第165話 帝国落つ

 北の帝国――ガイアベザル帝国――が滅んだ。

リーンクロス公爵によると魔物のスタンピードが帝都を襲ったのだという。

リーンワース王国は北の帝国に諜報員を潜入させていた。

その諜報員によると、魔物は北の帝国の貴族や上級帝国民を狙って襲って来たという。

二級帝国民として潜入していた諜報員は、魔物に遭遇したがスルーされたのだそうだ。

つまり、魔物は殺害する人間を選別していたということだ。

その理由がなんなのかは見解が分かれるところだが、選民意識を持っていた北の帝国に於いて、上級帝国民以上つまり勇者の血が濃いと自称する者たちが襲われたと推測されていた。


 いやな予感がする。

ラノベで良くある勇者召喚のお約束で、黒髪黒目の召喚者が勇者とされるのはご存知の通り。

俺も黒髪黒目、アギトに勇者の血筋と認定されて絡まれたのは記憶に新しい。

あの時は髪色を変えて誤魔化したが、魔物が何を基準にターゲットを選んでいるのかがわからない。

そもそも俺自身が異世界転生でこの地にやって来たいわば召喚者だ。

この世界には、勇者がもたらしたと思われる異世界地球産の文化の数々が見受けられる。

つまり過去の勇者も異世界転移か異世界転生などの第三者の力による召喚でこの世界にやって来たと思われる。

その勇者が起こした国がガイア帝国で、その遺跡の分布や残された文化の波及具合から、この大陸全体に覇を唱えていたと見られる。

つまり、俺のような転生者が魔物に勇者と認識される可能性が高い。

その勇者の血筋を根絶やしにしようとするような魔物の行動、これが俺たちに向いて来たとしたら恐ろしいことだ。


 そう俺たち・・・だ。

今後、俺は嫁との間に子を生すことになるだろう。

つまり、俺の血筋であるその子らが、魔物のターゲットとなるのだ。

何に魔物が反応しているのかは不明だが、俺の子孫にまで危害が加わる可能性が濃厚なのだから黙っているわけにはいかない。

今後、俺の子は生まれ続けるだろう。

サラーナ、アイリーン、クラリス、シンシアと嫁が4人もいるのだ。

しかも、それぞれに国の跡取り息子を要求されている。

その俺の子たちの未来は俺が絶対に守る。

陸上戦艦を要する北の帝国でさえが為す術もなく蹂躙されたとなると、こちらも戦力を増強しなければならない。

幸い、北の帝国に対抗するため、ルナトーク戦役で得た鹵獲艦を修理中だ。

 

「そんな状況じゃから、我が国は北の帝国領へ調査のために陸上戦艦を派遣する。

そのために損傷艦の修理を是非ともお願いしたい。

修理が完了次第、我が国は敵地へと向かう。

お主はどうする?」


 リーンクロス公爵が北の帝国派兵の意思を告げる。

これはもうリーンワース王国の決定事項だそうだ。

この隙に北の帝国の領地を刈り取ろうという思惑もあるのだろうが、主体は魔物という脅威に対する調査だ。

だが、我が国との戦いで弱っていたとはいえ、北の帝国だって黙っていたわけではないだろう。

北の帝国の陸上戦艦全艦を以てしても敗北した脅威だ。

おいそれと手出しするのは危険ではないだろうか?


「修理は引き受けましょう。

しかし、我が国は派兵しません。藪蛇になりかねない」


 俺は苦渋の決断をした。

ルナトークを奪還したことで、キルト族、ザール連合の民も北の帝国に占領された自らの祖国を奪還したいという思いが強くなった。

しかも、地理的要因と戦力不足がそれを阻んでいる。

「帝国がなんらかの脅威により滅んだ」「直ぐにでも祖国を奪還に向かいたい」そう思って当然だろう。

一見、チャンスに見えなくもない。

だが、俺は帝国魔物は味方だとはとても思えないのだ。

魔物の軍団は、次はこの地を襲うかもしれない。

派兵参加がその呼び水になってはならないのだ。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 後回しにしていたリーンワース王国の陸上戦艦を直してあげて暫くした後、そのリーンワース王国の陸上戦艦が損傷して帰って来た。

調査団は北の峡谷を北側に出て早々にベヒモスと遭遇したそうだ。

ベヒモスは砲弾を撃ち、陸上戦艦に対抗して来たという。

リーンワース王国側は重力加速砲で応戦、ベヒモスは足が遅く単体だったのも功を奏して逃げ帰ることが出来たらしい。


「砲弾? どういうことですか?」


ベヒモスは、背中に大砲を背負っていました」


 え? 生き物なのに大砲を? カ〇ックス?

つまり何らかの文化を持つ敵だということ?

勇者を狙い、勇者の国の兵器に対抗する武器を持つ……。


「もしかして、魔王軍ってことか?」


 どうやら魔王が復活したようだ。

俺はあの肉工場の魔物がポップする魔法陣を思い起こす。

あれと同じ原理で魔物を召喚出来るなら敵の戦力は無限だ。

元を経たねば消耗戦となって負ける。


「俺が出るしかないか」


 キルナール王国も静観するわけにはいかなくなってしまった。

放っておけば、こちらまで魔物が進出してくるだろう。

ここに俺は北の帝国へと艦隊の派遣を決意した。

とりあえず、橋頭保を築かなければならない。

それには元キルト王国が丁度良いかもしれないと俺は思っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る