第248話 終わらせて帰る

「返信はどうされますか?」


 これは大変説明に困る。

正直に伝えればトラファルガー帝国艦隊に対する攻撃なのだが、それがなぜ90度曲げて行われたのかとか、なぜ途中で攻撃を止めたのかとか、正直に伝えられない部分が存在する。

攻撃の責任をバイゼン共和国に擦り付けましたとか、両国の戦力が拮抗すれば西大陸にちょっかいをかける暇が無くなるだろうとか、絶対に言うわけにはいかない。


「『援護射撃をした。突撃されたし』だ」


 ここは勢いで誤魔化そう。

たぶん、当該海域には炎上しているが沈んでいない航行不能の戦艦が残っているはずだ。

戦艦とうのは丈夫なもので、上部構造物が燃えても艦体が無事である限り浮いたままでいることが間々ある。

それも弾薬庫の誘爆を防ぐために注水処理をしたとか努力した結果なのだが……。

戦艦長門など、戦後アメリカ軍に接収されビキニ岩礁で核実験の標的として爆心地に置かれた。

そんな過酷な状況で、上部構造物は燃えたが、艦体はなかなか沈まずにいたという有名な逸話がある。

これは誰も乗艦しておらずダメージコントロールもしていない結果なので、驚異的な丈夫さだったといえよう。


 そんな浮いているだけの、戦闘能力を消失した戦艦を狩らせて、バイゼン共和国の艦隊には戦勝気分に酔って貰おう。

『自分たちで沈めた=自分たちの手柄』にすり替えることが可能だろう。

俺たちは、そのまま勝利に酔うバイゼン共和国艦隊と分かれて、さっさと帰投すれば良いのだ。


「面舵90度、トラファルガー帝国艦隊に向けて艦隊を進めよ。

ああ、速度はゆっくりで良いぞ。

我が方は弾着観測機VA52を着艦させないとならないからな。

バイゼン共和国艦隊を先に行かせるのだ」


 我が方の通信内容と艦隊が移動する様子、そして沈黙したトラファルガー帝国艦隊の様子に、バイゼン共和国艦隊も動いた。

我が方は残念ながら弾着観測機VA52を着艦させている最中なので遅れる。


 そしてバイゼン共和国艦隊は、炎上するトラファルガー帝国艦隊を目視し、敵戦艦に砲撃を開始した。

既に戦闘力を失い、ただの的となった敵戦艦に、バイゼン共和国艦隊は嬉々として止めを刺して回った。


「『貴国の大勝利を祝う。我が艦隊はこれにて帰投する』と送れ」


 これならバイゼン共和国艦隊も戦勝気分に酔って、こちらへの意識が薄れるだろう。

その隙に帰ってしまうのだ。


「返信は聞かなくて良い。全速で帰投せよ!」


 援軍の義理は果たしたので、後はなるようになるしかない。

なるべくなら同盟国として、お互い干渉することなく、貿易で相互に儲けられると助かる。


 ◇


 あれから1か月が経った。

バイゼン共和国からの電波通信は、電波が弱いことを理由に聞こえないふりを決め込んだ。

そろそろ痺れを切らした使者がやってくるかもしれない。


 そんなおり、いまやキルナール王国の主軍港となっているイスダルの港に、砲身に俯角をかけた戦艦が接近して来ていた。

それは攻撃の意志がないことを示すものだった。

かと言って、野放しにするわけにはいかない。

砲身を上げたならば攻撃する。こちらもその体制は取らざるを得ない。

駆逐艦が出撃し、戦艦に魔導砲を向ける。


「またバイゼン共和国の戦艦か?」


 そう思って油断していた。

しかし、その戦艦はトラファルガー帝国からの使者を乗せた艦だった。

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