Act15. 春芽のシンフォニア

 目が覚めて最初に目にしたのは見知らぬ天井であった。


「あれ、ここは……?」


 辺りを見渡そうとすると、体中に激痛が走る。どうやら思った以上に身体に無理をしていたようだ。


「あーりんりんダメだよ勝手に動いちゃ! もう少し安静にしてて」

「……海緒? 死んだんじゃ?」

「死んでないっての! あの後大変だったんだよ? ケガした三人を病院に送るためにメチャクチャ無理して使った『水上奮進ネイビー・ミサイル』をもう一回飛ばすハメになったんだから!」

「ケガ……音切さんとアイリスは大丈夫なの!?」

「あーもう落ち着いてって! 二人とも『頁戻しルートチェンジャ』は使わずに済んだよ! 今は回復魔術受けてる真っ最中!」


 ほっと胸をなで下ろす。海緒から聞いた話では、ちょうど私が『猛火の中に輝く者フレイマー』を発動させて音切さんと交錯した瞬間に遭遇したという。二つの刃が触れ合ったときに周囲を白色の閃光が包まれたおかげで何も見えず、気付いた頃には負傷した私たちだけが残っていたとのことだ。春芽舞闘会スプライトカレードはすぐにリタイアして全員病院へと搬送されたのだ。


 私は『演算式・調色トナー・ドライバー』の補助こそあれど『基底』と出会える程の魔術を放った代償からか、ここ数日はベッドから移動できない身体になってしまったのだ。


 『猛火の中に輝く者フレイマー』は攻撃範囲と火力を爆発的に上昇させるが、同時に自らの身体を猛火の中に閉じ込めてしまう。海緒との魔闘デュエルではここまでの重症にはならなかったが、今回の場合は『演算式・調色トナー・ドライバー』の助力もあって本気のものになってしまった。当然そんな炎に耐えられる訳もなく現在に至ると言うことだ。


「海緒は大丈夫なの? 屋上の崩落に思いっきり巻き込まれてたけど」

「アタシは別の部屋に落っこちてたから平気。何人か中に居たから戦闘になったけど……そこはもうズドドーンとね。まぁ……満身創痍のりんりん達を見つけてからはすぐリタイアしたんだけどさ」


 そう言って指でピストルを使いドカンと撃つジェスチャーをしてみせた。


「って海緒もリタイアしたの!?」

「意外そうな顔してるじゃん? もうちょい戦闘狂バトルジャンキーだと思ってた?」


 こくりと頷く。海緒はやれやれといった表情を見せた後に、少しだけ優しそうな顔をしてこう語りかけた。


「アタシはね、ガキンチョたちにとっての希望でないといけないんだ。もちろんここでいい成績を残して、それで箔がついていっぱいお金が貰えて、それでうちの孤児院が潤えばいい。でも、大事な友達ほったらかしにして貰ったお金は私のプライドが許さない」

「海緒……」

「勝負に勝つ。大事な人も守る。その両輪、どっちが欠けることもアタシは許したくないんだ。だってアタシの好きな映画の主人公はそのどちらも成し遂げてみせたんだからさ!」


 海緒にとってあのアクション映画に出てくる主人公は自分の理想そのものなんだ。圧倒的な力で以て敵をねじ伏せて、大事な人を守る。それしか選択肢がないとしても、その生き方には私にとってはどうしても息苦しさを感じるのだ。


 だが、今の私にそれを忠告することはできなかった。私は海緒と比較すればずっと恵まれている。そんな人間が理想論を説いたところで、海緒にとってはただのうるさい小言に過ぎないだろう。だから私はただ黙って頷くことしかできなかった。


「っと、そろそろ本戦の時間だよ。見る?」

「いいよ、知らない人の魔闘デュエルなんか」

「篝ちゃん出てるんだってさ。見ないって選択肢は酷じゃないかな? あの子、きっと終わったらりんりんのところに来ると思うよ」

「そう言われると実質一択じゃない?」

「マナミール、本戦の中継おなしゃーす!」

『アイアイサー!』


 海緒のマナミールはかなりクセの強い成長の仕方をしているようだ。マナミールが病院の白壁に向かって映像を投影している。私はベッドのリクライニングを上げてその様子を観戦することにした。


