Basis31. 岐路

「……迷惑なわけないじゃん」


 手紙を読み終えると、私はそう静かに呟いた。海緒はそれが最善だと信じて行動した。私たちに銃口を向ける覚悟を決めた上であちら側についたんだ。でも、その覚悟を決めるのだって生半可なものじゃない。自分の中に生まれた得体の知れない力に呑み込まれるのだってその気持ちは理解できる。


 それに何よりも、私は笑顔の海緒が大好きなのだ。その笑顔に助けられたことがどれだけあったか。その前向きな性格が私にどれだけの好影響を与えたのか。当然、起きたことは起きたこととして処理するべきだ。でも、そこから先の未来は海緒自身の手で決めることができる。海緒が平穏な日常を取り戻したいというのであれば、それをサポートするのが私たちの役目ではないか?


 そう思っていると、スマートフォンに着信が入った。着信の相手は海緒からだったので、急いで電話に出る。


「あ、やっほーりんりん」

「もう取り調べは終わったの?」

「まだだよ。今はちょっと休憩ってことで特別。もうりんりんは寮に戻った?」

「うん」


 そう答えると海緒の声が一瞬消える。電話越しの無言というのはかなり気まずいものがあるが、その理由を分かっているこちらとしては下手に口出しするのも憚られた。


「えーっとさ、もう読んじゃった?」

「何を?」

「ほら、えーっと……手紙みたいなやつ」

「何それ? 海緒って手紙とか書いたりするタイプだっけ?」

「あーうん。見てないならいいんだ! うん、それならいい」


 海緒にとってはある意味黒歴史といったところなのだろう。知りませんでしたってことにしておいた方が海緒にとってもいいことじゃないか?


「それで、いつになったら戻ってこれそう?」

「連休終わりくらいかなぁ。学校が始まる前日には返してくれるって」

「分かった」

「……あのさりんりん」

 

 急に海緒が真剣な口調になって私を引き留める。


「なに?」

「……ありがと。きっとりんりんがいなかったらアタシ、とんでもないことになってたんだと思うから」

「私は……バカやってるときの海緒のほうが好きだから。そう戻ってほしいと思っただけのエゴだよ」

「エゴでもアタシにとっては救いの手だったんだ」

「そ。ま、帰ってきたら美味しいケーキでも食べに行きましょ。玲先輩に聞けばお店知ってると思うから」

「あ、やっぱりんりんあの手紙y」

「もう切るね?」


 海緒の返事を聞くまでもなく通話を終了させる。この調子ならもう黒の魔術に呑まれて大暴れみたいなことにはならないだろう。そうほっと胸をなで下ろしつつも、ケーキが美味しい店についてマナミールに調査を投げる。


 マナミールから提示された店には様々なタイプの店が存在し、どこが海緒の口に合いそうかというデータまで表示されている。それを見つつも、やはり玲先輩の意見が聞きたいと思ってしまう。意外にもそういう甘味に詳しい一面を持っているからだ。


 玲先輩に電話をかけてみると、すぐに繋がった。


「玲先輩、今大丈夫ですか?」

「いいよぉ。こっちも今終わったところだし」

「連休終わりにケーキでも食べに行こうと思うんですがどうですか?」

「華凜ちゃんのお誘いってなら行かない選択肢はないよ。さしずめ浅茅さんがシャバに出てきた記念みたいな感じ?」

「まぁ……言い方はアレですが」

「うん、それなら尚のこといいね。私からも浅茅さんに伝えたいことがあったから」


 それが玲先輩の調査というものに何か関係があるのだろうか? しかし、玲先輩の周囲がかなり騒々しいように思える。少なくとも今家にはおらず、どこかの繁華街で電話しているような、そんな雰囲気を醸し出していた。


「それでお店なんですがどうしますか?」

「せっかくだし私の家に来て貰いましょう」

「自慢の料理人さん、でしたっけ?」

「それもそうだけど……っ! テメェ!」


 突然玲先輩が罵声を飛ばし始めた。私に対してというわけではなく、電話口の向こうで何かあったのだろう。しかし、玲先輩がそんな口が悪いというのは意外だ。玲先輩は変なところこそあるものの、普段から余裕綽々のお嬢様といった感じで、無用な争いに巻き込まれないようにひらりひらりとかわして生きているイメージがあった。


「玲先輩?」

「あ゛ぁ!? チッ……ちょっと後にして」


 乱暴に電話が切られる音がした。玲先輩は何かに対して明確にイライラしているように聞こえた。間が悪いタイミングで電話をしてしまったのだろうか? 


 天井をボケーッと見ていると、強烈な眠気が襲ってきた。今日は一日大変だった。それでも私にとって進展のあった日でもあったと思う。だから、今日はゆっくりと眠ろう。


 ※


 変な夢を見た。それはある日突然世界が止まってしまう夢。私だけが静止した世界を自由に移動することができるが、その世界はむなしいものだった。


 風花が何かを開発している最中で固まっている場所を目撃してしまった。私はその状況に恐怖を浮かべつつも、寮を飛び出して様々な場所を見て回る。おそらく魔闘中と思われる海緒も同じように固まっていた。教室で授業の準備をしているアイリスも同じ。


 一路の望みを託して生徒会室へ行くも、そこには談笑中の時間を止められたかのように篝と海南さんがいた。無我夢中で秘密部屋の扉を開けると、そこには聖剣を構えた玲先輩が私の前に立ち塞がっていた。


「……玲先輩、これは一体なんなんですか!?」

「華凜ちゃん……ごめんなさい」


 聖剣の斬撃を間一髪回避して、『演算式・調色トナー・ドライバー』を起動する。フレイマーを取り出し巻き上がる爆炎による刀身を成す。


「玲先輩! 目を覚ましてください!」

「目を覚ますのは貴女よ、橘華凜」


 聖剣を突き刺した先に見えたものは世界の創世、否。世界の。それは既存の世界をミキサーにぶちこんでかき混ぜたかのような白の混沌。渦をまくそれを形成しながら玲先輩は断言する。


「貴女に世界は破壊させない。それが『基底』の導いた結論よ」


 混沌は一瞬にしてこの部屋を、校舎を、世界を呑み込んでいく。情報の奔流に流されて絶命してしまうのではないかと目を閉じたとき、私の意識は覚醒した。


「ッ……! ……酷い夢ね」


 時間を確認するとまだ深夜2時だ。深夜アニメでもやっているような時間だが、それを見ていられるような精神状態にない。


 もう一度布団に入ろう。それで次はマシな夢を見ればいい。だが、私の頭の中にはどうしてもさっきの夢の内容がこびりついていた。


 世界を破壊させないことが『基底』の結論。世界を破壊しろという『基底』の命令。この二つはどう考えても対立するもの。


 どうしたらいいか分からない。私はどちらの選択を取るべきなのだろう?

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