第16話 奴隷商

 強盗のリーダーらしき髭面が気になる台詞を吐いたことを、俺は思い出していた。


「奴は俺を奴隷商に売ると言ったな?」


 俺はその台詞により、この世界には奴隷が存在するのだと認識した。

この世界がラノベ的な剣と魔法の世界であることは、神様に俺自身が望んだことだから解っていた。

だが、ラノベによっては奴隷が存在したりしなかったり、人権が無視された奴隷だったり、職業斡旋の一種の奴隷だったりと様々なのだ。

俺は神様が俺の潜在意識を読んでこの世界に転生させようと決めたと思っている。

ならばおそらく奴隷がいるんだろうなと漠然とは思っていたが、先の髭面の台詞で奴隷がいることが確定的になったのだ。


 となると、森の住居に奴隷を雇うというのも一つの選択肢として有りだろう。

まだこの世界の奴隷がどんな存在なのかはわからないが、犯罪者が攫った人間を売って男娼に落とすということがまかり通るのならば、人権など守られないタイプの奴隷なのだろうと推測できる。

そんな奴隷ならば、他のルールの及ばない俺の農場では人権を守ってやればいいのではないだろうか?

ごついゴーレムには家畜の世話は無理だった。

ならば牧畜関係のスキルを持つ奴隷を見つけ、従業員として家畜の世話をしてもらえばいいのではないだろうか。

そう俺は気付き、急な思い付きではあるが奴隷の購入を検討することにした。


 俺はのんびりスローライフのためになるべく住居を秘匿したい。

そのためには決して裏切らない従業員を雇わないとならない。

俺の畑は他の者からしたら宝の山に見えるだろう。

裏切られて情報を売られるだけでも俺の生活は危機を迎える。

決して裏切らない従業員、それは隷属魔法で縛られた奴隷しかいない。

そう思いついての奴隷購入の検討だ。

俺にとっては奴隷とは言っても従業員を雇うという感覚しかないんだよね。

わざわざ人を虐待したいわけじゃないし、悪い扱いをする必要がない。

逃げずに秘密も守ってくれるなら、直ぐにも奴隷契約を解除してもいいぐらいだ。


 そんな思いで俺は奴隷商に向かっている。

道すがら奴隷商の場所を人に訊ねると、意外なことに誰もが奴隷商に嫌悪感を持たない様子で場所を教えてくれた。

どうやら、この世界での奴隷所持は嫌悪されることのない身近なことであるらしい。


 街の中でも治安の悪い歓楽街、場末の飲み屋から娼館まであるような場所にたどり着く。

その一角に、いかにも儲かってますといった感じの奴隷商の店舗があった。


 俺は堂々と店舗に入っていく。

番頭と思われる店員が俺の年齢を判断してうさんくさそうに見ている。

まあ俺の年齢――転生後は15だ――では奴隷を買える金は持っていないだろうからね。

それに俺は一張羅のジャージを着ている。

そう、俺は死ぬ前に着ていたジャージのまま転生していた。

ここも神様に上手く要求しておけばよかったと思う点だ。

現地の衣服と着替えも欲しいと言っておけば苦労せずに済んだのだ。

そんな恰好なので、番頭には金のある良い所のお坊ちゃんには見えず、単なる冷やかしにしか見えていないのだろう。

だから俺は形勢逆転の一手を打った。番頭に向かって金貨の袋を見せつけたのだ。


「これの10倍の予算がある。牧畜のスキルのある奴隷が欲しい」


 金貨が100枚入っている袋を見て番頭の目の色が変わる。

そして急に丁寧な態度をとり俺を案内した。


「かしこまりました。奥の方へどうぞ」


 番頭は揉み手をしながら俺を案内した。


 奥へ入ると応接間に通された。

ラノベお約束の奴隷を陳列する舞台のあるやつだ。

俺は正面のソファーに案内され、プチを抱いたままそこに座った。

番頭が退室すると、直ぐに美人のお姉さんが現れ紅茶と茶菓子を目の前のテーブルに置いた。

この世界にも紅茶文化があるんだなとふと思う。

コーヒーは栽培難易度が高いから紅茶の方が発展しやすいのだろうか。

まあ、俺はコーヒーより紅茶党なので、その方が有難いのだが。


「どうぞ。もうしばらくお待ちください」


 ふと俺は、お姉さんの首に注目してしまった。

それは奴隷の首輪。このお姉さんも奴隷なのだ。

首輪系の奴隷となると人権はあまり守られないタイプか?

