フォースピット城城下町
飢える四人
子牛の丸焼き一頭分、岩塩と胡椒のシンプルステーキ四皿、チーズソースのステーキ三皿、レバーステーキ一皿、牛タンシチュー三人分、もつとキノコの煮込み鍋三人分、牛ほほ肉の赤ワイン煮二皿、チーズとキノコのキッシュ四つ、白パンのバスケット二つ、ガーリックトースト三枚、揚げウマイモステック大一皿、ウマイモとチーズのコロッケ六個入一皿、丸ネギと水瓜のピクルス二皿、コンソメスープ三皿、チーズプディング一つ、ミルク二杯、水のピッチャー一つにコップ四つ、リンゴのゼリー一つ。
城下町でも上位に入る高級レストラン『フィスト』、観光客や豪商などがランチを楽しむ中での中心、昼間なのに赤々と蝋燭灯る大きなシャンデリアの下、一番大きなテーブルに敷かれた白色のテーブルクロスの上、ありったけの料理が並べられてゆく。
この国特産の牛肉とチーズをふんだんに用いた豪勢な料理を前に、突如として男が奇声を上げた。
「ふーーーーーふぉおおおおおおおおアチャーー!!!」
途端、静まり返る店内、食事の音も、会話も、息遣いも潜めて誰もが奇声の主の男に目をやった。
この男、獣人だった。
ピンと立った耳から猫系統とわかるも、その体は白地に黒い線が入るという珍しい虎柄、青色に光る瞳は肉食獣の獰猛さをありありと写していた。加えて服装、藍色の長そで長ズボン、それらを前で止めているのはボタンではなく紐で結ぶという変わったもの、そして裸足と、明らかにここら辺とは異なる文化圏からやって来たとわかる。
加えて、汗だくだった。
ただ椅子に座したままで、腰を浮かべているわけでもないのに、耳の先から腕、裸足のつま先までびっしょりと臭う雫に覆われていた。
名前をダン・ツォーという。
そのダンは叫んだことに無自覚なようで、周囲の反応に戸惑ったように見渡す。
その顔に静まり返る店内、その中で唯一クックックと笑い声をあげたのはダンの右隣に座る男だった。
この男、禿だった。
それもつるりとした禿ではなく、もっと悲惨な形、半端に伸ばした茶色い髪を無理やり七三に分けようとして、足し合わせても十どころか八にも届かない、みっともない感じとなっていた。
それでいてその頭を笑わせないほどに、男は大きかった。
椅子に腰かけなお常人より目線が上にある巨体は前後左右に広く厚く、パンパンに膨れ上がっていて、指も腕も首も丸々と太く、陰影と呼べるものがなかった。
それがぜい肉ではなく筋肉であると物語るのは装備だ。武骨な鉛色の、厚手の袖のない鎧、背中にはこの巨体と重ねてもなお長大と呼べるロングソード、そして右手には不釣り合いに光り輝く黄金の籠手を輝かせていた。
名前を、ケルズス・ロックソルトという。
そのケルズス、右手で頬杖つきながらうんざりといった感じでダンに話しかける。
「おめぇよぉ。こんな時ぐらいはイメージトレーニングやめとけやぁ」
「……いつどこで鍛えようとも私の自由だ。日常が人を作る。絶え間ない鍛錬が強さを作る。万国共通ではないか?」
「ほぉん。だけどよぉ。そういうのってぇのは、強いやつが言うから説得力あんじゃねぇの?」
「何?」
ケルズス、人懐っこそうな笑顔を浮かべながらも口から出たのは刺す一言に、ダンは突き刺すような眼差しを向ける。
ひやりと冷える店内、悪い空気、そんな眼差しを受けながらもケルズスは意に介さず、黄金の籠手を着けた右手をキッシュへと伸ばす。
「おい」
一声、その手を止めさせたのは料理を挟んで反対側、ダンの左隣で立っている男だった。
この男、妖精だった。
背丈はどう見繕っても大人の指先から手首に届くかどうか程度、テーブルに乗っても傾かないことから体重の軽さも予測できる。
それでいて目立つ風貌、真っ黒な肌に負けじと真っ黒に焦げた金属の軽鎧、そこへ燃えるような赤い髪に赤い翅、そしてぎょろりと向いた眼差しにざらついた牙、どちらも小さくとも鋭いとわかる。
加えて、その体の表面からは陽炎のような揺らめき、そして無視できない熱波が絶えず発せられていた。
名前を、トーチャ・ナモミといった。
そのトーチャ、テーブルクロスを踏み閉めながら料理と料理の間を木霊する声を張る。
「割り勘で飯食う時は揉めないよう、ちゃんと料理が全部そろってから、忘れちまったか?」
「なぁに言ってんだぁ。全部来てんだろぅが」
「馬鹿言えよく見ろ。俺っちのレモネードがきてないだろ」
「はぁん。バカ言ってんのはおめぇの方だ。あんな酸っぱいだけのしょんべんみたいな液体、間違っても料理たぁ言わねぇよ」
「……あぁ?」
小さな体のどこからそんな声が出るのか、深く沈むような静かな怒声、同時にトーチャは羽ばたきもせずにふわりと浮かび、その両手に赤い炎を灯す。
