改革の最前線

「将軍は我々新兵を使い、秘密裏に鉄鉱山を再開させ、私腹を肥やしてきました。それ自体は、訓練の一環と多くの兵たちは不満もなく従ってきました」


 リーアには看過しにくい説明を流しつつ、スラブは五人をバリケードの向こう側、また続く坑道を案内する。


「我々は職にあぶれ、そこを拾っていただいた恩義があります。財政が限られているのもわかります。ですが、それを差し引いてもあの食事は酷すぎる」


 熱のこもった物言いは、それだけ積もった不満の表れ、それでも辛うじて理性を保っていると、リーアは感じた。


「軍隊食。味も見た目もさることながら、あれは謳っている栄養価もさほど高くない。あれはただウマイモを粉にしただけの代物、それを三食毎日です。それだけでは強い体は作れない。せめて豆かチーズをと何度も懇願状を出しました。しかし一向に改善されなかった」


 ピタリ、スラブが足を止める。


 その先は闇、これまで照らしていた外からの光は届かない。


 ならば灯りを、と準備していていると横からトーチャ、ふらりと前に出てスラブの膝の高さで、ポアッと燃え上がる。


 照らされる足元、珍しく気が利いていた。


「ありがとう。このまま直線、カウント三十ほどだ」


 リーアにはよくわからないスラブの指示にトーチャは返事もなく、膝の高さを維持したまま、全体は暗いけど足元に不便ない光源、として先へと進む。


「幾度となく懇願を握りつぶされ、それどころか報復として独房と食事の没収を受けるようになり、我々は正攻法での改善を諦めました。その代わりとして当初は食料の密輸などを行ってきましたが、持ち込める量に限りがあり、兵の全員が満たされるのは難しい状況でした。そして次に行ったのが、あちらになります」


 スラブが手で指した先にはもう一つの灯り、そこまで行くと横へ入る行動、中を覗けば鼻を突く独特の臭いがする。


 中は大きな空間、いくらかのランプが壁に打ち付けられていて、それらに囲まれた真ん中には、リーアの胸の辺りまで積み重ねられた岩と石があった。その中を、スラブに促されてリーア、つま先たちで中を覗く。


「わぁ」


 思わず声を上げるリーア、中では沢山のウサギがモコモコぴょんぴょんしていた。


 薄い茶色い毛皮、黒いお目め、長い耳をグシグシしていて、これまで蛮族四人と旅してた反動か、可愛さが爆発していた。


「食用ウサギの養殖場です」


 リーア、凍る。


「鳴き声がほとんどせず、年中繁殖できるこのホールラビットを育てて増やすことは、ドワーフ族の中では長い伝統があり、馴れたものでした。幸い水は沸いてますし、餌は生えてる雑草をかき集めれば事足ります。世話も、休憩時に後退すれば訓練にも支障はない。軍に負担をかけずに問題を解決させる手段なのです」


 もっともらしいことを言っている。


 リーアも、お肉は食べてきたし、それらが畑から生えてきているわけではないとは知っている。


 だけど、この子を、食べちゃうの?


 固まるリーアの目には地面で伸びをしている一羽に、別の一羽がふざけて覆いかぶさる姿が映る。


 平和な光景、ずっと見ていたかった。


「皆さん贅沢なものを食べていらっしゃいますね。ウサギ肉はかなり高級なんですよ?」


「嘘つくなよ眼鏡、ウサギなんてソーセージのつなぎだぜ? それに臭いしよ」


「はぁん。そいつぁ血抜きに失敗してんだぁ。美味いやつぁハーブと一緒にローストすると抜群よぉ。ワインがどこまでも進む進む」


「懐かしい。私の国では鍋だな。頭を丸ごと煮込むと良い出汁が取れる」


 ワイのワイの、この可愛いがおいしそうに見える蛮族たちに、リーアは冷たい目線を向ける。


「確かに、自慢ではありませんがこいつらの肉は美味しいですよ。ここではロクな調理もできませんで、塩をかけての丸焼きになってしまいますが」


 笑うスラブ、だけど次には影が入る。


「ウサギ肉が安定したころ、我々は改めて懇願状を出しました。ウサギの養殖の許可、問題となりうる衛生面も秘密裏に行わなければ解決できる問題だと、さらにキノコや鉢植えによる浅井の栽培を行えば経費も浮くのだと。ですが将軍は許可を下さらず、それどこかウサギ全羽の処分を命令してきました」