 既に私たちが観戦する頃には、本戦は準決勝まで進んでいた。篝は見事にそこまで進出しており、会場にどよめきをもたらしていた。準決勝の相手は東條裕貴とうじょうひろきという男子生徒だ。『堕血オロチ』の即死効果が無効化されるため、篝にしてみれば苦戦必至の相手といえよう。


 魔闘デュエルが始まると、瞬時に篝の姿が消える。観客からはブーイングが飛び交う。まぁこんな姑息な手段を本戦で見せられている観客の気持ちは分かることは分かるのだが。しかし、画面に映されている東條には、笑みすらこぼす程の余裕があった。それはまるで、篝がどこにいるかとでも言わんばかりのものであった。


「おーっと東條選手一歩も動かない!」

「ハイドアンドアタックを主とする戦術を得意とする頓宮選手相手にこれは『舐めプ』って言われても仕方ないんじゃないすか? まぁ魔術適正ニトロナイズだけで言えば東條選手が有利なのは分かるんすけどねー」


 実況と解説まで用意されているとはまさにスポーツだな。にしても解説の人の馴れ馴れしさはどうにかならなかったのだろうか? そうこうしているうちに、東條の後ろから凶刃が飛ぶ。それは彼の首を確実に狩りに行く、あまりにも人殺しに特化しすぎた一撃。男女関係なく通れば一瞬にして命が消し飛ぶだろう。


 だが、東條は顔色一つ変えることなくそれを指揮棒のようなもので受け止めた。


「なっ……!」

「『お前は歩けAndante』」


 まるでクラシックの音楽でも奏でるかのように指揮棒を振る。すると、さっきまで恐ろしい勢いで飛んでいたはずの篝の歩調が明らかに遅くなっている。それはまるで、無理やり歩かされているように見えた。相手のリズムを無理やり崩す戦術。それは、篝にとっての天敵と言えよう。


 そして篝のハイドアンドアタックを実質的に封じたことを確認すると、虚空から一つのメトロノームを取り出した。


「出ました! これが東條選手の魔装、『スカイビーター』! この魔装を用いて予選では驚異の100人切りを達成しています!」


 は? あっさり言ってしまうが、この大会は新入生全員が参加しても300人ぐらいしかいないはずだ。こいつ一人で参加者の三割ぐらいを吹き飛ばしていることになる。


「そういえば貴女、あの時私の戦いを見ていましたよね」

「……!」

「図星、ですか。貴女のおかげでせっかくの強敵との邂逅を阻まれたのです。その恨み、晴らしてもバチは当たらないでしょう?」


 音符のような魔弾が飛ぶ。それは鈍重になっている篝の身体を直撃し、会場に血の音色を届けていた。それは余りにも生々しい交響曲であり、血生臭い死のコンサートに会場のボルテージは一気に上がる。


「『影縫』ッ……!」

「無駄ですよ」


 篝の姿が再び消えるが、指揮棒から放たれる魔弾は正確に篝を貫いていた。何もないはずの空間で音符がはじけ飛んでいることからそれは確実と言えるだろう。それは余りにも一方的な蹂躙といって他ならなかった。


 結局ゆったりとしたテンポの曲が終わる頃には、既に篝はボロボロになっており、そのまま篝の棄権で試合が終わる。


「解説の陽川さん、今回の試合どのように感じましたか?」

「んー、ぶっちゃけこれが予選だったら東條選手の首が飛んでたんじゃないかな? 頓宮選手は自分のスタイルに持ち込んで戦えてはいたけど……これは如何せん相性の問題だと思うよー?」


 海緒はマナミールからの映像を止めさせた。その表情には、どこか真剣な表情を滲ませている。篝が負けたということだけが理由ではないだろう。そうでないならば……


「りんりん喉渇いたっしょ? なんか売店で飲み物買ってくるわ」

「えっ、ちょっと待って海緒!」

 

