第108話 暗雲

 一方、ガイアベザル帝国では調査兵団という組織が俄かに活動を活発化させていた。


 ガイアベザル帝国では、遺跡を調査し旧ガイア帝国の遺産を手に入れることは、国家としての最優先取組事項だった。

そのために組織された調査兵団は、遺跡調査に特化した兵団で、陸上戦艦の派遣から武力行使まで帝政から独立した権限を有していた。

所謂皇帝直轄の調査戦闘集団であった。


「ここ最近、遺跡の活動が活性化しております。

全てリーンワース王国国内とその近隣の遺跡です」


 調査兵団を指揮する団長と呼ばれる男に対し、学者然とした風貌の男が報告をする。

団長の名はイオリ、身長2mの筋骨隆々の武人然とした黒髪黒目の大男だった。

その団長という地位は軍の将軍に匹敵するものだった。

イオリ団長は、身動ぎもせず、目線だけで学者に先の報告を促す。


「アギト殿下が行方不明になったリーンワース王国北部での魔力放出観測が一つ目。

リーンワース王国中部での識別信号観測が二つ目。

南方で継続的に発信されていた誘導信号と思われる魔導波が三つ目。

リーンワース王国中央北側にての単発的な魔導波が四つ目です。

これだけ多くの遺跡が同時期に活動するなど前代未聞です」


 学者はイオリ団長の様子を伺い、自分の言葉がイオリ団長に届いたことを確認し報告を続ける。


「アギト殿下はニムルドを無断使用し未知のルートを南下、リーンワース王国北部にて遺跡の守護者と交戦し、その際アギト殿下はニムルド撃沈と共に亡くなられたもようです。

この時の魔導反応は我らも観測いたしました。

膨大な魔力が放出され、その現象は魔力バーストかと推測しておりました」


 アギトが亡くなったという報告にイオリ団長が反応する。


「馬鹿息子が死んだか」


 その内容は不敬罪にあたるが、アギトは既に身勝手な行動で陸上戦艦を失った罪で皇帝により廃嫡されていたため、現時点ではお咎めなしだった。

そのことをイオリ団長は知る由も無かったのだが……。

この男、独自権限が大きいために増長する癖があった。

学者はその呟きに何も反応することが出来ず、スルーすることを決め込んだ。


「リーンワース王国北部の遺跡は軍の諜報部が主導して調査を行い、現地で遺跡の消失を確認したそうです。

ニムルドと遺跡で相打ちということかと思われます」


「調査兵団からは調査員を派遣していないのだな?」


 イオリ団長の目が厳しいものになる。


「はい。その時には既にリーンワース王国とは外交戦を行っていたもようで、我々の調査申請はリーンワース王国により却下されております。

この件が調査兵団まで伝わるのに時間がかかったのは、軍のやつらが保身で隠蔽していたためのもようです。

初期の観測結果を隠し、アギト殿下が勝手に調査に向かったうえ、ニムルド共々返り討ちに会い、新たにリグルドを失った後になり、やっと調査兵団に話が伝わってまいりました」


 初期の観測結果を偶然得たのがアギト皇子だったため、それを隠すように命じたのはアギト皇子だった。

だが、その後の不始末を隠すために軍部が必死になっていたということだった。

全ての情報が調査兵団に集まるわけでもないということが、まさに独立組織の縦割りの弊害といえた。


「皇帝陛下はご存知だったのだな?」


「はい。この件を口実にリーンワース王国北部への侵攻をご裁可されたのは陛下でした」


 イオリ団長の顔が歪む。大国へ戦争を仕掛けたというのに調査兵団が蚊帳の外だったからだ。

その悪い空気を払拭するかのように学者が報告を続ける。


「軍が大敗した原因が報告されております。

一時リーンワース王国のボルダル要塞をリグルドが占領下に置いた際に、遺跡からの遺物と思しき超兵器を鹵獲いたしました。

リーンワース王国は、その超兵器を惜しげもなく使用し、それが原因でリグルドが撃沈され負けたといことのようです」


 学者が技術部から引っ張って来た極秘資料を机に広げる。

そこには超兵器の詳細とガイアベザル帝国で現在製造しうる対抗兵器の図面が添付されていた。

イオリ団長はその対抗兵器に見覚えがあった。


「この前改装したガルムドに搭載した新型砲か。

それより高性能な超兵器をリーンワース王国が持っているのだな?」


 イオリ団長は何かに気付いたようだ。

学者はイオリ団長に頷き報告を続ける。


「はい。この超兵器こそ、リーンワース王国北方遺跡で手に入れた遺物に違いありません」


 イオリ団長はその事実に驚愕するとともに軍部の失態に怒りを覚えるのだった。

学者が報告を続ける。


「そのガルムドですが、誘導信号の発信源を目指し、西方から大きく迂回して南の蛮族の地へと向かいました」


「もっと早くリーンワース王国と開戦したと知っておれば、リーンワース王国の領土を通過させてやったのにな」


 イオリ団長が苛立たし気に呟く。

調査兵団は不可侵条約を守り、ガルムドに山脈とリーンワース王国の領土を大きく迂回するように指示していたのだ。

ことごとく軍部に足を引っ張られていた。


「そのガルムドとの連絡が途絶えました」


「何?」


「ガルムドには連絡用の小型ワイバーンを乗せていました。

その定期連絡が届いておりません」


 イオリ団長はその事実に南の遺跡もリーンワース王国の手にあるものと確信した。


「ガルムドもやられたということか……」


「おそらく。現在、遺跡の誘導信号も観測されておりません。

遺跡の詳細位置の特定は絶望的かと」


「となると、四つ目、リーンワース王国中央北側の遺跡がリーンワース王国の持つ遺跡の要であろうな」


「はい。おそらく奴らは魔導通信機を復活させたのかと。

時期的には二つ目の識別信号により三つ目の遺跡が反応。

四つ目の位置での通信文の発信により、遺跡が誘導を開始したものと思われます」


 イオリ団長は思案する。

要の遺跡を掌握すればリーンワース王国の戦力を低下させられるだろう。

その遺跡の遺物をガイアベザル帝国のために使えば戦争にも勝てるはずだ。

調査兵団には陸上戦艦が10艦配備されている。

これを一気に投入すれば、おそらく数が少ないだろう超兵器を圧倒出来るはず。

そしてイオリ団長の旗艦にはあの超兵器が生きている。

負けようがなかった

そのようにイオリ団長は頭を巡らせ、決断した。


「リーンワース王国中央北側の遺跡を奪取する。

調査兵団の全ての艦を出撃させるぞ!」


 偶然が偶然を呼び、ズイオウ領への大規模攻勢が発令されてしまった。

小型ワイバーンによる通信がこの世界にあったこと、北の帝国には軍と調査兵団という二つの軍事組織があったことがクランドの予測を大きく外すこととなった。

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