第6話 スローライフに振り回される

「羊が召喚出来るなら、卵を得るためににわとりもいるといいな。

【召喚】雌鶏めんどり! おお、いけるな」


 俺は調子に乗って雌鶏を召喚した。

プチの分も入れて1日2個産んでくれるとありがたいので、予備を含めて4羽召喚しておいた。

いきなり森の中に出来た農園は、俄かに騒がしくなった。


「牛乳もあるといいな。チーズやバターも作れるしシチューなんかの料理にも使えるから重宝するぞ。

牛乳を得るなら乳牛を飼うか。【召喚】乳牛(ジャージー)!」


 思わぬ偶然で羊を召喚出来ることに気付いた俺だが、調子に乗って雌鶏や乳牛を召喚したところではたと気が付いた。

召喚出来てしまうからと無計画に家畜を増やせば、その管理や世話がそれなりに負担になってしまうと。


「現時点でも、畜舎と鶏舎を建てないとならないな。

しかし、これを1人で世話するのは、それにかかりきりで1日が終わる可能性が……」


 この時点で俺は羊10頭、雌鶏4羽、乳牛3頭を召喚していた。

その世話を楽しむのもスローライフの醍醐味なんだけど、それは放し飼いで済む鶏や1頭2頭の家畜のことであり、調子に乗った多頭飼育は話が別だ。

家族経営の多頭飼育の牧場では、小さな子供まで家族総出で朝早くから夜遅くまで家畜と共に生きる生活をしているという。

酪農家の方たちの努力には本当に頭が下がる。


 それに対して俺のような趣味程度のスローライフ志望者には、牧場経営はとんでもなく大きな負担だ。

毎日の餌やりや糞尿の掃除片付け、家畜の衛生健康管理もしなければならない。

今は畑を作る前に刈り取った草を牧草代わりにして餌には困らないが、それを家畜が食べつくしたら酪農や牧羊、養鶏のために餌を生産するという手間も発生する。

牛肉1kgを生産するのに餌が11kg必要だと聞いたことがある。

広大な農地の草を勝手に食べてもらい、刈り取る手間を省く程度の頭数なら楽になるだけだが、酪農や牧羊、養鶏をするとなると、放し飼いの牧草地の規模が違ってくる。

人を雇うしかないのか? いや人を避けるためにこんな未開の地にやって来たというのに……。

お気楽スローライフのつもりが牧場経営の覚悟を求められるとは思っていなかったな。



 一仕事終えた俺は、切り倒した木の切株に腰かけ、ボーッと目の前の景色を眺めていた。

先ほど拡張し終えた牧場区画では、プチが1m程度の大きさになって10匹の羊を追い回す牧羊犬遊びをしている。

造ったさ。東側の塀を壊し空堀を埋め、森を拓いて農場と同面積の牧場区画を。

その造成した新たな区画の外側も空掘と塀で囲んである。

切った木から製材して建てた牛舎の周囲では、ジャジー牛3頭(オス1メス2)が、【促成栽培】で急遽育てた牧草を食んでいる。

牛乳を出してもらうには乳牛に妊娠してもらう必要があるからオスも含めてこれぐらい必要かと召喚したんだ。

ジャージー牛は牛乳が美味しいが生産量が少ないという、いらん豆知識があったので、この種類にしたんだが、気難しい感じで飼育が難しいっぽい。

美味しい肉は食べたいけどA5和牛は自重した。

育てた肉牛を捌いて食うなんて、その光景を想像しただけで素人には無理。

それにインベントリには自動拾得で自動解体されたミノ肉が。

ラノベ知識ではミノタロウスの肉は旨いというのは常識だし必要ないかと……。


 羊毛は服や毛布で絶対に必要だと思ったし、卵と牛乳やチーズも欲しいと思っちゃったのは仕方ないよね?

ここで生活していかないとならないんだから。


「ああ、神様との異世界召喚の条件決めから計画性の無さが露呈したなぁ、俺」


 スローライフが俺の首を絞める危険がある。

所詮は覚悟の無い都会人が、田舎暮らしに憧れた程度のことだったんだな。反省。


 こんな時ラノベなら都合の良い妻候補や性奴隷が押しかけて来るところだが、そんなラッキースケベは現実には起きやしない。

いや、一瞬思ったよ? 召喚できるんじゃないかと……。

妻候補召喚、性奴隷召喚、いけそうでしょ?

いや、この世界に奴隷がいるのか知らないけど、召喚ってこの世界からとは限らないよね?

この世界に居なくても、奴隷のいる別の世界から連れて来るのはあるかと思う。

でもそれって誘拐だよね。どこかから勝手に連れてきて妻や性奴隷にする。

魔法的に本人が納得ずくで召喚されていたとしても、気持ちは犯罪だよ犯罪。

なんで女性限定だって? そりゃ男と暮らしたくないじゃん。

労働力問題、どうしようか。今後の課題にしよう。


(作者注:家畜などもどこかから盗んで来ている可能性がありますが、そこには主人公は気付いていません。

それと、スローライフで何でも自分でやろうという意識のせいで、牛乳、卵、服、毛布などの現物を召喚出来るということにまだ気付いていません)



◇  ◇  ◇  ◇  ◆



 牧場で半日潰してしまったので、午後からは畑の収穫を行うことにした。

体育館1個分の面積の畑が一斉に収穫時期を迎えたと思ってほしい。

専業農家の方からすれば小さな畑だけど、一般人からしたら作業量が半端ない。

農民JOBが俺にでも能力を底上げしてくれるのだろうか?


