第240話 親書

 駆逐艦を配備し、訓練航海も終わり、やっと海上艦が複数体制になったころ、イスダルの港にバイゼン共和国の戦艦が現れた。


 バイゼン共和国の慣例で主砲の砲身に俯角を取らせるという姿だったため、攻撃の意思がないことが見て取れた。

これは式典の儀礼で騎士が剣の鞘の先端を持って掲げ、剣を抜く意思がないことを示すことに由来しているらしい。

俺がタカオでバイゼン共和国を訪問した時は、そんなことすら知らなかったため、しっかり魔導砲の砲身は仰角をとっていた。

随分失礼なことをしていたわけだが、文化の違う国同士であるため、バイゼン共和国側もさほど気にしていなかったようだ。

それはこっちの大陸の国家が魔法文明であるという認識のおかげのようだ。

それと、タカオがバイゼン共和国の戦艦を助けたという事実により、今更敵対する意味がないということでもあったようだ。


『ガガガ、こちらバイゼン共和国戦艦サウスランドです。

貴国に親書を携えてまいりました。

クランド陛下にお取次ぎをお願いいたします』


 タカオの魔導通信機が拡張機能により無線を拾った。

相手は前弩級戦艦の一次改装レベルの無線のため、出力が弱くここまで接近してやっと傍受出来たという感じだろうか。

おそらくモールス信号ならばもっと遠くまで伝えられるのだろう。

しかし、この世界にはモールス信号の符丁は存在しなかった。


「桟橋への着岸と上陸の許可を出せ」


『キルナール王国イスダル港より、貴艦の訪問を歓迎する。

第5バースへの着岸と上陸を許可する』


『ガガガ、我が艦はここに停泊する。

艦載艇を出し、上陸させていただく』


 そういえば、現代でもほとんどの大型船はタグボートが無いと接岸出来ないんだった。

バウスラスターを持っていて、自力で接岸できる船は稀なのを失念していた。

前弩級戦艦にそんなものはないから、当然の措置だろう。


「了解だ。迎えを出してイスダル要塞の執務室に連れて来てくれ」


 面倒な話だが、国王が現場まで出迎えて良い相手は国家元首レベルなんだそうだ。

それより劣る場合は、それなりの地位の人物が迎えに行かなければ腰抜け外交ということになるらしい。

逆に国家元首に対して、低い身分の人物が迎えに出るのは国をあげての侮辱行為らしい。

わざわざそんなことをする国もあるが、そんな国は付き合いを検討し直した方が良いだろう。

だからバイゼン共和国は俺が国王だと聞いて、慌てて自治区長が謝罪に来たのだ。

まあ、国家元首がそこに居ないのだから、自治区長が国家元首代理という肩書で来るしかないのだが。


 ◇


 イスダル要塞の執務室で待つと、親書を携えた使者がやって来た。

親書というからには、国の代表からの手紙だろう。

バイゼン共和国は共和制であり、その代表は大統領になるのだろうか。

国の文化の違いにより、そこは国によって言い分けているようで、国王という呼び方になる場合もある。


 使者はティアに親書を渡し、ティアが俺にその親書を持ってきた。

面倒なやりとりだが、これが儀礼らしいので我慢する。


 親書の内容を要約すると、近々トラファルガー帝国による大規模侵攻が発生する兆しがあるということらしい。

その援軍に来てもらえないかという依頼だ。


 港に荷が集積され動きが慌ただしくなっているのだそうだ。

おそらくトラファルガー帝国に侵入しているスパイからの情報だろう。

今、バイゼン共和国とトラファルガー帝国は、戦艦の数でバイゼン共和国が不利な状況らしい。

それに潜水艦や誘導魚雷、欺瞞装置付きの戦艦が加わり、圧倒的に不利な状況となっている。

猫の手も借りたいという状況だろう。


 我が国とバイゼン共和国は、貿易の成立している友好国という位置付けだ。

我が国とトラファルガー帝国は、輸送艦を沈められ反撃し交戦状態にある。

敵の敵は味方ということで参戦を依頼して来たということだろう。


 もし、我が国にその大軍が攻めてきたら、さすがに対応しきれない。

ここは共闘するべきなのだろう。


「大統領には了解したと伝えてくれ」


「感謝いたします。

早速帰国して報告いたします」


 俺が返書をしたためて渡すと、使者は頭を下げて席を辞した。

これからとんぼ返りして、返事を伝えなければならないのだろう。


「悪いけど、こっちの方が先に到着するだろうな」


 俺はタカオとカゲロウ、ユキカゼの3艦に出撃を命じた。

相手は大艦隊だろう。

もっと数が欲しかったが仕方ない。

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