第164話 乳製品と衝撃のニュース

 ホルホル牛からとれた牛乳から各種乳製品を作る試みが実を結んで来た。

飲用のミルク、生クリーム、バター、カッテージチーズが生産され流通するようになった。

余ったミルクからはヨーグルトも生産された。

このキルナール王国では貯蔵施設として時間停止倉庫が普及しているため、牛乳も新鮮なまま何日も保存が可能になっている。

しかし、ずっと新鮮だとはいえ、何日も前に収納した牛乳をそのまま使うのにはキルト族には抵抗があるらしい。

生活習慣というものは、便利になってもあまり変わらないものらしい。


 なのである程度の日数が経った牛乳は加工に回すというのが酪農班のサイクルになっている。

ホルホル牛が毎日新鮮な牛乳を出してくれているからこそのことなんだけどね。

飲用のミルクと生クリームが最初に生産され、次にバター、そしてチーズが作られた。

それでも余った分がヨーグルトとして生産された。

キルト族が個人で飼ったホルホル牛の分も順調に供給されているので、他国に売るほどの生産量がある。

流通のために陸上輸送艦が利用されたが、そこから各所に運ぶには時間停止荷台を持つ馬車が必要だった。

そうなると馬も必要になり、いつのまにか牧場が拡張され馬が増えていた。

これらの馬は俺が召喚したのではなく、国民が他国との貿易で得たものだった。

ホルホル牛はそれだけの利益を国民にもたらしたのだ。


 チーズは作って直ぐに食べられるカッテージチーズはまだいいのだが、熟成が必要なタイプのチーズは時間停止倉庫では作れない。

そこで時間加速倉庫が作れないかという提案があった。

生産の極に問い合わせると、時間停止倉庫の魔道具と同じ材料で作れることが判明した。

というか、時間停止倉庫として作ったものを魔宝石を少し書き換えるだけで実現可能だった。

ただし、事故の危険度は時間停止倉庫よりも上。

なのでセキュリティは何重にもかける必要があった。

人が倉庫内に取り残されると重大な事故に発展するからね。

この手の事故は過去に何度も発生していたようで、その過去の知識を元に生産している俺は、そのノウハウをありがたく利用させてもらった。

菌類や昆虫類のような小さな生き物はスルー。

人やペットのような大きさで初めてセキュリティが反応する。

時間停止倉庫もセキュリティーが反応して中身の時間が動き、収納したものがダメになるという事故がたまに発生する。

では、時間加速倉庫では?

時間が加速せずにただの倉庫となる。

熟成させようとしている製品はその時間に従ってゆっくり熟成しているだけだ。


 その熟成庫を使ったチーズ生産が軌道に乗り、大量のチーズが製造された。

チーズの製造にはレンネットという酵素剤が必要だ。

俺はこの酵素の入手方法を知らなかった。

なので知ったからにはいち早く異世界召喚により大量入手することにした。

これで幼くして殺される家畜が減る。



 この熟成庫ともいえる時間加速倉庫が、ある製品の試作に役立った。

味噌と醤油に日本酒だ。

通常の時間軸で試作したのでは、失敗だと判明するのに数か月から1年もかかってしまう。

それが数日で結果が出るのだ。

改良に改良を重ねてついに満足のいく製品が完成した。

味噌と醤油の完成に小躍りして喜んだのは俺だけだったが、国民にもその味はジワジワと浸透し、いつのまにか無くてはならない調味料となった。

日本酒はワインよりも好まれて飲まれるようになった。

そうワインも熟成の必要な酒だ。

熟成庫により気軽に何年物のワインが製造出来るようになった。

これはリーンワース王国をはじめ、諸外国に飛ぶように売れた。


 実は飛び地で海を得た我が国は海洋進出をはたし、隣の大陸と貿易を始めたのだ。

陸上輸送艦の艦底を海洋仕様に変更し、海に浮かべただけでそのまま高速輸送艦となった。

一応、商国の帆船による細々とした交易航路はあったのだが、ここまで大規模な輸出が出来たのはこの輸送艦のおかげだった。

商国の既得権益? 知るか。我が国に楯突いた報いだ。


 俺のスローライフはとうとう国際貿易が実現できるような規模にまで発展してしまった。

これはもうスローライフではなかった。

だが、充実した毎日だった。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 ズイオウ領にリーンクロス公爵がやって来た。

重要な話があるらしい。

俺はついに北の帝国が動いたのかと身構えた。


「そう、力むでない。一応は良い話を持ってきたのだからのう」


 リーンクロス公爵は一応・・に力を込めて言う。


「嫌な予感しかしませんが?」


「カカカ。まあ半分はそうかのう」


 笑う爺さん。

面倒事の臭いがプンプンする。


「北の帝国が滅んだぞ」


「は?」


 俺はその突然の言葉に耳を疑って聞き返してしまった。

北の帝国が滅んだ?

そう聞こえた気がする。


「間違いない。北の帝国が滅んだ」


「どうして? いや誰に?」


 この大陸は東西に連なる山脈により北部と南部に分断されている。

北の帝国に対抗できる勢力は北の大地にはなく、南の大地の雄であるリーンワース王国も北の大地へと侵攻する戦力は持っていない。

唯一侵攻出来る力があるのは我が国だが、我が国は旧ルナトーク領を解放以来、未だキルト解放には動けていない。

天変地異か? はたまた隣の大陸の勢力か?


「スタンピードじゃ。遺跡から魔物が溢れたのじゃ」


 魔物だって? しかも遺跡からって、遺跡がダンジョンに通じていた?

あ、そういやキルトタルの下にもダンジョンが埋まっていたっけ。

あのダンジョンも中身もヤバいほどの量の魔物が跋扈していた。

あの時収拾した魔物の素材が今でもインベントリの中に大量にある。

あのようなダンジョンの魔物が外に出て来た?

俺があの魔物群を倒せたのは偶然ダンジョンコアを破壊出来たことによる。

あれと同じ規模だとしても全ての魔物とガチンコで戦うには現有戦力でも力不足だろう。


「対策は? 北の中央大峡谷で阻止できるのか?」


「それを話し合おうとここまで来たのじゃ」


 嫌な予感は当たっていた。

北の帝国との戦争ではなかったのだが、今度は魔物との戦争が待っていた。

この時俺は対魔物だと簡単に考えていたことを後悔することになるとは知る由も無かった。

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