第114話 艦隊戦3
ルドヴェガース要塞の前に布陣したエルシークの艦橋で俺は想定外の事態に戸惑っていた。
舷側の火薬砲が主兵装である敵の陸上戦艦が、その火力を使用しようとせずにそのまま真っ直ぐ突っ込んで来ていたのだ。
俺たちが北の帝国の艦隊の動きとして想定していたのは、敵艦隊が射程圏内に入るとそのまま横腹を見せて砲戦に入るというものだった。
敵の陸上戦艦の最大の武器は舷側にズラリと並べた舷側砲――火薬砲――だ。
それを最大限に活用するには攻撃目標に陸上戦艦の横腹を見せなければならない。
なのに敵陸上戦艦は艦首を前にして最大速度――敵陸上戦艦が出せる範囲の――で突っ込んで来ていた。
まるで捨て身の体当たり攻撃だ。
「拙い。全艦緊急退避、艦首を敵艦隊に向けろ!」
俺が命令するやいなや、エルシークが回頭を始め、速やかに回頭を終えた。
ルナワルドとザーラシアも慌てて回頭を始め、艦首を敵艦隊に向け始める。
だが、リグルドだけがその動きに取り残されていた。
「やはりやらかしたのか!
だから触るなと言ったのに……。
やはり乗せるべきではなかったか」
遠隔操作で移動砲台となるはずだったリグルドにはリーンワース王国の騎士が乗っていた。
リーンワース王国の資産はリーンワース王国の騎士が守らねばならないと出撃直前に言い出して無理やり乗り込んで来たのだ。
いくら修理費をもらっていないからといって、王国の資産であると強硬に言われたら抵抗できるものではなかった。
だが、彼らには艦の管理権限や指揮権は与えることは拒否させてもらった。
くれぐれも精密機器に手を触れるなと言い含めたのだが……。
「それでも構わないということだったから乗せたのに……。
おそらく中で何かやらかしたのだろうな」
リグルドだけ明らかに動きがおかしかった。
「リグルド、何をやってる。速やかに回頭せよ!」
リグルドの電脳から返事がない。
「まさかと思うが、システムコンソールを弄ったか、魔導通信機を弄ったな。
こちらの指示に対する反応が鈍い」
そうこうするうちに敵陸上戦艦が間近に迫って来た。
リグルドの側面に突き刺さる敵陸上戦艦2艦。
リグルドの舷側に防御の魔法陣が展開されるも、敵陸上戦艦も同様の魔法陣を艦首に展開している。
そのまま加速度に物を言わせてリグルドの側面に敵陸上戦艦がめり込んでいく。
その結果、リグルドは重力制御機関を損傷し航行不能に陥った。
ザーラシアを挟撃しようと左右から進路を狭めて来る敵陸上戦艦。
そのうちの1艦がザーラシアの左側面に接触、舷側装甲を削る。
避けられたもう一艦は勢い余ってルドヴェガース要塞の城壁に突き刺さった。
すかさず城壁の上から蒸気砲が撃ち込まれ、その敵陸上戦艦は爆裂弾の炎に包まれた。
ルナワルドに向かった敵陸上戦艦はルナワルドの巧みな操艦でいなされていた。
エルシークも同様に避けまくっている。
避けられた敵陸上戦艦は、ルドヴェガース要塞の脇を抜け、ターンして再び突進してくる。
その中の一際大きな陸上戦艦に変な動きがある。
前甲板に魔法陣が展開している。
その魔法陣が向いている先は……。
「まさか! 魔導砲か!?
リミッター解除! 避けろ!」
敵陸上戦艦は固定され旋回出来ない魔導砲塔を艦首ごとエルシークに向けていた。
俺はエルシークに緊急回避を命じた。
エルシークがリミッターを解除し、最大戦速を出す。
幸いエルシークの艦橋には【状態固定】の魔導具が配備されている。
これは第13ドックで修理をした全艦に追加装備することが出来た。
しかし、それは指揮所と居住区という最低限の場所に限定される。
積荷には多少被害が出るかもしれないが、人的被害は出ないはずだ。
エスシークが音の壁を越えたため衝撃波の轟音が発生するのと、今までエルシークがいた場所を魔導砲の高出力光魔法が通過するのが同時だった。
「危ないところだった。
他の艦だったら避けられなかったかもしれない」
これも俺が陸上戦艦にリミッターなんてかけたせいだ。
俺は何てバカなことを思っていたんだろう。
最大戦速を出す必要はない? 魔導砲なんて危険な兵器は封印する?