「なんだぁ飯前の腹ごなしなぁら間に合ってんぞぉ」
応じながらケルズス、その右手の籠手がバチリと火花を上げながら背中のロングソードへと伸ばされる。
一触即発の空気、流血の予感、他の客たちが料理以外を飲み込む。
カツン。
それを打ち破ったのは床を突く杖の音、テーブルに座する四人目、最後の男だった。
この男、男に見えなかった。
青黒い髪、白くきめの細かな肌、銀縁眼鏡をかけた糸目に整った鼻筋と男女限らず美形だ。細く小さめな体をゆったりとしたローブで体の線を隠していて、性別の判別を難しくしていた。ただ手にした長く白い杖から魔法使いだとは予測できた。
傍らには深緑色の大きな鞄、そのまま椅子にできそうなほど膨らんで、閉まり切れてない留め具の隙間からは何かの柄や木だか骨だかが飛び出ていた。
名前をマルク・プラグマティズムという。
「お二人とも、その辺にしておきなさい」
マルクは声も高く、それでも辛うじて声変わり前の声に似た男性だと聞こえる。
「これが二日ぶりの食事、空腹で苛つくのはわかります。ですが揉めたところでお腹が膨れるわけでもありませんよ。むしろ皆さん怯えてしまって、仕事に手がつかない、逆に遅れてしまうことだってありえるじゃないですか」
知的な声色、真っ当な意見、諭す口ぶり、他の客たちから一瞬緊張がほどける。
だが、男三人は変わらず、それどころかむしろ悪化する。
「貴様、何を仕切っている」
「おめぇさんも俺様に説教するたぁ偉くなったもんだなぁおい」
「おい、俺っちを無視して話進めてんじゃねぇぞ」
ガタリガタリと立ち上がり身構え睨み、緊張を跳ね上げる。
これに、マルクもまたガタリと立ち上がる。
「……よくわかりましたお三方、最後に言い残す言葉はそれでよろしいですね?」
ぞっとするほど冷たい声、同時に無視できない冷気が、音もなくふわりと店内に広がった。
これで四人、料理を囲んで対峙する。
ダン、ゆったりと構えながら爪と牙を剥く。
ケルズス、火花散る籠手でロングソードを引き抜く。
トーチャ、宙に浮かび眩ささえも感じる炎を纏う。
マルク、杖を構えて静かに呪文を口ずさむ。
本格的な一触即発、腰を上げ逃げる準備を始める客も出る中、こんな店内を知らないウェイトレスがゆったりとやって来た。
赤いワンピースに白いエプロンとカチューシャ、この国の伝統服を象ったコスチューム、高級店だからかぴんと伸ばした背筋にきびきびとした動き、その手には銀色の盆、その上には黄色い液体で満たされたグラスが乗っていた。
レモネード、最後の一品、これで食事が始められる、つまりは大人しくなるはず、なってほしい。
祈るような他の客たちが目線を集めてる中心で、男四人、その目でグラスを認めると、そっと席に戻った。
即発の回避、そっと胸をなでおろす客たちに気が付きもせず、ウェイトレスは四人の席に到着する。
「お待たせいたした」
場の空気を読めないのか、あるいは読んでこれなのか、一礼してウェイトレス、盆の上のレモネードへ手を伸ばす。
と、その指がグラスに触れるとほぼ同時に、突如として店の入り口が乱暴に開け放たれた。
そして飛び込んできたのは、一人の少女だった。
気の強さを感じさせるやや吊り目は青い瞳、若干広めの額には皺が寄り、小さな口からは乱れた呼吸、整った顔立ちながら可愛らしさは皆無だった。
歳は十にも届いていないだろう。なのに光沢ある長い銀髪を複雑に絡めて後ろに束ねた髪形、剃り整えられた眉、日焼けも傷もない綺麗な白い肌、まともな家事手伝いもしたことなさそうな華奢な体から、上流階級のお嬢様と見てとれた。
着ているのは薄水色の色のワンピース、首には青色の石が煌めくペンダント、背中には小さな赤いリュックサックが、長い銀髪の影に隠れていた。
どれも着ている少女に似合って品のよさそうな服装、だけれども走ってきたからか、どれも崩れてみっともない感じ、だけどもそれを直す余裕がないと、少女の表情が物語っていた。
名前をリーア・ファーストフォリオと言った。
そんなリーア、店内に入って数歩、立ち止まって膝に手を突き、切れた息を整える。
ただならぬ雰囲気、心配の眼差しを向けるウェイトレスと客たち、注目される中、まだ洗いながらも放せる程度まで回復したリーアはすくりと身を起こし、そして鈴が鳴るような澄んだ声を店内に響かせる。
「何よ! ぼさっと見てないで早く助けなさいよ!」
何かを完全に壊す一言だった。
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