特別授業
眼鏡をクイクイやるマルクは自慢げだった。
「まず吸血鬼について基本の基本、やつらはアンデット、つまり複雑な呪文を用いているとはいえ、死体を材料としたゴーレムです。そしてゴーレムの機能である自己修復機能を利用して肉体を再生させているわけですが、これには肉体特有の限界があります」
「何よ。もったいぶらないでさっさと言いなさいよ」
「皆さんも聞いたことがあるでしょう。ズバリ、太陽の光です。日差しによる日焼け、これもゴーレム基準で言えばダメージに入り、修復機能が発動するのです。ですが、これがかなり難しい。少し当たって目に見える日焼け出なかったとしても、それを修復するためにみるみると魔力を消費し、あっという間に使い切って灰になります。なので太陽の下に引きずり出せば、吸血鬼が機能が暴走して灰に、なんです賛美の言葉は全部言い終わってからにしてください」
「いや、そうじゃない」
眼鏡をクイッとやってるマルクに、ダンは手を上げて質問する。
「この地は山陰になっていて太陽の光は弱い。これほどの光でも有用なのか?」
「……おそらく相手側はそれを見越してここを根城に選んだのでしょう」
クイッとやるマルクに、ダンは胡散臭いものを見る表情となった。
そこへ今度はリーア、手を上げて発言する仕組みと理解して手を上げる。
「ゴーレムって言ったわよね? だったら妾のアンチマジックで打ち消せるんじゃないの?」
「そうですね」
「そいつぁ止めといた方がいぃぜお嬢ちゃん」
マルクの言葉をケルズスが首をコキリと鳴らしながら遮る。
「そっちのばぁ様の首にかかってんのは医療用のアーティファクト、風を操って呼吸を楽にするやつだ。実家の伯母上も使ってたからわかんだがぁ、アンチマジックでそいつが止まっちまうと、口移しで呼吸助けなきゃならねぇ。見殺しか口移しか、俺様はどっちもごめんだぁなぁ。しかも一人とは限んねぇしなぁ」
「話を戻してもよろしいでしょうか?」
やや不機嫌なマルクに、ケルズスは肩をすくめる。
「さて、これまで話してきた通りアンデットはゴーレム、そしてゴーレムは作られた時に与えられた命令、呪文の通りにしか動けません。なので想像力や発想力といった新たに生み出す力が無いのです。だから死んでいるとも言えるのですがね」
「長いわ。さっさと要件を言いなさいと妾、言ったわよね?」
「これで最後ですよ。なので吸血鬼は、例えば知らない人と道端で出会ったら挨拶をかわす、といった日常的な反応は事前に予測でき、呪文に組み入れることはできても、すれ違いざまに怪しい獣人の男に手刀を喰らうといった非日常に関しては想定してない、呪文に入っていないので反応できないんですよ」
「貴様、その言い分、まるで相手が弱かったから捕らえられたみたいな言い方だな」
「僕は別にそんなことは一言も言ってませんよ? そう聞こえたとしたら、あなた、どこか自覚があるんじゃありませんか?」
「手刀の威力は口ではなく実働で示すもの、その首でとくと味わうがいい」
「だから話を持ってかないで。つまり突拍子もないアクシデントを見せて、アドリブできたら人間ってこと?」
「ズバリ、その通りです」
クイイイイ、マルク、目いっぱい眼鏡を押し込む。
「何でぇ、じゃあそれこそ猫の出番じゃんか。そこでいつも通り芸やりゃ一発よ。ほれ、チンチンやれチンチン」
「何を言う。その手の子供だましの芸当、お主の方が……」
ダンが言い終わるより先、トーチャの背後、再び影がかかる。
そこにはあのしわくちゃの老人、遠くに行っていたはずなのに一足飛びで戻ってきて、叩き落とすように中空のトーチャを捕らえるとそのまま流れで口の中へ、もごもごやってごっくんした。
「あ! あ! あ!」