 海緒は病室を後にした。後は個室の中に一人佇む私だけ。海緒はひょっとしたらあの東條とかいう男のことを知っているのだろうか? しかし、私がどうこう言って他人の事情に首を突っ込むのは野暮というものだ。それよりも私には解決すべき課題がある。


 各魔術の『基底』。そこに到達することで私は記憶を取り戻し、この世界の『基底』を観測することが可能になる。世界を破壊しもう一度創造し直すという『基底』の考えには心底同意できないが、各魔術の『基底』に到達することが私の大事な記憶とトレードオフになっている以上、『基底』の手のひらの上で踊らざるを得ない。そこはもうそういうものだと妥協しよう。だが問題はその先だ。


 わざわざ私の記憶を人質に『基底』に到達させることに一体何の意味があるというのだろうか? 破壊者としての実力を付けさせるため? 今の私は確かにへっぽこだからその線はあるだろう。だがそれは私の記憶と引き換えになるほどのものか?


 そして三つの柱を取り戻すが、取り戻した後に破壊させるという順序にも違和感がある。そんなにこの世界を破壊したいなら、破壊させたあとに記憶を取り戻す方がずっと効率的だと思う。それでも『基底』はこの方法を選んだ。自分の破壊欲を抑えてでもこの手法を選択した理由、それはもうひとつの『基底』が言っていた世界を破壊する理由にあると推測される。そしてその理由は、『記憶を取り戻したとしても世界を破壊したいと積極的に思える何か』ということになる。


 これ以上考えても堂々巡りになるだけだ。今は海緒の帰りを待とうと何もない天井をぼんやりと眺めていると、海緒が戻ってきた。だが、戻ってきたのは海緒だけではない。引き連れてきた人物は私にとって予想外の存在であった。


「な、なんで生徒会長が……?」


 生徒会長、持統院玲。春芽舞闘会スプライトカレードの開会を宣言して見せた大和撫子。雲の上の存在と思しき者が、今私の目の前に鎮座しているのだ。よほど肝っ玉が据わってないと誰だって動揺するに決まっている。

 

「『橘華凜さんの病室はどこですか?』って言われたもんだからつい。てか会長さん、春芽舞闘会スプライトカレードほっぽり出して大丈夫なんすか? 表彰式とかいろいろあるでしょ?」

「そこは学園長に丸投げしました。今はあんなお遊戯会よりも……」


 つかつかと歩き、私の顔をいやらしい手つきで撫で回す。突然の事象に意味が分からず目を回す。


「一輪の可憐な花を愛でる方が楽しいでしょう?」

「ひぎっ」


 思わず変な声が出てしまった。一輪の可憐な花なんて少女漫画ぐらいでしか聞いたことのないようなキザな台詞に思わず面食らう。いくら美形の女の子だといっても、突然撫で回されたり、とんでもない発言を受けたりしたらどう発音したらいいか分からない単語が文字から飛び出すのも当然だろう。


「浅茅さん。少し席を外して貰えるかしら?」

「病院で一発おっぱじめないことを約束するのであれば」

「まぁ。これはあくまでもスキンシップですわ。私、真剣な話を致しに来たのですよ?」

「……終わったら呼んでください」


 会長、見た目だけはすごい美人だが、中身はどうやら思った以上にヤバそうだと私の直感が告げている。そんな会長ヤベーやつからの話というだけでも貞操の危機というものだ。


「さて……華凜ちゃん」

「はい」


 ベッドの横の椅子に座り、私に目線を合わせながら話しかけてきた。会長の目はどこか吸い込まれるものがあって、一度見つめてしまうと目を反らしがたい吸引力というものがあるように思う。


「学園長から話は聞いています。『白の観測者ヘヴンズ・オブザーヴァ』であり『異界よりの嬰児リンカネート・パラディオン』でもあると」

「ま、まぁそうらしいですね?」

「この学園の生活に慣れるのも大変でしょう。ですから、私から提案があります」

「提案ですか?」

「そう。華凜ちゃん、私の妹になってみませんか?」


 持統院玲の評価が『大和撫子生徒会長』から『照葉のヤベーやつ』に堕落した瞬間であった。

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