怨嗟の呟き

 セレナ達とのパーティもいい感じで組めて、璃音りおんは内心、ホッとしていた。サービスが終了すればさっさと別のに乗り換えればいいとは言っていても、ゲームの中でせっかく作ることができた関係をリセットして新しいものを作るのは、正直、楽なことではなかったからだ。

『人間なんて』と言いながらもこうやって人間としてゲームをしている彼女の複雑な心情がそこから窺えるというものだろう。

「どうする? 今からまた別のクエストやる?」

 セレナに訊かれたけれど、リア(=麗亜れいあ)は、

「ううん。今日のところはこれくらいにしておく。明日も仕事だから」

 そう言ったリアに対して璃音が、

「は! 社畜ぶりが痛々しいね!!」

 と嘲るような言い方をした。

「こらこら、パーティ仲間にそういう言い方はないだろ~」

 とセレナが諌める。それを見て麗亜は、

『いい人達に出会えたんだね…』

 と口には出さずに穏やかに微笑んだ。

 夜も更けて、麗亜は明日に備えて寝ることにする。しかし璃音はまだ続けるようだ。寝るのはだいたい、明け方近くになっているらしい。

 麗亜は、寝付きが良く、その辺りの物音もそれほど気にせずに寝られるタイプだった。全裸のままでベッドに横になり、スースーと寝息を立てる彼女を、璃音は無言で見詰めていた。

 それからおもむろに机の方に行き、引出しを開けた。そして中から何かを取り出す。

 璃音にとっては両手で抱えてやっとというカッターナイフだった。ぐっと力を込めて刃を出したそれを構えて、麗亜の枕元に立つ。

「どうしてくれよう……」

 何の悩み事もなさそうな平和そうな顔で眠る麗亜を冷たい目で見降ろしながらそう呟いた。

「私が、あんたの首筋にこれで切りかかったら、あんたは死ぬのよ…? 人間なんてその程度で死ぬんだから…あいつもそれで死んだんだから……あんたも、いっぺん死んでみる……?」

 カッターナイフを掲げ、璃音は無防備な麗亜の首筋を睨み付けた。

 だけど、それだけだった。一分ほどその状態で動かなかったけれど、やがて璃音はカッターナイフを抱き抱えるようにしてその場に座り込んでしまった。

「…なんなのよ、もう…どうしてそんなに呑気にしてられるのよ……あんたら人間は簡単に死ぬんでしょ……? それなのになんなのよ……」

 うなだれて絞り出すようにそう言った璃音の顔は、泣いているように見えた。ガラスの眼球が嵌められたその眼には涙はにじんでもいなかったのに、その時の璃音の姿は間違いなく泣いているものに見えたのだった。


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