全部燃えちまえ!
対岸の岩壁に大きく削られた跡がいくつか、そこを削りながら降りてきたんだとリーアには推察できた。
ただ、具体的にどのようにして降りてきたのかは想像できなかった。
ゴーレム、鉱物や木材、動物の肉体などを用いて作られた像を魔法の力によって動かしたもの。分類としてはアンデットもここに入るけれども、あの高齢者吸血鬼に比べたらスケールが段違いに大きい。
高さは家で例えれば五階分、幅も七件に届くだろう。外皮は黒鉄、おおむね人の形、ただし腰からは下は机のような脚が四本生え、上半身は歪に大きく背中には何かを背負っている風に見える。太くて長い腕は立った状態で地面に触れている。猫背で前に突き出した頭部は太い嘴の鳥に見えた。
そんなのが、大穴の反対側、ここに入ってきた、そして出るための唯一の出入り口の前に聳え立っていた。
足元には無数の人影、光の反射から兵士とわかる。遠くて小さいからわかりにくいけれどその胸にある勲章の数から、みな階級は高めに見えた。そしてその中心にいるのが、将軍だった。
「聞こえているか狼藉ものども!」
その将軍の声が響く。
「天下のピックアップ砦基地! その奥地を占領しての蛮行! 挙句に恐れ多くも姫様の偽物を語る小娘などを担ぎ上げるという蛮行! この将軍見過ごすことまかりならん! 起動ゴーレム『ネオ・グラノーラ』よ! 懲らしめて上げなさい!」
ノリノリの将軍の命令に呼応してかゴーレム、起動する。
その両腕をゆっくりと前に突き出し、四本の足を順に持ち上げ、地を揺らしながらこちらに進み出る。
圧倒的サイズによる威圧感、絶望がこちら側に広がっていくのがリーアにもわかった。
例外は、四人だった。
「はぁん。つぅうかグラノーラっていやぁ高くなかったか?」
「高いです。いわゆる魔王戦争に間に合わなかった超兵器シリーズで、今は解散してしまったトミーギルド製の最大モデルです。流通いている数がかなり限られていて、マニアの間では高額で取引されてます。ですが、僕が一目でわからないほどの魔改造、純正パーツも少なそうなので、あれは売れないですね」
「なんだっていい。私の蟷螂拳ならば鉄の塊など脅威ではない」
「強がるなよ猫、お前のちまちました突き指じゃ億撃ち込んでも凹みもしないぜ」
緊張感も何もない四人、いつも通り、だけどリーアはいつも通りではなかった。
姫と認められた喜び、それを失いそうな焦り、そしてこれまでの経験から、ひっそりとペンダントを鳥足、魔力を貯めていた。
ゴーレムは魔法で動く。
ならばアンチマジックで無効化できる。
誰にも確認してないけれど、それはリーアの中で確証ある事実だった。
ただ、距離が遠い。いつも通りやっていては届かない。だから範囲を前方、正面、ゴーレムの顔の辺りに限定して、伸ばす。
馴れない微調整、これまでと比べ物にならない集中の果て、呪文を唱える。
「bomba!」
伸びた魔法が発動し、命中、ガクリと両手を下ろし、その歩みが止まる。
「どうした! 何故止まる!」
将軍の叱責、そして周りが止めるのを振り払いゴーレムの前に飛び出る。
「立て! 進め! 殺せ! 打ち倒せ!」
ここまで届く将軍の命令に、ゴーレムは再び動き出し、そしてその長い右手をゆっくりとを横に持ち上げるとその数倍の速度で振るった。
「うご!」
一撃、正に木っ端を払うがごとく、腕にはねられた将軍は吹っ飛び、こちらに飛んできた。
これに反応したのはダン、あの虫を思わせる走りで岩場を駆け抜け、跳ぶと、両手を広げて胸の真ん中で将軍を受け止め、まとめて落ちた。
一瞬の沈黙の後、ガバリと起き上がるダン、その両手で将軍を抱えてこちらに駆け戻って来る。
「おぃい。そんなもの拾ってくんじゃねぇよ!」
「こいつを使えばあれを止めさせることもできるだろう!」
「無理ですよ! 見ての通り暴走してます! 無茶な改造の結果か敵味方の判別をドジったか! ともかく近寄れば軒並み吹っ飛ばされますよ!」
マルクの言っていた通り、ゴーレムは四本足で踏みとどまり、その上半身をグールグール回して足元を固めていた敵たちを吹っ飛ばしている。
リーアは黙ってペンダントをしまった。
「おい、前ら、俺っちのこと忘れてないよな?」
トーチャ、その中でふわりと浮かび上がり、みなを見下ろす。
「でかいやつは俺っちの担当、基準はケルズスよりでかければ、あれはでかいよな?」
この期に及んで何をいってるのよとリーア、顔を合わせ肩を竦め合うケルズスとマルク、将軍をバリケード裏に捨ててきてて話聞いてなかったダン、そこにスラブが入ってくる。
「皆さん逃げてください!」
叫ぶと同時にバリケード裏に駆け込む。それに続く他のドワーフたち、遅れてリーアがゴーレムを見れば、両手を地面につけて前かがみの姿勢になっていた。
そうして見えた背中には大きな箱、剃れあ音もなく展開すると、中からは泡割れたのは無数のイガイガ、目を凝らして見ればそれら一つ一つがボーガンだった。
それらが一斉に放たれる。