「大方、自分らが保ってきた軍の規律を若いやつらに変えられたくないってやつだろ? 上はいつもそうだからな」


 トーチャの言葉に、スラブが強く頷く。


「これでだめなら我々は飢えて死ぬだけ、それが嫌ならば変革のために戦おうと、立て籠もったのです。ですが持久戦では我々に勝ち目はない。最後の足掻きとしてお手紙を出したのですが、正直姫様自身にお越しになられるとは思っていませんでした」


「それは、ハイ、他にも用事があったので」


 リーア、言葉が濁る。


 元々の目的は将軍に姫であると証明してもらうことだった。


 だけどその急な登場と、この内部に抱えていた食料問題とが結びついてしまい、もう全部がバレたと思い込んだ将軍は暴走、口封じでもしようとしたのか、襲ってきた。


 もう将軍からは協力は得られないでしょう。


 ため息を噛み殺しながら草をはむウサギを見下ろす。


 そこへ動く影、飛び込んできた光源、入ってきたドワーフの一人、ランプを揺らしながらスラブへ、駆け寄り耳打ちする。


「……何? まさか、出したのか?」


 不穏な声、同時にいくつもの灯りが部屋の前を横切っていく。


「姫様申し訳ありません。将軍が本気で我々を殺しに来た様子です」


 耳打ち終わったスラブ、まじめな声でリーアに説明する。


「お通りになられた大穴にこちらに来なかった訓練兵と教官が完全武装で集まっているとのことです。そうなればここは死地となるでしょう。残念ながら、出口はあちら側一方のみ、ですので、これより我ら、打って出ます。その混乱に乗じて同化、姫様は脱出してください」


「何よ、それ、急すぎじゃないの」


 リーアの言葉にスラブは首を振る。


「戦争とは忠告は無いもの、我々は覚悟をもってここに立てこもりました。そこに姫様が来ていただけただけでも十分、そこにお命までは頂けません。ですのでどうか」


「やっちまって良いんだよな?」


 話をぶった切ったのはトーチャだった。


「国の軍隊を相手にするのは初めてですね」


「いや、あった。私は覚えている。確か、去年の夏、山間でのことだ」


「おぃい。そいつぁ勝手に検問作って通行量かっぱらってた山賊もどき共のことかぁ? あれが軍隊にみえるってぇのはおめぇの国は相当遅れてるらしいなぁ」


 ワイのワイの、これまで通りのノリで外へ向かう四人に、初めて出くわしたスラブが狼狽する。


「皆さん、何をなさろうとしてるのですか」


「決まってるぜ」


 トーチャ、応える。


「これから打って出る。真正面から、表の連中を一人残らずぶっちめる。俺っちの仕事は姫様を守ることだしよ。何より、あいつらは気に入らねぇぜ。ただ、お前らを守るのは別料金だ。支払いは、そいつでいいぜ」


 そう言って指差す先は、ウサギだった。


「終わったらたらふく食わせてくれよ。なんだかんだ言って俺っちも腹ペコだからな」


 小さいのによくわかる子供みたいな無邪気な笑顔、前行く三人も同じように笑っていた。


「おい。俺っちがやるんだから邪魔もんは引っ込んでろよ」


「わかっていると思いますが、人数が多い場合は早い者勝ちですよ」


「大将首、将軍はどうする? やはり私が頂こうか?」


「はぁん。んなもん速いもん勝ちに決まってんだろ? 何寝ぼけてんだ寝てろよ」


 とやかく言いながら迷いない足で出口に向かう四人に、リーアも慌てて、その後ろにスラブが付いて行く。


 そうして外、眩しい光に一瞬目が眩むリーア、だけど慣れてきた目で、見上げれば、見知らぬ巨大な影が立っていた。


「なんだぁありゃあ」


「鉄? 鎧? 巨人ではなさそうだが」


「僕に訊かないでくださいよ」


「ゴーレムだ」


 見上げるだけの三人に、トーチャが語る。


「あれはゴーレム、それも魔王戦争時に作られた対魔物用決戦兵器だぜ」


 御大層なものの登場に、リーアも並んで見上げるしかなかった。

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