第77話 都市計画

 アイが計画した都市計画は、キルトタルを泊めたズイオウ山の南裾野を中心として、東から東南のズイオウ川に至る森を開墾して農地とし、南側に広がる森を開拓して住居とするという物だった。

人口増加により住居は南へ、農地は東南へ広がっていく計画だ。

農地には水が必要なため、その水路を東のズイオウ川から引くためには、そちら側に農地を持って行った方が良いという判断だ。


 農業は国民に農業従事者が多いため、俺の農園のような魔道具による促成栽培ではなく、ある程度自力でやってもらおうと思っている。

今の促成栽培方式だと、必ず俺が関わる部分が出来てしまうので、国民が自立出来ないという判断だ。

まあ、食料不足の緊急時にまで、収穫できる数か月後を待てとは言わない。

時間停止貯蔵庫をガンガン建てて、100万人を1年間食べさせられる量は促成栽培で賄うつもりだ。


 その建物を建てる場所も都市計画で細かく指定されている。

現在、キルトタルがある場所から南にある広場――蒸気砲の出荷用――を拡張し中央広場とし、そこから東西と南に大通りを通す。

大通り沿いには商業区を設定して商人を誘致し、東南方向には住宅街を整備する。

その住宅街の東側、農地に面した所に時間停止貯蔵庫を建てる。

政府機能と民間行政の庁舎はキルトタルの中に設置する。

上水道は水の属性石で、竈は火の属性石で賄う。

竈は薪でと思ったが、薪という物は長期乾燥をさせなければ使えないものなのだ。

いま4千人の住人が火を必要としているのに、今から薪を乾燥させていたのでは本末転倒になる。

現在はリーゼに指示して編成した食事班が、アリマの指揮のもと専用調理場と大食堂で料理を作り食事を提供している。

その竈の火は火の属性石に頼っている。


 そして都市と言えば下水問題。

驚くべきことに地球の中世ヨーロッパでは道端に糞尿がそこかしこに放置してあったそうだ。

ご婦人方が裾の広がったスカートを履いていたのは、その場で用を足すところを見られないためで、ハイヒールは踏んだう〇こが足に付かないようにと作られたという。(諸説あり)

トイレもおまるにして溜めて道端にジャーと捨てていたそうだ。

魔法以外は文化が中世同様のこの世界で、一番問題になるのがこの糞尿の処理だと思っていた。


 だが、この世界では、道端に落ちているのは馬糞ぐらいのものだ。

その理由は下水道が地球の現代なみに完備されているためではない。

汚物処理にこの世界ならではの画期的な方法があったからなのだ。

その画期的な方法とはスライムの利用だった。

スカベンジャースライムというスライムが、人を襲うことなく喜んで汚物を処理してくれる人の益となる魔物――益魔物――だったのだ。

下水は汚水処理層を作り、そこにスカベンジャースライムを入れておけば、綺麗に処理されてしまう。

そのまま地下浸透で処理してもいいが、ここは計画都市。

汚水処理層からの水を更に浄化施設に集めて処理水を川に流す方法をとる。

その下水道を土魔法で都市計画の区画に添って作ってしまう。

浄化施設も臭いを出さないように密閉した建物の中に作り、そこで浄化の魔法を付与した石で最終処理をする。

これでそのまま飲んでも問題ないレベルまで綺麗にする。


 とりあえず、毎日4千人ぐらいずつ増えていく国民が、不自由なく生活できる基盤を作らなければならない。

一軒家より先に集合住宅を東の農園側に作っていく。

簡単に言うと二階建ての長屋だ。(あれ? これって普通に日本のアパートじゃね?)

仮設なので個室ではなく8人部屋で我慢してもらう。

今後生活が落ち着いたら中央の区画に一軒家を建てて移り住んでもらおう。

実は国民がほとんど身寄りのない個人ばかりなんだよね。

それが数十万人となると、数十万軒家が必要になる。

はい。無理。8人部屋でも毎日5百部屋作る必要があると思えば、それ以上にキツイことがお解りいただけるだろう。

【クリエイトハウス】で毎日ドーーーンと10部屋のアパートを50棟建ててるのよ?

