初めてのお留守番

 璃音りおんが来たからと言って仕事を休む訳にはいかない。だから麗亜れいあは、いつもと変わらずに用意をしていた。

 全裸のままで朝食をとって、簡単にメイクをして、それから服を着る。髪のセットも適当だ。それを見ていた璃音が、

「あんたっていわゆる干物ってやつ?」

 とやけに俗っぽい言葉を使ってくる。

「さあ、どうかなあ。私はそういうのあまり気にしないから」

 璃音のツッコミには特に関わることなく、彼女は用意を済ませ、仕事に行くことになった。

「じゃあ、私は仕事に行ってくるけど、何か必要なものとかある?」

 と聞かれた璃音は、

「ノートパソコンを頂戴。十インチくらいのでいいから。大きすぎると使いにくいの」

 などといきなり遠慮のないリクエストを出してきた。

「タブレットとかじゃダメなの?」

 麗亜に訊かれると今度は「はあ…」と溜息を吐きながら、

「あのね? 私は人形なの。タブレットが人形に反応すると思う?」

 なるほど言われてみればもっともな理屈かもしれない。

「じゃあ、中古でもいい?」

 近くにリサイクルショップがあったことを思い出し、改めて問う。

「みみっちいこと言うわね。でもまあしょうがないわ。この暮らしっぷりを見る限り大した稼ぎもないようだし、中古で我慢してあげる。ただし、使い物にならないような旧式は駄目よ。せめてウェブ閲覧くらいはまともにできてくれないと話にならないから」

 と、どこまでも遠慮のないことを言う。

 それでも麗亜は、「分かった」と応えて部屋を出て行ったのだった。

 マンションからバス停に行きバスを待つ間、麗亜はスマホで電話を掛けていた。

「あ、お父さん? 朝からごめん。ちょっと教えてほしいんだけど、ノートパソコンの中古を買うとしたらどんなのを選んだらいい? 取り敢えずサイズは十インチくらいので、ウェブ閲覧が問題なくできるやつってなると」

 娘からの突然の電話にも、麗亜の父親は慌てることがなかった。

「ん~、サイズについては中古ショップの在庫次第だから何とも言えないけど、ウェブ閲覧が問題なくできるとなると、精々三年落ちくらいのまでが限界かなあ」

 それから父親にあれこれアドバイスをもらい、

「分かった。ありがとう、お父さん」

 と締めくくって電話を切る。話し方がとてもよく似ていて、親子らしい親子という感じだった。

 しかも麗亜自身が父親のことを好きだというのが分かる。遠慮や躊躇いや距離が感じさせられないからかもしれない。

 麗亜がどうしてこんなに穏やかな気性なのかという事の原因の一端が見えるようだった。




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