第31話 北の帝国侵攻す

 ワイバーンでミンストル城塞都市へ皆で買い物にやって来た。

未だうちの牧場は牛乳を生産出来ないので、定期的に購入しないとならないのだ。

牛乳は飲むだけではなく、バターを作ったり料理に使ったりと消費が早いのだ。

インベントリのおかげで鮮度だけは保てるので、来る度に大量購入することになる。

いつになったら、我が農園の乳牛は牛乳を出してくれるのだろうか。


 買い物に来るときは前日畑に種を蒔かないので、家畜を放牧したら他はゴーレム任せに出来ている。

なので曜日を決めて全員で定期的に買い物に来ることに決めた。

消耗品もあるが、農園で作れないものというのは、意外とあるものなのだ。


 今日はそれに加えて大事なことをしに来た。

今日、俺は嫁たちの隷属契約を解除する。

奴隷じゃなく正式に嫁にしてやりたいのだ。

隷属契約の中に性奴隷契約が入っているようなので、契約の縛りにより嫁になると言わされているなら開放してあげたかったのだ。

実は俺も魔導の極のおかげで奴隷契約魔法が使えるのだが、奴隷契約魔法を行使して良いのは免許を持つ者だけだそうで、免許を持たない者が勝手に契約を書き換えると違法になるんだそうだ。

それは書き換えられた奴隷の立場も悪くするようなので、わざわざ奴隷商に赴いて解放する必要があった。



 生活必需品、消耗品や洋服下着などを購入し大通りを歩く。

すると見知った人に声をかけられた。


「クランドさん、やっとみつけました!」


 俺はギルドの受付嬢のクレアさんに捕まった。

美人嫁8人を連れてゾロゾロ歩いている胸に犬を抱いた男、目立ちまくりらしい。

いくら護衛が二人いるとはいえ、美人の嫁だけで買い物をさせたら男に絡まれるのは必定。

俺はそれを危惧して全員一緒に行動しているのだ。だって心配じゃないか。

実際、俺達はこの街で二度も襲われているしな。


「やあ、クレアさんじゃないか。慌てていったいどうしたんだい?」


 俺の質問にクレアさんは俺と腕を組むと引っ張り出した。

サラーナの目が怖い。

え? 勝手に腕を組まれただけだぞ?

これでも浮気ととられるのか?


「いいから、こっちへ来てください」


 俺達は冒険者ギルドまで連れて来られた。

あれよあれよという間に、俺たちは特別室の中にいた。


「で、クレアさん、何の用件ですか?」


 クレアさんは焦っている様子だ。

どうやら、緊急の依頼で余裕がないようだ。


「王都からドラゴンの鱗の注文が来ているんです。

先日オークションに出品したグリーンドラゴンの頭を王家が落札したのはご存じですよね?