これは戦争だ。相手は俺たちを殺そうと最大限の努力をする。
捨て身の攻撃、あの加速だって【状態固定】の魔導具が生きていなければ乗員に大被害が出ているはずだ。
それにあの魔導砲。旋回出来ない状態を見ても、おそらく使用回数が制限されている。
奴らにとってはここぞという時の秘密兵器だろう。
北の帝国が【状態固定】の魔導具を持たず、魔導砲を修理出来ないのは鹵獲した陸上戦艦の様子でわかっていた。
その被害を顧みず、次には使えなくなるかもしれない兵器を惜しげもなく使ってくる。
殺らなければ殺られる。そこに手加減の入る余地なんて無かったのだ。
俺は自分の甘さを恥じた。大切な仲間の命を危険に晒してしまった。
もう躊躇いはしない。
「全艦リミッター解除、魔導砲の使用を許可する。
射線に配慮し魔導砲で迎撃せよ!」
俺の命令でエルシーク、ルナワルド、ザーラシアの各艦は魔導砲の封印を解除して起動させた。
各艦各々に敵陸上戦艦に照準を合わせ魔導砲を撃つ。
ルナワルドの魔導砲が発射され、敵陸上戦艦の艦首から右舷にかけて直撃して大穴が開く。
ザーラシアが高加速で戦場を飛び回り魔導砲を発射、敵陸上戦艦の横腹に連続で光条が突き刺さり葬り去る。
エルシークが2基の魔導砲塔で別々の敵陸上戦艦に照準を合わせ同時に二方向に光条が伸びる。
その光条は逸れることなく敵陸上戦艦2艦に延びて行くと同時に着弾し撃沈した。
暗闇の戦場は魔導砲の光魔法で昼間のように明るくなった。
それにより負けを悟ったのか、残った敵陸上戦艦5艦は蜘蛛の子を散らすように各々別方向に撤退していった。
後には航行不能に陥ったリグルドと、撃破された敵陸上戦艦5艦が残されていた。
敵陸上戦艦の1艦は城壁の蒸気砲が撃沈したのでルドヴェガース要塞の兵たちから勝鬨が上がっている。
だが、こちらはザーラシアが左側面装甲を削られ舷側砲開口部の扉が開閉不能となっていた。
つまり蒸気砲による左砲戦不能。左側の攻撃力を大きく失い弱点となってしまった。
この修理は第13ドックに持って行くしかなかった。
リグルドは敵艦の体当たりで重力制御機関が破損、航行不能となっている。
以前の損傷に加えて、艦の
これもドック入りだ。
10:4だった北の帝国との戦力比が5:2になった。
戦力比的には現状維持であり、劣勢の戦況であったことを考慮すれば戦術的な勝利を得られたといえた。
だが、俺は勝った気がぜんぜんしなかった。
敵の行動が全く読めなかった。
陸上戦艦の持つ魔導砲という超兵器を使用することに躊躇いがあった。
大国の貴族のゴリ押しに折れて要らない危機を招いてしまった。
反省点の多い戦闘だった。
「次は躊躇なく撃つ」
魔導砲塔はザーラシアとリグルドをドックに修理に出してもまだ3基ある。
北の帝国側は魔導砲搭載艦はおそらく旗艦と思われる艦の1基だけ。
最悪の想定は北の帝国の増援。
これ以上敵艦が増えたら魔導砲のチャージ待ち時間でやられかねない。
敵も魔導砲使用可能な艦を増やす可能性がある。
攻撃を防ぐ手立てが思いつかない。
魔導砲の威力は防御魔法で軽減できるようだが、完璧に防ぐことは出来ない。
元々陸上戦艦は対陸上戦艦の兵器を想定していないようだ。
つまりガイア帝国における陸上戦艦の敵は陸上戦艦ではなかったということなのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます