第32話 奴隷解放

 冒険者ギルドを出て、次は当初の目的である奴隷商へと向かう。

皆には言っていないが、隷属契約を解除してもらうためだ。


「ターニャ、ミーナ、ここから先は治安が良くない。皆の護衛をしっかり頼むぞ」


「はっ! 主君の仰せのままに」「わかったにゃ」


 二人の護衛役から真逆の雰囲気の言葉が返ってくる。

ターニャは近衛騎士だったので口調が固い。

一方ミーナは傭兵だったので口調が軽い。

それでも喧嘩にならないのは、お互い相手の実力を認めているからなのだろう。


「主様、まさかわらわを売るつもりじゃないよね?」


 サラーナが奴隷商に向かっていることに気付き、不安顔で心配して問う。


「売るわけないだろ。俺はお前のことを気に入っているんだぞ」


 冗談めかして言ったが、なんだかんだと、サラーナたちとの生活はプチとだけの孤独な時よりも遥かに充実していた。

俺もその生活に幸福感を感じていた。


「もう主様ったら♡」


 サラーナが真に受けたようだが、気にしないでおこう。

しばらく進みダンキンの奴隷商の館に到着した。

俺が来たことに気付いた番頭が指示を出し、丁稚が奥へと駆け込む。


「これはこれはクランド様、ようこそお越しを。どうぞ奥へ」


 番頭が俺たちを奥の応接室に案内する。

応接室で俺達が腰を下ろす間もなくダンキンが現れた。


「これはクランド様、本日は何用でございましょうか?」


 ダンキンは手振りで素早くメイドに茶の用意を指示する。

ちらりとアイリーンを見て驚いた顔をしている。

ああ、【リカバー】でアイリーンの部位欠損が治っていることに気付いたか。

やはり出来る男だ。何も指摘しないし、余計な詮索をしない。


「実はなダンキン、彼女達を奴隷解放したいと思って来たんだ」


「そんな!」「!」


 俺の言葉に驚く嫁達。

険しい顔をするダンキン。


「クランド様は、隷属契約の解除がどういう意味を持つのかご存知で?」


 ダンキンが重い口調で話し出した。


「奴隷身分から一般市民への解放じゃないのか?」


「なるほど、クランド様は平和な国のご出身なのですな」


 ダンキンが困り顔になる。


「いいでしょう。ご説明いたします。

まず奴隷には犯罪奴隷、契約奴隷、戦争奴隷の三種類がございます。

犯罪奴隷は犯罪を犯し奴隷に落とされた者。これは刑期が終われば市民に戻れる場合もございます。

逆に刑期が終わらなければ奴隷解放が出来ないということですし、ほとんどが終身刑であり解放はありません。

次に契約奴隷。金銭で身を売りその借金の期間だけ奴隷になるという者です。

借金を完済すれば奴隷から市民に戻れますし、主人が解放――つまり借金の棒引き――をすれば市民に戻れます。

次に戦争奴隷ですが、戦争奴隷はリーンワース王国の市民権を持っていません。

解放すると無国籍の流民となってしまいます。

流民はリーンワース王国の法では保護されません」


「つまり?」


「彼女たちの戦争奴隷の隷属契約を解除すると、クランド様の庇護すらも受けられなくなります。

隷属契約は主人の庇護を受ける権利でもあるのです。

そうなった彼女達は、その美貌ゆえ誘拐され好き勝手されることになるでしょう。

その時、クランド様は彼女達に対して何の権利も有さず返還の主張も出来ないということです」


 なんと、俺が好意で行おうとしていた奴隷解放は、平和な地球でのものとは違い、逆に彼女達を苦しめることになるようだ。


「一つだけ、解放出来る手段があります」


 ダンキンのその言葉に俺は飛びついた。


「それは?」


「クランド様が貴族となり領地を持ち、市民権を与えられる立場になることです。

領地持ちでなくとも貴族の妻という立場を与えられるなら、それも効果があるでしょう。

ただし、奴隷を妻に迎えたという事実は貴族社会から侮られることになるでしょう。

まあクランド様なら、そのような些事はお気になさらないでしょうが」


 そう言うとダンキンは笑った。


「理解した。彼女達のために今は・・隷属契約の解除はするべきではないのだな」


 俺は嫁達に向き直ると謝罪した。


「ごめんよ。奴隷解放すれば皆に喜んでもらえると思っていたんだ。

まさか隷属契約が逆に皆を守ることになっていたとは思わなかったんだ」


 俺の言葉に皆が首を横に振る。


「あなた様、謝る必要はございません。

そう思ってくださってアイリーンは嬉しく思います。

例え隷属契約が有ろうが無かろうが、わたくしの気持ちは変わりません。

知ってますか? わたくし達は命令で強要されていれば自覚があるのですよ。

今までわたくしは、あなた様に嫌な強要をされた覚えはありません」


 その言葉が嬉しかった。隷属契約なんて何も関係なかったんだ。

奴隷だからって彼女達が自らを卑下することもなかったんだ。

あ、ワイバーンの厩舎へ無理やり連れて行ったことは覚えてないようだけど……。

いや、アイリーンは聡明だ。解っていて敢えて無かったことにして言ってくれたんだろう。


「ありがとう。皆もありがとう」


 こして奴隷解放は俺の勇み足ということで無かったことになった。

奴隷でも彼女達は大切な妻だ。これからは奴隷という意識を俺が捨てればいい。

俺は心の中で彼女たちを奴隷解放をしたのだ。


「ところでクランド様、本日、お手頃の良い奴隷が入荷しておりますが?」


 ダンキンが用意したのは美人だが部位欠損を持つ奴隷だった。


リーゼロッテ:人 25歳 蜂蜜色のベリーショート 茶眼 白肌 175cm Cカップ 右腕欠損 火傷

ティアンナ:人 22歳 金色のショート 蒼眼 白肌 172cm Bカップ 左脚欠損 火傷


「部位欠損と火傷がございますが、対北の帝国との戦争で活躍した名のある武将です」


「わわわんわんわん(ここ掘れわんわん)」


 プチのスキルが反応した。これはこの話をもっと掘り下げろという”ここ掘れ”なのだ。

プチのここ掘れわんわんに従って失敗したことは今まで一度もない。

この後、奴隷をもう二人追加したのは言うまでもない。


 嫁たちをチームで買い物に連れて行くと、護衛が足りなくて全員行動になっていたのだ。

俺含めて9人でゾロゾロと歩き回るのは、ちょっと不便だった。

複数のチームに分散させようと思っても、護衛役が足りず実現出来なかったのだ。

部位欠損は【リカバー】で治せるし、これは護衛役の補充だ。それ以外の意味はない!

俺はサラーナに白い目で見られながら自分にそう言い聞かせた。

サラーナの機嫌が悪いのは、今度の奴隷もサラーナより高かったからかな?

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