第218話 バイゼン共和国1

「不明艦1接近中!」


 俺たちが輸送船を調べていると、こちらに接近してくる海上艦があった。

しかし、その動きは直線的であり、戦闘を想定したものとは思えなかった。

相手が敵対行動を取らない限り、こちらも先に動くわけにはいかなかった。

ここの海域には、貿易先で友好国のバイゼン共和国と、それと敵対するトラファルガー帝国の艦がいるはずだった。

どちらが輸送船を沈めたか判らない限りは、手を出すわけにはいかなかった。


 魔導レーダーは水平線の位置、およそ20km先まで探知が可能だった。

これは魔力波を直接飛ばせる先が惑星の丸みでそこまでだからだ。

いま、接近中と判明している不明艦は、それだけ離れているということだ。


「向こうはこちらを見つけているのか?」


「おそらく。

見張りが【鷹の目】スキルを持っていれば、既に見えているはずです」


「ほう、何処まで細かく見えるんだ?

こちらの国旗は判別できるぐらいに見えているのか?」


「こちらの見張りに訊いてみます」


 そう言うと、副長――えーと、なんて名前だったっけ?

臨時で引き抜いたからな……。

そうだ、ウォルコムだ。

ウォルコム副長が艦橋の外に居る見張り員に訊ねてきた。


「国旗は見えるそうです。

向こうの国旗はバイゼン共和国のものだそうです」


 どうやらこちらの見張り員にも見えるらしい。

この世界でも外洋を航行する船には国籍を示すための国旗を掲揚するルールがある。

小型船ならば船尾のみだが、タカオのような大型艦は艦首と艦尾、そして艦橋後部のマストにも国旗を掲揚している。

そして、我が艦隊の艦は舷側にも国旗がペイントしてある。


「つまり、向こうもこちらが何処の艦かは把握できているんだな?」


「はい」


「あ、キルナール王国としての面識は?」


「既に何度か貿易もしていますので、問題ないかと」


 キルナール王国は新興国家だ。

その国家基盤がキルト王国、ルナトーク王国、ザール連合国の三国だとはいえ、新しい国だから現場では名前も国旗も知らないということも有り得た。


 しかも、輸送船が沈められるという事件があったばかりだ。

うちも沈められているが、バイゼン共和国にも被害が出ていた場合、こちらが疑われるということもある。


 こちらには魔導通信機があるのに、相手側にはそれを使える艦はほぼない。

陸上戦艦には搭載されていたにも拘らず、ガイアベザル帝国は使用することが出来なかった。

バイゼン共和国の艦には魔導通信機があるかどうかもわからない。

国際ルールも決まっていないようで、国際通信用の決まった魔導波――国際周波数にあたる――があるわけでもないので、こちらが送っても傍受してもらえるとは限らなかった。


「こちらから手を出すのだけは絶対にやめておこう」


 防御魔法陣は自動展開するので、撃たれたとしてもどうにか防げるはずだ。


 ◇


 相手を刺激しないように、こちらも動かすに暫く待機していると、バイゼン共和国の艦が大きく見えて来た。

おそらく双方の距離は2kmも無いだろう。

大型艦にとっては目と鼻の先と言って良い。


「どうやら向こうも戦闘艦だな」


 それは大昔の戦艦を思い起こすような、大艦巨砲主義全盛の頃であろう設計思想の艦だった。


「発光信号です。

『我バイゼン共和国戦艦グラスターなり貴艦はいずれの所属か』です」


「キルナール王国巡洋艦タカオと返信しろ」


「了解」


 この発光信号のやりとりは、光魔法によって行われている。

これは光魔法通信員という専門職によるもので、光の点滅のパターンで会話の如くお互いにやり取りを交わすことの出来る特殊技能者たちだった。


『こちらキルナール王国巡洋艦タカオ』


『この海域での目的をお答え願えるか?』


『我が方の輸送船沈没事件の調査に来ている』


『貴国の船も沈められたのか』


『そうだ。も、とは貴国の船もか』


『そうだ。我が国も沈められた』


 これは潜水艦のことを訊ねた方が良いかな?


『我が方は調査中に海中を進む不明艦と遭遇した。

心当たりはあるか?』


 しばらくの沈黙。


『それは潜水艦というトラファルガー帝国の新兵器だろう』


『やはりトラファルガー帝国か。

貴国はかの国と戦争状態にあるのか?』


『そうだ。巻き添えになったのだとしたら申し訳ない』


『お互いもっと情報交換がしたい。

会って話せないだろうか?』


『こちらは外交官ではない。

それは受けかねる』


『ならば、そちらを訪問してもよろしいか』


 しばらくの沈黙。


『歓迎する』


 発光信号という面倒な方法でバイゼン共和国の艦と交信した結果、俺はバイゼン共和国へと訪問することが決定した。

ちょっと転移で戻ってアイとティアを連れて来るか。

アイには政治に関わる交渉の全般を任せよう。

ティアは長く貿易していたルナトーク王国の人間がいると向こうも安心だろうという配慮だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る