そんなことを思いながら、紅茶と茶菓子に手を出しつつしばらく待つと、恰幅の良い中年の男が現れた。


「お待たせしました。わたくし、当奴隷商会の主人のダンキンと申します。

以後お見知りおきを」


 中年男性――ダンキンは丁寧に自己紹介をした。

俺の髪と目を気にしているのか、チラチラと視線を感じる。

番頭は俺を上客と思ったのか商会主に話を通したらしい。

俺はさっそく商談に移ることにした。


「クランドだ。

牧畜、特に牛の出産に立ち会えるだけの技量のある奴隷が欲しい。

あ、女性で頼む」


「年齢はいかほどに?」


「若い方が良い」


「なるほど(ニヤリ)。かしこまりました」


 この時、ダンキンが思っていることを俺は全く理解していなかった。

俺は単純に男の奴隷と生活するのが嫌だっただけなのだ。

力仕事ならゴーレムがいるので、単純に若い女性がいいなと思っただけのことだ。



 しばらく待つと応接間の舞台横に奴隷が引き連れられてきた。


「いまお客様の条件に合う奴隷はこの5名です。クランド様は運が良い。

丁度北の帝国・・・・より放牧民の奴隷が大量に入って来ております」


 何か北の帝国に強いアクセントがついていたが、気のせいだろうか。

紹介された奴隷は皆若く美人ぞろいだった。


「少し質問しても?」


「申し訳ございません。

放牧民は使用言語が違いまして、まだ王国公用語は日常会話程度しか話せないのです。

今は通訳がおりませんので、質問の返答はちょっと無理かと……」


 いや、俺は異世界言語のスキルをカンストしてるから放牧民の言語もたぶん話せるぞ。

だが、異世界言語スキルのカンストなんて公にするのも拙い気がする。悪目立ちしたくない。

その時、騒がしい声が聞こえた。


『わらわを誰だと思っておるのだ! このような服を着せおって! 不敬であるぞ!』


 なんかやばい人が混ざってるな。


「またこいつか! 今日は大人しくしろと言っただろ!」


 ダンキンがその奴隷を叱りつける。

どうやらダンキンも扱いに困っているようだ。

しかし放牧民の言語が理解出来ないので内容まではわかっていないらしい。


「もう良い。おまえは娼館に売る!」


「待て」


 その奴隷が引っ込められそうになっているところを俺は止めた。


「少し話させてくれ」


「片言しか話せませんが、よろしいのですか?」


「かまわん」


 俺はその奴隷に近づくと耳元で放牧民語を話しかけた。


『おまえは何者だ?』


 言葉が通じることに驚いた奴隷が放牧民語を捲し立てる。


『わらわはキルト族の正当なる後継者なるぞ!』


 そして、俺の髪を見ると、親の仇でも見るような表情で食ってかかって来た。


『おまえガイアベザルの者か!

よくもわらわの国を民を!『姫様迂闊です!』あっ』


 隣の女性が彼女の発言を止める。何やら秘密だったのに話してしまったという様子だ。

つまり彼女は本物の姫なのか。それにガイアベザルって何だ?

奴隷姫が俺を親の仇かのように食ってかかって来たので、慌てて従業員が奴隷姫を取り押さえた。


「ダンキン、ガイアベザルって何だ?」


 俺のその質問に逆にダンキンが驚きの表情になる。


「ご存知ないので?」


「ああ」


 俺は当たり前だろうという表情で返事をしたのだが、ダンキンは妙に納得の表情をして話しだした。


「ここでは黒髪黒目は珍しゅうございます。

黒髪黒目は勇者の末裔と言われており、ほとんどガイアベザル帝国、私共の言う北の帝国ですが、そこの者たちなのです。

この者の祖国はガイアベザル帝国に攻められ、この者は奴隷となったのです」


 つまり、奴隷姫の国を攻めて姫を奴隷に落としたのがガイアベザル帝国だということだ。

俺はそのガイアベザル帝国の者と髪と目の色で勘違いされたということか?

それは困ったな。この奴隷と上手くやっていける気がしない。


「俺はガイアベザルとは関係ないよ。

もし関係あるなら、直接奴隷を仕入れているだろうよ」


 この女性たちがガイアベザルの捕虜となり戦争奴隷として売られたなら、どうしてガイアベザルの者が、わざわざこの奴隷商で買おうというのだ。

国で買った方が金額的にも良いに決まっているだろう。


「さようでしたか。

ならばガイアベザル帝国にはお気を付けなさるのが良いでしょう。

彼の者たちは勇者狩りなるものを行っているとの噂ゆえ」


 勇者狩りとは勇者の血を引くものを集めて帝国の民とするという政策らしい。

ガイアベザル帝国は選民主義であり、黒髪黒目ではない人間は劣等種だという困った帝国らしい。

元世界でも選民主義で特定の人種を殺しまくった独裁者がいたもんなぁ。

何やらきな臭いことになったな。ガイアベザル帝国、関わらないようにしよう。

あれ? あのガイア金貨のガイアってガイアベザル帝国と関係がある?

