第196話 あらためてスローライフ開始……しない!

 キルナール王国の王都ズイオウである街は、最早奴隷受け入れと解放をするだけの地と化していた。

元々キルト・ルナトーク・ザールの三カ国連合だったこの国は、北の大にあるの各々の祖国が解放されると、あっという間に国民が流出し、住む者のいない廃都となってしまった。

キルトの民は元々言語が違い、他のルナトークとザールの二か国と同じ王国標準語を話せる人材が限られていた。

ルナトークとザールも文化の違いがあり、国民同士の間に壁があった。

その溝が、北の大地の祖国が解放されたことで一気に広がってしまったということだろう。

元々住んでいた土地に帰りたいという思いは変えられなかったのだ。

ここに住めば衣食住に困ることはない。

しかし、困窮してでも国に帰りたいというのが彼らの思いだった。


「俺って人望無いんだな……」


「何を言う。未だ三国はキルナール王国を構成する国のままだぞ。

国民も全てキルナール王国民である!」


 サラーナはそう言うが、国に帰った国民はキルナール王国という名を意識しないまま生きていくことになるのだろう。

キルナール王国領キルト王国、キルナール王国領ルナトーク王国、キルナール王国領ザール王国、キルナール王国領ガルフ国、いつか正式名称は忘れられ、別の国に分かれていくのかもしれない。


「私に息子が生まれたならば、私共々国に戻って王とし、ルナトーク王国がキルナール王国の一部であることを示しますわ!」


 アイリーンがそう宣言するが、まだエッチもしていないのに気が早いことだ。

その発言に感化されたのかクラリスも頷く。

クラリスも息子が生まれたらザール王国に戻りザール王とするつもりだそうだ。

同様にキルト王国にはサラーナの子が王となって君臨するのだろう。


 サラーナの目が光り、威圧感が増す。

これはさっさと夜伽をして男の子を仕込めということか……。

俺がヘタレで複数の嫁という存在に戸惑いがあるのが原因だが、この世界では跡取りを得るためならば正室だろうが側室だろうがバンバン子を産めというのが当たり前なのだ。

俺も覚悟を決める時が来たのかもしれない。

よく見ると、皆美人なんだよな。俺の嫁で良いんだろうか?


 そういや獣人の国、ガルフ国は誰が統治するんだろうか?

ミーナは治安維持で行っているだけだから、どうすればいいんだろう?

既に連合が瓦解しているから、ザール王国の一部とすると反発を招くよな……。

まあそのままミーナに任せてもいいか。

面倒だし、ミーナならば嫁になりたいなどと言わないだろう。


「わん! (悩んじゃだめ)」


 プチが一声鳴くと身体を摺り寄せて来た。

プチも悩むなと言っている。

そうだな。もう戦争はこりごりだな。

思いっ切りモフモフしてやろう。

モフモフモフモフモフモフモフモフ。現実逃避完了。



 さて、街には人が居なくなったが、それでもズイオウ領を回して行かなければならない。

街に住む人数に合わせて食材工場を停止する。

畑も規模を縮小する。

人手が無ければ生産した食材を倉庫にしまったり出荷する事すら出来ない。

俺ら家族が食べる分ならキルトタルの畑と艦内工場で事足りるのだ。


 食料生産の魔道具一式は各国にも配布したので、荒れた国土の食料事情も改善するだろう。

本当はこの場で働いてもらって食料を運んで欲しかったんだけど……。

新しく奴隷解放された人たちに、職業訓練として一時的に働いてもらうしかない。

そうしなければ、彼らの食事もままならないのが現状なのだ。

奴隷受け入れの行政手続き、解放、そして帰国。

陸上輸送艦が定期航路を運航しているので、行き来は楽に出来る。

まあ、なんとかなっている。



 ◇



 当面の問題として発覚したのは街の治安維持問題だった。

いま、俺の周りに残っているのは嫁のサラーナ、アイリーン、シャーロ、クラリス、シンシアの5人と、メイドのアリマ、ワイバーンン担当のニルぐらいか。

全員武闘派ではないので彼女たちに任せるわけにもいかない。

アイとアンには行政の仕事をやってもらっているので論外。

つまり、外に戦力を回しているため、ズイオウ領に人的防衛力が無いに等しいのだ。


 ズイオウ領に敵対する勢力が接近すればズイオウ山山頂から長距離魔導砲で一撃だ。

大規模な軍に対しての護りは、例え相手が陸上艦でも万全だろう。

だが、人――所謂テロリストによる領民に対する攻撃を防ぐ手立てが今は無い。

いや、街の周囲には防壁が張り巡らされ、唯一の入り口である門には、ステータスを表示する魔道具により厳重な警備が敷かれている。

受け入れた奴隷が暴れるといった小さな事件なら制圧できる警備隊もいる。

だが、侵略目的で侵入して来る敵対勢力テロリストを迎え撃つ防衛力はここには無いのだ。


 俺たちキルトタルに住んでいる王家の人間が、その艦内に侵入されて攻撃をしかけられるということはない。

艦内に張り巡らされた厳重な警備システムのため有り得ないのだ。

だが、奴隷解放された民たちを守るという観点だと、対人に関してだけは守る手段がない。


 ステータスにテロリストや殺人犯と書いてあることは稀だ。

彼らにとって正義の執行であればステータスにはそんな称号は現れない。

戦争で家族を守るために戦い、敵を殺した。

これで殺人犯という称号はつかない。ついてもらっては困る。

つまり、国のため、宗教のため、殉じる覚悟の者を犯罪者として探し出すことは事実上不可能なのだ。


 戦争行為の執行中であれば、どこどこ国の兵士と出るのだろうが、戦線布告も無く突然攻撃されたとしたら防ぎようがない。

他国の人間を入れないというのも一つの手だが、奴隷解放業務のため、最低限でもリーンワース王国の人間はフリーパスにするしかない。


 こんな時に鼻が利く獣人たちが居ないのは困りものだ。

どこかから獣人を雇うか?

早くザールと商国が安定してくれれば獣人たち傭兵を戻せるものを……。


 そう、商国だ。

北の帝国が滅んだどさくさで蜂起し、よりによってルナトーク王国に攻め込んだために、ウェイデン伯爵指揮の第2戦隊にフルボッコにされてしまった。

全面降伏したため、キルナール王国に併合されてしまったのだが、逆に扱いがめんどくさい。

飢えた民を抱えた国なんて厄介なだけで誰が欲しいというのか。

まさか、併合目的で戦いを挑んで来た?

そう疑いたくなるほどの意味不明な行動だった。

その治安維持に獣人傭兵が派遣されているのだ。

早く帰ってきてほしい。



ガシャン、ガシャン。


 目の前を作業用ゴーレムの200番代ゴーレムが歩いて行った。

そこで俺ははたと思いついた。ゴーレムを警備につければ良いのだと。

しかも人並みの思考と判断力を持つゴーレムだ。

獣人のようなテロリストに対する嗅覚を持ったゴーレムを造れば良いんだ。

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