第4話 遺跡
森の中にポツンと広がる小さな草地、それが俺と愛犬が転移して来た、この世界で唯一知り得ている場所だ。
空はどんよりと曇り、今すぐにも雨が落ちてきそうだ。
原因はわかっている。俺がぶっ放した【ファイア】の魔法による火柱のせいだ。
火柱により上昇気流が発生し地上で蒸発した水蒸気が舞い上がる。
その水蒸気が上空の冷たい空気に冷やされて水滴になり雲になり、はい、雨が降ります。
自業自得というやつだ。
材料を集めて家を建てるにはもう時間がない。
土魔法一発で家を建てられるかもしれないが、イメージが重要な魔法において俺自身のイメージが貧弱で、構造的なものや強度に全く自信が持てなかった。
ここは魔物が住む森だ。おそらく巨大な魔物もいる。
その魔物から守れるだけの強度の家を建てるというのも簡単には無理な気がする。
あまり酷いものを建ててしまうと、その日のうちに崩壊した家の下敷きになって、哀れ異世界生活終了という未来も想像に難くない。
「洞窟だ! それなら穴を掘って壁に強化魔法をかければいい」
洞窟なら岩盤さえ選べばそのまま内部を守ってくれるだろう。
俺は洞窟が掘れるような山や崖がないかと辺りを見回すも、ここは鬱蒼とした森と小さな草地のみの土地だった。
洞窟を掘る崖や大岩すら見当たらない。
「時間がない。どうすれば……」
「ご主人、ご主人。穴あるよ?」
プチがダンジョンへと落ちていった穴に右前足を指して示している。
「そうか、この穴を利用すればいいんだ」
まずダンジョンへの大穴に土魔法で階段を設置し、固い壁部分の中へと侵入出来るようにする。
元々この壁部分は固い構造物なので、強度的にも丸々利用できるはずだ。
続いてダンジョン最下層へと落ちていくスライダー――ただの傾いた床だが――の入り口を土魔法で封鎖し水平な床を形成する。
そして天井に空いた大穴部分を壁と同じ強度になるようにイメージして修復する。
斜めの構造物がそのまま片屋根のようだ。
続いて階段周りを人ひとりが通れるサイズの穴を確保して同じ材質で覆って強化。
階段の地上部出入口に四方を囲む構造物と屋根を設置し、おそらく南と思われる面にドアをつける。
屋根の軒下には通気口を設けた。密閉空間で酸欠になっては目も当てられない。
これぐらい小さな構造物ならがっつり強度をつけても魔力切れにならないと当て込んだが、やはり問題はなかった。
魔力総量がどのぐらいで限界に達するのかは安全を確保してから今後試す必要があるな。
魔力切れ状態で倒れて魔物の餌になるのは勘弁して欲しい。
とりあえずこの程度の魔法行使ではMPにはまだまだ余裕があった。
そして大穴は土魔法で埋めて出入口の構造物の下部まで土を盛った。
しばらくここに住む事になるので、今後ここは農地になる予定だった。
穴があったら困るので、埋め戻しが必要だったのだ。
客観視すると草地の真ん中に簡易トイレが建っているようにも見えなくもないが仕方がない。
何と言っても雨が降るまでの間に合わせなんだからな。
いやマジで間に合わせだからね。
「プチ、一時の
「わん!」
プチも喜んで尻尾をブンブン振っている。俺は扉を開くとプチを
上を塞いでしまったので真っ暗だが生活魔法の【ライト】で明かりは確保できる。
そういえば【ライト】っていつまで点いているんだろうか? MP消費は?
今後の調査課題としたい。
もし効率が悪いなら照明の魔道具を作る必要がある。
生産の極があれば何だって作れそうだからね。
階段を降り、ダンジョン部分に入るとそこそこ広い空間であることがわかる。
ほんのり明るいのはなんらかの魔道具が生きているのだろうか?
元々遺跡だったものがダンジョン化したから、ダンジョンの崩壊が起きなかったのかもしれない。
スライダーとなっていた穴部分の他にも扉があって別の部屋になっているようだ。
そちらは追々探索しよう。
なんと言っても床が斜めなので滑り落ちてしまったら戻ってこれない。
過去に見た豪華客船沈没の映画で、斜めになった床を滑り落ちて死んでいく乗客を思い出す。
間違いなく命に係わる危険な現場だ。
危険な現場の探索より今は水平をとった所に生活の基盤を作るのが先だろう。
とりあえず【ライト】の魔法で光源を4つ作り四方に飛ばす。
そして部屋の中心となる真上に【ライト】でメインライトを灯す。
このメインライトを点けたり消したりし、他のライトは消さずに間接照明とする予定だ。
床が固いので直に座ったり寝たりはきつそうなので、インベントリを探ってみる。
良さげな魔物の毛皮をみつけて床に敷いてみた。
虎系の魔物の毛皮らしく、尻尾を含まないで体長5mはある。
頭としっぽがついていて、腹ばいでべたっと伏せているような、あの金持ちの家によくあるような毛皮だ。
頭の牙が巨大でサーベルタイガーってやつかもしれない。
魔物の毛皮なので剛毛かと思ったが、
皮の
これなら10人ぐらい寝転がっても余裕だろう。
地上部分の屋根に設置した通気口が機能しているようで、遺跡の奥へ向かって空気の流れが出来ている。
これで酸欠の心配はないが、どうやら遺跡の空調も生きていて空気を吸い込んでいるようだ。
風が少し冷えるので
俺はプチと一緒に毛皮に
『か……の……おね……ます』
微かに聞こえる人の声に俺は
プチの体温が心地よくついつい寝てしまったようだ。
雨はどうなったのだろう。それより今何時なのだろう。
この地下では外の様子がわからないのが難点だな。
階段上のドアを開けたら魔物と鉢合わせなんて可能性もある。
今後の課題だな。いや、それより声だ。
部屋の中がボヤっと光っていた原因はここの光だったようだ。
そこには文字が映っていた。
【管理者空席により機能不全。早急な管理者の登録を望む】
同時に声が聞こえる。
『管理者の登録をお願いします。魔力反応確認。管理者権限所持者と推認します。管理者の登録を~』
ドカン!
その時、大きな衝突音と共に部屋が揺れた。
思わずそこらへんの物に手を付き転びそうだった身体を支える。
どうやら上からの衝撃のようだ。
「まさか地上出入口が破壊された?」
その時システム音声が変わった。
『魔力パターンを登録しました。管理者名の登録をお願いします』
「は?」
どうやら魔力パターンのスキャン装置だったようだ。
仕方ないだろ。床が斜めだから少しの揺れで足元を
『管理者名の登録をお願いします』
もう
「
『クランド様。登録完了しました。魔導機関の調整をお願いします』
俺は何だか知らないが遺跡の管理者になったようだ。
そしてシステム音声は次の要求を突き付けて来る。
俺は延々と遺跡の管理をしないといけないのだろうか?
「それにしても、このパネルの文字、異世界標準語とは違うな。
そうか、金貨に刻まれた文字と同じだ」
俺はインベントリから金貨を出して表面に刻印された文字を読む。
「『ガイア帝国皇帝金貨 10万G』
この横顔は皇帝ってことか。
『立てよ国民! 世界は皇帝と共に』か……」
背中に冷や汗が流れるのを俺は感じた。
「これって軍事帝国の遺産じゃね?」
そこにはトラブルの匂いしかしなかった。
この金貨を使うのは自重した方が良さそうだ。
「あ、これでまた俺は一文無しだ……」
まあ、使う場所がないんだけどね。
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