良かった。あの金貨を表に出さなくて……。

まあ、俺は森の中の住居に隠れ住む予定だから、今後も関わることはないだろう。

あ、髪と目の色は魔法で変えられるかもしれない。面倒だから変えるか。

さてこの奴隷姫をどうしようか。


「となると、俺がガイアベザルの者と思われたら、この者たちでは良好な関係を築けないのではないか?」


「そこは隷属魔法で縛れば問題ございません。

何しろ、牧畜に優れた者となると放牧民以外は居りませんので」


 困ったな。このままじゃ優良な従業員を手に入れられないな。

そうだ。目の色を黒から濃い茶色に変えてしまおう。

髪も光の加減で茶に見えるようにしとくか。

それでガイアベザルの者ではないと主張すればいいか。


 俺はこっそり魔法を使う。といってもこれは存在しない魔法だ。

魔力を籠めて髪と目の色を黒から濃い茶色に変われと念じただけだ。

すると、魔力が髪と目に集中し、魔法が成功したと確信できた。

鏡が無いのが困りものだが、ダメ元でこれで行くしかない。

俺は奴隷姫に近づき、髪と目の色を良く見せながら話かけた。


『事情は理解した。

俺の髪と目をよく見ろ。俺は濃い茶色で黒ではない。

これでガイアベザルの者ではないと理解したか?』


 奴隷姫はマジマジと俺の髪と目を見ると、ホッとした様子になり落ち着きを取り戻した。


『わらわの勘違いだった。すまない。

たしかに髪と目は濃い茶色で黒ではないな』


 どうやら、誤魔化しが効いたようだ。

最初はちょっとヤバイ奴かと思ったが、案外素直で良い娘なのかもしれない。

そして、俺はこの奴隷姫に興味を持ち買ってもいいかと思うようになった。


『さて、俺は君を買おうと思っている。

このままじゃ君は娼館行きらしいぞ』


『くっ!』


『どうする。牛の飼育が出来るなら買うが』


『娼館など行きとうない。されど、そなたの所でもどうせ性奴隷じゃろう!』


 奴隷姫が俺をにらみつけて来る。


『いや、俺は牧場の従業員を雇いたいだけだ』


『はぁ?』


 その俺の言葉に奴隷姫は拍子抜けしてポカンとした表情になった。

表情がコロコロ変わって魅力的な娘だ。


『ならば、そいつとそいつも買ってくれぬか?』


 え? 合わせて三人も買うの?

奴隷姫は自分の隣とその隣の女性も買えという。


『その二人はわらわの側仕えのなのじゃ。このまま娼館に売られるはしのびない』


 うわ、嫌な事聞いちゃったな。


「わん、わん。わわわんわん!(ご主人、ご主人。ここ掘れわんわん)」


 プチのスキルが反応した。

ここ掘れわんわんといっても、掘る場所なんてここには無い。

しかし、この話を掘り下げれば、良いことがあるという啓示なのかもしれない。

これは買うべきなのかもしれないと俺は判断した。


『わかった。三人一緒に面倒をみよう』


 俺のその言葉に奴隷姫が破顔した。

その笑顔はとれも魅力的で俺は少し心を奪われた。


『姫様、ありがとうございます』


 お付きも従業員と聞いて安堵しているようだ。

このままでは本当に娼館行きだったのかもしれない。


 俺はダンキンの元に戻ると交渉を始めた。


「そいつとそいつの二人を買おう。体力がありそうだ」


 側近の二人を示すと、ダンキンの目が輝く。この二人も扱い辛かったのだろうか。

逆に奴隷姫は自分が選ばれていないことに気付き驚いた顔をしていた。


「そして、こいつ。安ければ買う」


 俺はまず側近の二人を言い値で買うと申し出た。

それのオマケとして厄介者の奴隷姫を名指ししたのだ。


 ダンキンは思案すると厄介払いが出来ると思ったのか首を縦に振った。


「わかりました。合計2500万Gでお売りしましょう」


 側近が一人1000万Gに奴隷姫が500万Gだ。


「それでいい。良い商談が出来た」


 俺はギルドカードで決済した。

その残金を見て目を見開くダンキン。


「これからもご贔屓に。クランド様」


 慇懃に頭を下げるダンキン。


「それでは奴隷契約の譲渡手続きをいたしましょう」


 俺を上客だと確信したダンキンは上機嫌だった。

奴隷契約専門の公選魔法使いが呼ばれ、奴隷の所有権が俺へと移った。

奴隷契約は隷属魔法の一種で国家により管理されていて、公選魔法使い以外が行うと違法らしい。

ん? 性奴隷? 魔法式に俺の意図しなかった文言が入っていた。

そう、ダンキンは若い男が若い女性を求めに来たため、性奴隷をご所望だと勝手に空気を読んだのだ。

それで牧畜のスキルがあり綺麗どころを揃えてクランドに見せたのだ。

どうりでおかしいはずだ。北の帝国から放牧民の奴隷が大量に入っているというのに、該当者がたった5人だったのだ。

放牧民といば民の全てが牧畜に長けているはず。

最初から「性奴隷>牧畜スキル」での人選だったのは言うまでもない。


 そしてプチのスキルが作動した理由にこの後俺は悩まされることになる。

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