値もないってか?」


 ねちねちとした口ぶり、同時にグリル以外の熱源がじりじりと周囲を焼く。


 これに視線を落とし、ジッと食いしばるリーアだったが、トーチャは容赦しなかった。


「自分はいっちょ前に命令する癖に、その相手のことは何にも見てもない、興味が無い。ただの道具としてしか見てないんだな。そのくせ自分は特別で、何かある度にわらわをみて、みて、笑わせる。とんだ我儘プリンセスだぜ」


 最後の一言、突き刺さり、リーアは視線を落としたまま目を見開いた。


「……何よ、ちっちゃい男」


 ボ。


 リーアの一言にトーチャ、文字通り火が点く。


 皿の上の焼けた肉が炎上売るほどの火力、ふわりと飛んで金網の上、煙に巻かれながらリーアへと近づく。


「お前、俺っちが、なんだって?」


 これまでとは何段も上の怒り、本気の睨みつけ、だけどもリーアは怯まず顔を上げると、その目を真っすぐ見つめ返した。


「何よ。ちっちゃいことは事実でしょ? わからない? だったらチビって言った方がわかりやすいかしら? それともちびっこ? チンチクリン? 少なくともどこをどう見たって大きくはないわね。違う? 妾は事実を言ってるだけ、何か文句ある?」


 リーアの捲し立てる言葉に、トーチャの怒りが跳ね上がる。


 顔を真っ赤に、髪の毛逆立てては奥石張り、限界まで目を見開くトーチャ、だけども逆に温度は下がり、言葉もなかった。


 大きすぎる怒りが詰まって上手く出せず、だけども膨らみ続けて、爆発する寸前の火山のように盛り上がっていた。


 流石にこれは不味いとケルズス、間に入る。


「おぃい、お嬢ちゃん。流石にそいつぁ言い過ぎってもんだ。確かにこいつもちょっぴり言い過ぎだったかもしれねぇが、それだって」


「うるさいハゲ」


 一言、ズバリ言われて、黄金の籠手からトングが落ちる。


「いや、ハゲてねぇしぃ」


 過呼吸、両手で頭を押さえながらケルズス、かすれた声を上げる。


「ハゲてねぇしぃ。俺様、ハゲてねぇしぃ。実際、ハゲてねぇしぃ。ちょっとツムジがおっきいだけだしぃ。これぐらい普通だしぃ。だからハゲてねぇしぃ。なぁ? ハゲてねぇよなぁ? そうだよなぁ?」


 見るからに狼狽しながら頭を強く抑え、その拍子にはらはらと何本か落ちる。


「だめですよ。今のは明らかに言いすぎです。今すぐ謝りなさい」


 厳し目に言うマルクにリーア、吹っ切れた目線を向ける。


「何よ。賢くないくせに」


「何を言ってるんですか」


「だってそうでしょ? 自分じゃ知的な感じで通してるつもりだろうけど、結局何にも知らないで、それだけならまだしもことあるごとに僕に訊かないでください連発しちゃってさ。どれだけ自意識過剰なのよ。それで、少しでも知ってること、詳しいことが出てくると早口でまくし立てて、がっつきすぎ、これって頭良くないの自覚してるからじゃないの?」


「それは、そんなことありませんよ」


「だったら、この場で、今すぐ、賢いこと言ってみなさいよ。ほら、早く。三、二、一、はい!」


「あ、え、えっと、その、あ、え、円周率」


 マルクの絞り出した答えに、リーアはやっぱりね、との表情を向ける。


 これが、言葉よりもきつかった。


「僕は、そんな、僕は」


 何かかが折れたマルク、その隣でこの惨状をどうしたらいいかわからないダン、だけど残るのは自分だけで、リーアが見ていることに気が付くと表情を引き締める。


 …………だけどリーアは何も言わなかった。


「……あの」


「何よ」


 痺れを切らしたダンにリーアは応えるけれど、それ以上は続かず、沈黙が続く。


 これにどんどん表情を変えていくダン、また痺れを切らしたころ、やっとリーアが続けた。


「別に、何を言っても無駄でしょ?」


「無駄、とは?」


「まんまの意味よ。集団行動してるのにマイペース、修行だイメージトレーニングだとか言ってるけど、結局それって自分の殻に閉じこもって外に興味を向けないだけじゃない。伝えようとする努力をしてないの。それでもうまくやってきてるのはただ顔に出やすいからで、結局甘えてるだけなのよ。そんなやつに何を言ったところでまた自分の殻に逃げ込むだけよ。ほら、きついでしょ? さっさと妄想に逃げたら? またホワチャ―言ってればいいじゃないの、ほら!」


 リーアの言葉に、ダンはわかりやすく傷ついた表情を見せる。


 それを見てやっと自分のしてしまったことに気が付くリーア、だけどもそこから挽回する気力もなくて、ただじっと、押し黙ることしかできなかった。


 睨み殺そうとするトーチャ。


 錯乱してるケルズス。


 呆然とするマルク。


 深く悲しんでいるダン。


 そしてしてしまった後悔に黙るリーア。


「ハゲてねぇしぃ。なぁ! そうだろ! そう言ってくれ! 正直に、な? な?」


 これまでで最悪の食卓の真ん中で、肉が炭に変わっていった。

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