「はぁ……」


 俺が広大な畑を見つめてため息をついていると、収納の極が能力を発揮した。

野菜の収穫も【自動拾得】スキルの応用でいけるとのこと。

俺がトマトを見つめて手をかざし収納を意識すると、食べごろのトマトがインベントリに収納された。

調子に乗って片っ端から手をかざす。

土の中からジャガイモが収穫され、大根が抜けて消える。

もしかしてと、視界に入った全ての作物をイメージしたら一瞬で収穫が終了した。


「チートだ。でも助かった」


 収穫後の茎や葉、根などの処理は【農地耕作】で土に混ぜてしまう。

追肥や土壌改良も【農地回復】で一瞬で終わり、次の種蒔きの準備が出来る。

農業スキルカンストの威力恐るべし。


 トマトは今後も実をつけ続けるので残した。

特別に【ハイパー肥料】の魔法をかけておいたので、たぶん多年草化してトマトの木に成長するだろう。

もしこの地に冬があり寒くなるのなら温室を造ってあげよう。


 野菜は必要充分な量が収穫出来たので、しばらく畑は米麦豆トウモロコシ以外はお休みでいいかな。

雑多な種類の作付けを同時にするのは手間なので、今後は単一品種をローテーションしよう。

作物を売って生計を立てるのでなければ、自分たちで消費する一定量以上は必要ないからね。

農業魔法で連作障害や作付けの相性も存在しないし、穀物は家畜の餌にもなるから重宝する。

あとの野菜は小さな区画で必要な時に必要な量だけ作ればいい。

これはインベントリに収納すれば腐らずいつまでも新鮮なままだからこそ出来ることではあるのだけど。



◇  ◇  ◇  ◆  ◇



「次は調味料だな」


 サトウキビを収穫したので砂糖が作れる。

【自動解体】の拡張機能で黒糖から上白糖まで選ぶことが出来る。

とりあえず黒糖で一括管理して必要な時に必要な砂糖の種類に加工して取り出そう。

インベントリ内なら劣化しないのが有難い。

ついでにサトウキビの搾りかすから、うま味調味料(グルタミン酸)が精製されていた。

収納の極が勝手にやってくれていたんだが、オークの酵素が触媒になっているらしい。

なんだそれ? 俺は詳しくは知らない。


 香辛料として胡椒を栽培したので収穫した。

木なので常時植えっぱなしの一角を作ったのだ。

種からなので、収穫までは何年もかかるかと思っていたが、【促成栽培】の魔法で翌日には実がなっていた。

これは果樹も一緒だ。

リンゴ、梨、ぶどう、みかん、マンゴーといった生産地域や収穫時期が異なる品種が、一緒に植わって実をつけている光景がなんとも不思議だ。

【ハイパー肥料】の魔法をかけておいたので常時実をつけるだろう。


 調味料といえば各種スパイスを混ぜたカレー粉が欲しいところだが、一介のサラリーマンには使われているスパイスの素性がわからない。

これを一から生産するのは……。いま生産の極が能力を発揮した。

どうやら、生産の極は俺の僅かな経験、例えばカレールーの箱の原材料を見たとか、TVで放送されていた内容にあったとかから情報を得てカレー粉のレシピを手に入れたらしい。

もちろんこの世界の常識として蓄えらている知識からも手に入れられる。

これって生産チートだな。

結果、畑の一角にカレー粉専用植物園が出来た。

何が植わっているのかは俺にもわからない。

種や苗木が勝手に召喚されたからだ。

俺はそれを順番に植えたにすぎない。


 そして、海か岩塩を探す必要があると思っていた塩。

なぜかインベントリに収納されていた。

どうして?と思ったら、生産の極と収納の極が精製したらしい。

塩分を含んだ素材・・・・・・・・から抽出しただけとのこと。

皆まで言うな。俺も察した。口の中を切るとしょっぱいからな。

微量の鉄も抽出したという話で察してほしい。

だが、塩といっても塩化ナトリウムだけでは体に悪い。

各種ミネラルを含んだ自然塩はおいおい探すべきだろう。


 大豆、米、小麦、大麦を収穫したことで、あの調味料が出来るとのこと。

味噌と醤油にみりんと醸造酢だ。

俺の記憶に製法などは一切無いのだが、たぶん〇〇DASHとか、TV番組の知識がどこかに残っていたのだろう。

インベントリ内には発酵蔵でもあるんだろうか?

発酵に使う麹とかはどうしたんだろう?


 酢が出来たらあの究極調味料も出来る。マヨネーズだ。

なんで雌鶏を召喚したと思っているんだ。

卵の確保。それは日本人にとって必須だろう。

ああ、原料の1つ油がない。

え? コーン油がある? 別名食用油?

マヨネーズが出来ました。


 そして発酵とみりんで気が付いた。

みりんの製造方法って日本酒と同じじゃね?

これって日本酒が出来るだろ。芋焼酎や麦焼酎、ワインも出来るな。

俺が手作りしようとしたら、錬金術で醸造タンクを作ったり、発酵に時間をかけたりと、とんでもない手間だったろう。

それがインベントリ内で勝手に生産される。

生産の極の知識と収納の極の自動解体と時間操作能力で何でも出来てしまう。

食米はあるが、ここは日本酒専用米である山田錦を生産するべきだろう。

となると水田で生産するべきだな。

水源の確保とともに今後の課題にしよう。

今は雨を降らせたり、魔法で水を出しているからね。

水耕栽培はそうはいかない。



 今はギリギリ手間を楽しめている。

(作者注:スローライフを楽しめているから現物召喚しないんだけどね)

破綻しないうちに何か手を打っておこう。


「ご主人、ご主人。ここ掘れわんわん」


 またプチが何かみつけたようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る