それだけじゃなく農地を開墾して種を蒔いて『促成栽培』かけてと、やることが多すぎる。


「これのどこがスローライフなんだよ!!」


 俺が目指したスローライフはこんなものではなかった。はず。


「クランド様、お疲れの様ですな」


 ダンキンが今日も陸上輸送艦で広場にやって来た。

彼もやや疲れ気味の顔をしている。


「ダンキンか。今日も来たのか」


「いえ、私は現在ここに常駐しております。昨日は馬車で寝ました」


 ああ、だから疲れた顔をしているのか。

ここまでの長い道のりは陸上輸送艦だからまだましだっただろうに。

ここでは車中泊か。


「そうだったのか。馬車に泊まるぐらいなら、仮の商館を建ててやったのに」


「誠ですか?」


 その顔は「またまた御冗談を」という信じていないような顔だ。


「そこの中央広場前でいいか?」


「一等地ではないですか!」


「ここに商会を誘致したいからな。ダンキンのところが初になる。よろしく頼むぞ」


「ハハッ。喜んで」


 ダンキンが喜色満面の笑みを浮かべる。

こっちにも利があることだから、そこまで喜ばなくても。


「ところで、陸上輸送艦はどこから来ているんだ? 街でもあるのか?」


「ここから南に30kmほどの場所、東の川を渡った東岸に街がございます」


 そこが奴隷の集積所となっているらしい。

陸路では道も橋も無いので浮上航行できる陸上輸送艦を使っているのだそうだ。

確かに数千人を一度に運ぼうと思ったら陸上輸送艦の方が最適か。

それにしても橋が無いか。今後ここは100万都市になるのだから、橋ぐらい渡しておいた方が良いだろう。

おそらくその街がここと交流できる一番近い街となるはずだ。

うん。川幅は30mぐらいだし土魔法でいけるな。


「ここに橋があったら便利だよな?」


「ええ、そりゃもう」


「じゃあちゃっちゃと作るか」


 俺はズイオウ川に向かうと、大通りの延長となる位置を確認し、30mの川幅の中央とその半分の位置二か所の合計三か所に土魔法で橋脚を立てた。

この材質は遺跡の壁をイメージしている。

上流側を流線形に形成して水の流れに抵抗が少なくなるようにしておく。

続けて橋脚に向けて土魔法で橋をかけていく。

幅は普通の馬車が二台楽にすれ違える幅を想定した。

橋の全長の中央だけ幅を広げ、貴族の身勝手な大きさの馬車が来てもすれ違えるように待機所を配置した。

そこに転落防止の欄干をつけて完成だ。

あとは、ここまで大通りを延長すれば良いだろう。


 この俺の土魔法による橋作りを見て国民達が口をあんぐり開けていた。

ダンキンはもう驚くことには慣れたようだ。


「主君、今日の追加分の奴隷が来たぞ」


 ターニャが俺を呼びに来た。

奴隷解放の第二陣が到着したようだ。

ダンキンが説明する。


「昨日を含めて6日間で2万4千人前後が到着する予定です。

ここまでが蒸気砲20台の見返りですな」


「となると、その5倍はまだ来るってことだね?」


「はい。代金的にはそうなりますが、近場の奴隷は全て集めてしまった形になります。

後は王国各地から連れて来るのと、既に人手に渡ってしまった奴隷の買戻しとなりますので、次の分からは多少時間がかかるかと思われます」


「買戻しか。それは1人10万Gという計算では済まなくなるな」


「はい。その件に関して、実費相殺で人数を勘弁願えないかとのことです。

王国も奴隷返還のために、ルナトークとキルト出身奴隷の所持を違法化する特別立法をいたしました。

さすがにタダで返せとは言えないので、多少色をつけて買い戻す形になっております」


「その分の目減りは必要経費ということだな。

わかった。人数ベースでなく金額ベースで構わない。

アイリーンクラスを取り戻そうと思ったら10万Gなんて言ってられないからな。

そういった者たちほど取り戻す必要がある。

金をケチって取り戻せないより、金を積んで取り戻せた方が良いに決まっている」


「助かります」


 新たに来た4千人を昨日と同じ要領で仕分けしていく。


「主君、現金が足りなくなっているぞ」


 また離脱者が出たのか。


「わかった。手配する」


 とりあえず2万4千人を受け入れたらひと休憩できそうだ。

昨日解放した人たちも、今のところここに不満はないようだ。

何事もなく融和してくれればいいのだが……。


「旦那様、食事班ですが、肉が足りません」


 アリマが訴えて来た。

アリマにはリーゼが朝一で編成した食事班の指揮をお願いしていた。

中央広場に400人単位で食える仮設の大食堂を建て、大規模な調理場を作った。

そこで食事を作る人員を経験者を募って集めたのだが、その職場は400人前の料理を10回×3に分けて作るというとんでもない戦場だった。

これが今後6倍に増えるとなると尋常の作業量ではない。

この世界では庶民は朝晩の2食ということも多々あるらしいが、ここでは3食振舞う予定だから、作業量は給食センターがフル稼働するレベルと言って良いだろう。


「肉か。オーク祭りの時の肉を供出しよう。

あれ? 300頭分って一瞬で消える?」


「節約して1頭から肉400人前をとったとして、今のままで100日。

人数が6倍に増えたとしたら2週間ちょっとというところです」


 俺は頭を抱えた。

あの数年もつと思われていたオーク肉が2週間で無くなるとか……。

ここはオークホイホイの出番か?

いや、この周辺のオークだってそんなに早く増えないだろう。


「とりあえず大豆を増産しよう。植物性タンパク質でなんとかしのぐ」


 しかし、そればかりだと不満が溜まる。

この集団に暴動を起こされたら一気に終わる。

そうなると……。


「ダンキン。肉を輸入したいのだが……」


「ご用意いたしましょう」


 そのうち金も底をつくな。

このまま俺が与えるのではなく、早く自立自活してもらえるようにしよう。

そのためには仕事を作り、給料を出し、物を買える商店を誘致しなければならない。

産業の創出って過疎化した自治体が一番悩むやつじゃないのか?


「わんわん。わわわんわん(ご主人、ご主人。そこ掘れわんわん)」


 プチがズイオウ山の中腹を右前足で示していた。

久しぶりの【ここ掘れわんわん】だ。いやここじゃなくそこだが……。

俺が危機を迎えたとき、必ず役に立ってくれたプチのユニークスキルを俺は信じている。


「よし、何があるかわからないが、山に行くぞ!」


 俺はこの危機を脱する手段をプチのスキルに委ねた。

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