第192話 対ボルテア公国4
陸上重巡洋艦エリュシオンの艦橋にいる俺に、ボルテア公国を監視させていた陸上駆逐艦から連絡が入った。
「ボルテア七世が死んだ?」
ボルダード王国に向かおうとしていたところだったのだが、突然の訃報だった。
「はい。どうやら早速契約違反をやらかして契約魔法が発動したようです」
その報告によるとこのような経緯だったという。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ボルテア公国の王宮ではボルテア七世がいら立ちの声を上げていた。
「ええい。忌々しい小僧め、我にいいように命令しやがって!」
ボルテア七世の怒声が公宮に響く。
公王はクランドが口を酸っぱくして言った契約魔法の発動条件を信じていなかった。
どうせ脅しのためのブラフであり、まやかしの契約など破っても構わないと思っていたのだ。
特に公王位を譲った相手が契約違反をしても、自分に罰が下るなどあり得ないと思っていた。
そのような契約魔法は公王の長い人生で一度も聞いたことが無いのだ。
しかし、もし本当だったらという一抹の不安も抱えていた。
「ふん。奴隷に公王位を譲って契約違反をさせてみるのだ。
どうせ、契約が移動するだけで、我にまで危害が加わるわけがない」
「公王様、公王位を譲った後に契約紋がどうなるかだけを、まず試してみてはどうでしょうか?」
盲点だった。契約紋が移動するなら、契約紋が消えた方には罰が下るわけがないのだ。
契約紋が奴隷だけに承継されるなら、公王位を渡した公王は契約魔法から逃れられるという理屈だ。
「お主も悪よのう」
「いえいえ公王様こそ」
ボルテア七世はいやらしい笑みを浮かべた。
側近も同様に笑う。
さっそく奴隷が連れられて来た。
ボルテア七世は、契約魔法そのものの真偽を確認するために奴隷に公王の位を正式な手続きで譲った。
その奴隷に契約紋が移動するのかコピーされるのかを確かめようというのだ。
すると、公王の位を譲られた奴隷の右手の甲には契約魔法の契約紋が浮かび上がった。
そして公王の右手の甲からは契約紋が消えた。
これにより、公王位の譲渡で契約紋が移ることが証明された。
「よし契約紋が移ったぞ。これで我は契約に縛られぬ!」
ボルテア七世が契約紋の消えた右手の甲を見て喜ぶ。
「早速奴隷に契約を反故にさせてみましょう」
「そうだな。よし、おまえ、契約を破棄すると言え!」
事情のわかっていない
「契約を破棄する?」
奴隷は言われるがまま契約を破棄した。
その時、奴隷の手の契約紋が光り、奴隷公王は死んだ。
そして契約紋はボルテア七世の手に戻ると光りだした。
「ちょ! なぜじゃ!」
それはクランドが説明したことそのままであり、身代わりが裏切ればその罪は公王の血筋にも向かうというものだった。
これにより奴隷公王の契約違反行為の懲罰はボルテア七世にも向かうことになった。
不正による契約違反は契約紋の疼きなどという甘い対応にならず一気に罰が発動した。
そしてボルテア七世は心臓を押さえるとあっけなく死んだ。急性心不全だろうか。
次に契約紋が手の甲に浮かんだのは、ボルテア七世の第二公子だった。
第一公子でなかったのは、公妃が浮気した時の子だったかららしい。
しかし公王の位は第一公子が継ぎ、自ら契約紋の呪いを身に受けた。
そして契約を守ることを誓い、その顛末を駐留していた陸上駆逐艦まで齎し、それがクランドに伝わったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なるほど、次代の公王は誠実な人物のようだな。
俺に恨み言も言わず、契約を守ることを誓ってくれるとは……」
「ボルテア七世の子とは思えないほどの出来た人物でしたね」
ターニャもそう評するぐらいなら安心だろう。
これでボルテア公国は大丈夫だろう。
次はボルダード王国だ。
縁戚のボルテア七世が死んだことが悪い影響を与えなければ良いのだが……。
「あのおっさん、最後まで迷惑かけやがって」
厳しい交渉になりそうだった。
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