第59話 幸せな時間

「あなた様、このネックレスと奴隷の首輪が合いませんわ」


 アイリーンが俺が作ったネックレスを付け、その姿を姿見に映しながら言う。

ここはリビングの一角に作った鏡の壁の前だ。

皆が身だしなみをチェックするために大鏡を壁に貼り付けてある。

この大鏡は俺が創った。この世界ではここにしか無いレアアイテムだ。


 奴隷の首輪、それは俺も気になっていたところだ。

俺にとっても彼女たちを奴隷として縛っておく必要は既にない。

隠遁生活で変化へんげの魔道具を使わなければ街にも行けない生活をしている。

そもそもお尋ね者扱いで隠れて行動しなければならないなら、隷属契約を解除していたってその立場は何もかわらないよな。


「だな。どうせ外には変化へんげの道具を使って行くしかないんだしな。

身分も偽り放題なんだから、奴隷のままでいる必要もないよな。

この農園の中で生活するのに違法だとか奴隷契約による保護も何もないしな。

よし、全員奴隷解放してしまおう」


 誰からの反対もなく、サクッと隷属魔法の解除が終わった。

この国では違法行為? 知らんがな。

俺たちは既にお尋ね者じゃないか。


「うー」


 しかし、納得しない顔の人物がここにいた。


「ずるい! ずるい! ずるい!

あるじ様、わらわはもう我慢できない!」


 急にサラーナが爆発した。

どうやらサラーナは宝石拾いに行かなかったことを悔やんでいるようだ。


「皆と買い物行ったり、宝石採りや魚釣りして楽しんで、わらわだけ仲間外れじゃないか!」


「いや、それはおまえが行かないって言ったから……」


「拾えるかどうかわからないって言ったからじゃん!」


「でもそれは本当にわからなかったから……」


「簡単に拾えたんでしょ? なら転移でひとっ飛びじゃないか!」


 あ、そうか。そんなに行きたかったんだ。

俺が拾って来た極上の宝石をあげたから良いかと思っていたけど、ミーナみたいに自分で拾った宝石というのは特別なものがあるんだろうな。


「ごめんなさい。ナンバーワンよりオンリーワンだよね。

宝石拾いなんて簡単に行けるのに、その気持ちを汲んであげられてませんでした」


 俺はサラーナの気持ちを考えてあげられていなかったことを反省した。

そして、サラーナが自分の気持ちを言えなかった背景に隷属契約が有ったのかもしれないと思い、今回の奴隷解放が良い方向に行っていると確信した。

うんうんと頷いているサラーナ。

俺の謝罪をサラーナは受け入れてくれた様子だ。


「わかればいいのよ。

わらわとナランだけ自分で採った宝石がなかったのは寂しかったんだからね?」


 ああ、ナランもだよね。となると買い物組もそうか。

それは俺が悪かったわ。


「確かにそうだね。簡単に連れていけるなら仲間外れは良くなかったね」


 俺は心から反省した。

サラーナは、今すぐ連れていけとゴネている。

まあ【転移】で一瞬だからいいか。


 俺はサラーナとナランに護衛のプチ、買い物組からターニャを加えて宝石の採れる河原へと【転移】した。

ニルを除いた放牧民組が行ってなかったのか。それは差別のようで良くなかったな。

アリマにアイとアンはもらった宝石で充分だという。そこらへんは性格の差だろうか?


 ズイオウ川を下った先の大きくカーブした河原で宝石拾いを開始した。

河原の石を土魔法で少し掘り返したところ、まだまだ宝石が埋まっていた。

表面に出ている宝石は俺が【鑑定】で一網打尽にしてしまったので、これは彼女たちが楽しめるようにという配慮だ。


 ナランが宝石を拾えて笑っている。サラーナも宝石が拾えてないけど楽しそうだ。

ナランにはサラーナのお守り役という負担を強いてしまった。

いつも一緒に留守番させてしまい、黙っていたけど同じようにストレスを溜めていたんだろうな。

これは良いストレス発散の機会が作れたのかもしれない。


「だが、サラーナ、それはただの石だ」


「えー! 綺麗なのに?」


「こういった透明っぽいのが正解だぞ」


 翡翠とか透明でない宝石もあるが、ここにはその手の宝石は無かった。

なので透明っぽい石を探すのが近道だったりする。


「これね!」


「サラーナ、残念。それは石英だな。

それが結晶化すると水晶なんだけどな」


 サラーナが宝石を拾える時はくるのだろうか?



「これね!」


 ナランに現物を見せてもらったり、ターニャがこっそり目の前に宝石を置いたりして、やっとサラーナが本物の宝石を拾った。


「良かったな。本物だ」


「当たり前でしょ? わらわを誰だと思っているの?」


 今までハズレばかり拾っていたサラーナさんです。

でもそれは言いっこなしだった。

嬉しそうにはしゃぐサラーナを見て、愛おしくて抱きしめたくなった。

連れてきて良かった。


「わわわんわんわん(ここ掘れわんわん)」


 プチのここ掘れわんわんだ。

ここに何か埋まっている!

俺は自重せずに土魔法で掘りまくった。


「デカっ!」


 人の頭大の巨大な宝石をみつけた。

8面体というのかな? これってダイヤの原石じゃないか?

【鑑定】でもダイヤモンドと出ている。

どうやら、ここは宝石の宝庫のようだ。

近くの山に鉱脈があって、それを川が削ってここに堆積しているんだな。

もっと掘れば何が出るかわからないぞ。


「わん!(誰かいるよ!)」


 プチが人の気配に気づいた。

拙い、見られたな。いつからいた?

俺が土魔法を使っているところはどうだろうか?


「サラーナ、ナラン、ターニャ、誰かいるみたいだ。帰るよ」


 残念ながら隠匿生活なのだ。素早くこの場を去ることになった。

誰かいるところから死角になるように大岩の裏に回って転移をし、農園に帰って来た。


「ただいま」「帰ったよー♪」


「お帰りなさいませ、ご主人さま」


 アリマがメイドの役割を継続していて屋敷を取り仕切ってくれていた。

隷属契約を解除しても皆変わらぬ様子で接してくれている。

出ていくなんて言われないかと、少しは覚悟していたんだ。

それが、全く態度が変わっていない。

ありがたいことだ。


「お早いご帰還でしたね?」


 アリマが何かあったのかと察して訊いてきた。


「誰かが探っていたようだ。

これで2人目になる。

もうここには居られそうもない」


「そうだったんですか。

大丈夫です。補給は万全です。

生活物資は確保完了してます」


「助かるよ」


 誰か来なければもっと楽しい時間を過ごせただろうに残念だ。

俺は追われる身であることを実感した。

せっかく良い場所に辿りついたのに、もう平和な生活を手放さないとならない。

逃亡者は辛いものだな。


 だが、サラーナもナランもターニャも良い宝石を拾えたようで、そんなことは気にしていなかった。

目をキラキラさせて俺に加工をお願いして来る。

作りましょう。いや、作らせてください。

今夜にはここを出立せねばならないし、次の場所がここのように良い場所かもわからないのだ。

今は彼女たちと一緒に居られるその幸せに浸ることにしよう。

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