無数の矢、雨のよう、思う中で一番最初に動いたのはマルクだった。
杖を投げ込みそれからバリケード裏へと飛び込む。
次がケルズス、傍にいたリーアを黄金の籠手て掴んでそのまま裏へ、着地してたマルクの上に投げ落とされた。
「何よ!」
起き上がりながら文句を言うリーアの顔に迫るのはダンの失費の生えたお尻、慌てて転がり逃げるリーア、回避に成功、代わりにマルクが下敷きとなった。
「こんなところにいるとあ」
ダンが何か言いかけた上にさらにケルズス、両手を広げたダイブに二人まとめて潰される。
多大な犠牲を払って飛び込んだバリケードの裏に響く音、まるで豪雨の雨音だとリーアは外を覗いて見れば、辺り一面が花畑だった。
赤く輝く全ては火花、振ってきた矢が岩に当たって弾かれ光を飛ばす光景、それが見渡す限りに広がっていた。
これほどまでの広範囲攻撃、それも長すぎない感覚で続く連続攻撃、決戦兵器と呼ばれる威力を前に、リーアは言葉を失う。
「やっぱすげぇなぁ、こりゃ」
それを前にのんびりとケルズスは呟く。
「あたり、前だ。でなけれ、ば、大口は、叩けまい」
その下からダン、上に乗ってるケルズスを持ち上げ、立ち上がり、肩車して突き上げ、その頭を天井へとこすり付け、頭髪を削る。
「あれは、一度飛んだら撃ち落とせない。そういう戦い方をしますからね」
その背後にすくりと立つマルク、水の触手を手早く生やすと、肩車の上と下とを捕らえさせ、地面へと引き倒し、数度叩きつけた。
三人、揉めながらも語るはゴーレムではない。
地べたに転がる二人と疲労から座る一人、目線の先を辿ってリーアも見上げれば、飛来する矢の雨の中、掻い潜り飛び回る赤い光が見えた。
トーチャだった。
妖精の小柄な体に飛行能力、それが上空にいれば狙っても当てられないとリーアもわかってる。だけど、この物量、掠めるだけでも即死になりかねない矢の中を迷いなく跳び続ける姿は、暴勇だった。
そのトーチャ、赤く光り出すと、残像が伸びて線となり、その線が分かれて広がった。
「喰らえ! レッド☆ダスト☆トレイル!」
響き渡る声、同時に線が滑り落ちる。
流星群、リーアが昔一度だけ見たことのある天体現象、それを赤に染めた幾重もの流れ星がゴーレムに降り注ぐ。
火花の花畑に降り注ぐ赤い流星、勝っているのは矢の方だった。
流星の大半は矢の密度に敗れて霧散し、抜けたいくつかはゴーレムの手足関節に命中、しかし目に見えたダメージは無く、ただ煙を上げるだけに留まった。
「だめじゃないの!」
思わず叫んでしまったリーアに三人、わかってないなと笑う。
「何よ!」
「見てればわかりますよ」
思わせぶりなマルクのセリフ、それを突如として成り響く金属音がかき消した。
発生源はゴーレム、その体がガガガと揺れている。
「はぁん。なるほど。狙いは関節、潤滑油燃やしってか?」
「そこに熱伝導からの熱膨張、外は知りませんが中は何種類もの金属が複雑に使われてます。それらは膨張率がバラバラ、全身軋んで動けなくなりますよ」
それっぽい理屈、関心の表情を浮かべてるダンに対してリーアは胡散臭い表情だった。
ただ現実にゴーレムの動きはおかしくなっている。
踏ん張る足ががくがく揺れて、上げてた腕も耳障りな音を立てて下げている。いつの間にか矢の量も減り、降り注ぐ密度も下がって、終には止んだ。
そしてガクンと、猫背が悪化し鳥頭な頭を前へと突き出した。
「これは、不味い」
呟いたのはスラブ、声色には絶望が混じっていた。
何よとリーアが訊ねる前にゴーレム、その嘴をパカリと開いて、中から金属ん筒をシュルリと出す。
「大砲です」
スラブの説明が入る。
「魔力を推進力に、細かな部分は自分も知りませんが、金属の塊を発射する最大攻撃力の武器です。威力は、少なくともこの上を撃ち抜かれたら落盤、出口が塞がり生き埋めになります」
「それって、不味いじゃないの!」
リーア、慌ててバリケードから出ようかとするのをケルズスとダンが手を伸ばし止める。
「まぁ、心配はないですよ」
マルクの安心しきってる声、その顔にかかる眩い光、見上げればトーチャが太陽のように光っていた。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
響く暑苦しい絶叫、赤い火の玉となって真っすぐ、ゴーレムへ、そしてずっぽりと嘴の中へと入っていた。
「「「「あ」」」」
四人、声が重なる。
また食われた。
呆れて良いのか嘆いていいのかわからないリーア、一方の食べちゃったゴーレムは無反応、に見えて口からバフリと煙を吐き出した。
「やっべ」
呟いたケルズス、リーアを引き倒しバリケードの裏へと押し付ける。
「燃えろ! 全部燃えちまえ!」
同時に絶叫、金属に響く声が響く。
「大灼熱! ビック☆ビック☆バン!!!」
続くのは爆風と熱風、そして轟音だった。
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