あの頭の状態を見て絶対に身体部分も有るだろうと思ったらしくて……」


 ああ、頭があればドラゴンを一体討伐してるはずだと判明してしまうのか。

頭があれば身体もある。身体があれば鱗もある。今出回っている鱗は三枚だけ。

当然残りが売るほどあると推測できるわけだ。


「あまり大量に出すと値崩れするから控えたいんですけどね」


「大丈夫です。今回の注文主は王国軍ですから。1枚1億Gで100枚買うそうです」


 破格だな。オークションを通したのと同等の値段で100枚とは……。


「つまり早急に鱗が必要な事態が起こったということか」


 俺がボソッと呟くと、クレアさんの顔が驚きの表情になった。

どうやら隠したい事情があるらしい。


「クランドさんだから伝えますけど、これは他言無用でお願いしますよ?」


 俺は嫁たちの方を向いて目で念押ししクレアさんに頷いた。


「わかった」


 クレアさんも覚悟を決めてドラゴンの鱗が100枚もいる理由を話し始めた。


「北の帝国はご存知ですか?」


「詳しいことは知らないが、何か国も侵略してその国民を奴隷として売っていることは知っている」


 クレアさんが嫁たちをチラッと見て納得すると、詳しく説明してくれた。


「北の帝国――詳しくはガイアベザル帝国といいます――は、古代ガイア帝国の末裔を名乗り、その遺跡の技術を利用し周辺国を侵略しだした新興国です。

その遺跡の技術は他国――我が王国を含めてですが――より遥かに進んでいて、侵攻を受けた国は太刀打ちできませんでした」


「我らキルトの王国も、北の帝国に一方的に蹂躙され滅ぼされた」


 ターニャが苦々しく吐き捨てる。

サラーナとアイリーンは肩を抱き合って慰めあっている。

彼女たちの国も北の帝国に滅ぼされたのだ。


「我が王国――リーンワース王国――は、地理的に離れていることもあるうえ、一応大国ですので北の帝国とは不可侵条約を締結しておりました」


 過去形か、嫌な予感しかしない。


「それで奴隷がこの国に売られて来ていたんだな?」


 俺は王国も奴隷を買っていることで同罪なのではないかと突っ込んでみた。


「不可侵条約は自衛のためでもあります。それだけ北の帝国の軍事力は強大なのです。

そして侵略された国の国民を買わないと、皆殺しになってしまうので、奴隷売買はいわば救済でもあるのです」


 読めて来たぞ。その北の帝国がこの王国にも魔の手を伸ばし始めた。

だからドラゴンの鱗の装備を大量に手に入れたかったということだろう。

奴隷としての救済か。それならなぜ王国は奴隷として売らずに解放してあげないのだろうか?


「まだ不確定情報ですが、北の帝国の船が国境を越えこちらに向かって来ているようなのです。

条約が破られたというわけでもなく、その1隻だけが向かってくるという異常事態でして……。

我が王国としても北の帝国の真意を測りかねているところなのです。

なので、全面戦争になる前に、王国軍の装備を固めようとドラゴンの鱗に目を付けたということです」


 1隻だけというのが気になるな。北の帝国はまだ王国と事を構えるつもりはないということだろうか?

いや、それより船が相手なら、陸の装備を揃えてどうするつもりだ?

まあ、欲しいと言うなら売っても構わないだろうが、王国も信用できるとは限らないぞ。


「そんな事情ならドラゴンの鱗は売ってもかまわないよ」


「ありがとうございます。早速契約書類を用意します。

今回は王国との直接取引になりますので、ギルドの手数料はいただきません」


 王国の事情を鑑みると、ここで売らないなんて駄々を捏ねたら超法規的措置で俺を殺してでも奪いに来るかもしれない。

ここは喜んで売るという立場を取った方が正解だろう。

それに……。


「少しは嫁たちの国の弔い合戦に貢献出来るかもしれないからな」


あるじ様!」「あなた様」「主君」「旦那様」


 嫁たちの瞳がウルウルさせている。

今後、その船の動向に注目していこう。

船というからには東か西の大河を下って来ているのだろう。


「地理的に北の帝国はどこにあるんだ?」


「主君、農園から見て、北の山脈の向こう西寄りになります」


 ターニャが答える。

なるほど、北の山脈が天然の防壁になっているのか。


「すると侵攻ルートは西の大河か?」


「いえ、東の大河も西の大河も源流は北の山脈です。

侵攻ルートは東西に横断して聳える北の山脈の切れ目となる峡谷でしょう。

あとは大陸の西海岸と東海岸沿いに大廻りすることなります。

帝国の立地は西側なので王国の西海岸か峡谷になると思われます」


「ん? 船が越境したんだよね? 海ならわかるけど峡谷?」


「はい。おそらく奴らが持つ遺跡兵器、地上戦艦が来たのだと思われます」


「え? そんなものがあるのか」


 驚く俺に、ターニャは不思議そうな顔をしていた。

アイリーンが震えながらも口を開く。


「北の帝国のやつらは古代ガイア帝国の末裔を名乗っています。

その血統を守るため純血を崇拝する血統主義を標榜しています。

侵略を受けた民は穢れた血脈として皆奴隷にされてしまうのです」


 なるほど、だからこんなに美人なアイリーンでさえ奴隷として売ってしまうのか。

いよいよになったら全員連れてこの地から逃げることも選択肢にするべきだな。

せかく作った農園を捨てる事になるだろうが致し方ない。



 クレアさんが契約書を持って戻って来た。

契約書にサインをしてグリーンドラゴンの鱗100枚は解体場へと行って出す。

代金100億Gがギルドカードにチャージされ、これで全ての取引が完了した。


「王国のためにもっと売っても良いぞ」


 一応社交辞令と身の安全のために言っておく。


「そう王家には伝えます」


 そう言うとクレアさんは大変感謝している様子だった。

俺たちはそのままギルドを後にし、当初の目的のために歩みを進めた。


「主君、農園の遺跡の正体はご存知ないのですか?」


 ターニャが変なことを聞いて来た。


「知らないよ?」


「この世界を救うのは主君なのだと思っていました」


「あはは。そんなことが出来る男じゃないさ。

なんたって、まったりスローライフが望みなんだからね」


 ターニャが少し悲しそうな顔を一瞬して、頭を振ると表情を戻した。

まさか俺の手で祖国の復興をとか考えていたのだろうか?

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