全部を見ていたリーア、慌てるも慌てるだけで声しか出せない。
その目の前、老人のしわくちゃに飲まれていた目が大きく見開かれ、顔色がみるみる赤くなっていくと、次には青くなって、そしてばったりと倒れた。
仰向け、半開きの口、中からトーチャがベトベトで這い出てくると激しいせき込み、吐き出されたタンを背中に受けながらフヨフヨと浮かぶ。
「……で、こいつらにアドリブを期待しろって? つーかわざわざぶっ殺す価値もなさそうだぜ。な!」
怒りを限界まで押し込めたトーチャの言葉に、マルク、眼鏡をクイッとするのを止める。
「一応、鏡を見せてそれが反射した像か理解どうかでも判別はできますが」
「何、こいつらにそんな知識が残ってるかって? 自分の顔も忘れちまってんじゃね?」
「ニンニク。強い臭いは嗅覚を頼る系譜の吸血鬼から発見されなくなります」
「違う逆だ。発見するんだろ、されなくなってどうすんだよするんだよ」
「……僕に訊かないでくださいよ」
いつも通りの返事に、場の空気が緩み、続くのは沈黙だった。
「……はぁん。じゃあ古典的な手で行くしかねぇんじゃねぇの?」
暫くして、口を開いたのはケルズスだった。
「死んでるか死んでえぇか、戦場での判別方法、槍で突く。血が出りゃ生きてる。出なきゃ死んでる。吸血鬼は修復かぁ? ともかく切って普通じゃなきゃ吸血鬼だぁ」
「だめよそんなの! 無実かもしれない人を傷つけるなんて許可できるわけないでしょ!」
「じゃあどぉすんだよお嬢ちゃん、見ての通り吸血鬼は確実にいる。でぇそいつは見つけなきゃらなねぇ。そのための最小限の犠牲ってやつだぁ。これ以上賢いやり方があるってぇんならどうか教えてくださいませぇよぉ!」
ガラン!
耳に刺さる音、マルク、乱暴に手にしてた杖をテーブルの上に投げつけていた。
その顔は口を堅く結び、だけども顔色赤く、腹の奥底の怒りを押しとどめているように見えた。
そしてシュルリと、どこからかピカピカに輝く刃のナイフを取り出すと、左袖をめくり、手首にピタリと当てた。
「おいぃ、マジかよ」
「落ち着けっておい」
「やるのか、そうか」
「ちょ何よ! 何やってるのよ!」
突然のことに今度は動けたリーアだったが、向かって止めるより先にナイフが滑り、たらりと流血、滴る。
赤い雫に思考が止まるリーアを、ダンは捕え、抱きかかえて受付カウンターへと運び込む。
先にいたケルズス、すれ違うように中で寝ていた痩せた男を引きずり出すと向かいのトイレの中へ、放り込むや戻って来る。
そしてトーチャ加えて四人、カウンター裏の隙間に飛び込み隠れた。
「何よ!」
「リストカットだ」
応えるのはベットべトのトーチャだ。
「あの馬鹿眼鏡、忠告無しに勝手に
「だから何よそれ」
「言ったよな。あいつ珍玉無いって。珍玉ってぇのは力をくれるが同時に力も使っちまう。それを失くしたあいつの体はその分変化しちまってる。結果魔力の質が跳ね上がってんだよ。料理で言やぁ、山盛りのウマイモじゃなく一口のレモネード、魔力を食うやつにとっての飛び切りのご馳走なんだよ」
「何よそれ。そんな便利な血液ならもっと早めに出しなさいよ」
「それなんだがなぁお嬢ちゃん、こいつぁ、賢い方法じゃあねぇんだよ」
ケルズス、頭を掻いて抜け毛を散らしながらぼやく。
「吸血鬼、ゾンビ、あと人食いの化物どもは例外なくこの血に酔って寄って来やがる。それも完全に暴走状態でだぁ。逃げ隠れも打算もなしで、ただ一心不乱に食い殺しに来やがる。凶暴凶悪、どったんばったんで後かたずけが面倒なのだ」
「それって」
「来るぞ」
リーアの疑問をよそに、今にも飛び出しそうに鼻息荒いダンが、呟いた。
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