Act3. 空を穿つ群青
Basis16. 生徒会長の蠱惑
前回までのあらすじ。生徒会長を名乗る不審者が病室にカチコミをかけてきた挙げ句に私に妹になるように迫ってきた。なんだこれ。……本当になんなんだ?
「おっしゃってる意味がよく分からないのですが」
「まぁいきなりそう言われても分からないですよね。かいつまんで説明しましょう」
照葉学園には
「え、嫌です」
「わお、即答」
「いくら生徒会長だからっていきなりそう言われたら普通警戒しますよ?」
私は明確に拒絶の意思を表明したが、生徒会長はそれすら織り込み済みであると言わんばかりに気持ち悪い笑みを浮かべている。アレが今日の壇上で挨拶をしていたのと同一人物だというのか? 夢なら醒めてほしい。なんならちょっと綺麗で憧れるなみたいな純粋無垢だった感情を返して欲しいとすら思う。
「ところで、華凜ちゃんって『
「……急になんですか?」
「これでも一応生徒会長ですから。生徒全員の魔術に関するデータはある程度記憶しているんですよ」
「はぁ」
300人分のデータが頭に叩き込まれているというのは一瞬凄いことだと思いつつも、私のやっていたゲームの対戦環境でも何百といるモンスターのパラメータを暗記しているような廃人の存在をふと思い出す。それと似たようなものだったりするのかもしれない。
「確か華凜ちゃんの場合だと全ての
「……?」
「でも今日の春芽舞闘会ではダイナミック環境破壊をやってのけてみせた」
「あれは魔装の力だと思います」
「そのお腹に巻いてるオモチャみたいなのでしょ?」
「ひゃあ!?」
間伐入れずに会長が私のお腹周りを触りにかかる。触り方がやけに艶めかしく、じらすような指つきでベルトの周りをなぞる。会長もどこかスイッチが入ってしまったようで、捕食者の目つきをしながら舌なめずりをしていた。
「ふふっ、可愛い反応するのね」
「じょ、冗談ならやめてください……」
「冗談? 何のことかしら?」
そうやって私の注意がお腹に向いている隙に、今度は耳に息を吹きかけられる。そしてこんな甘言を囁いてきた。
「私なら華凜ちゃんの力を十二分に発揮させられる。そんなオモチャに頼らなくても思いのままにね」
「何を根拠にそんなことを」
「だって、華凜ちゃん。本当は……『
「違います!」
そのまま身体を押しのけてしまいたいが、全身に伝わる軋むような痛みがそれを拒む。ここで『
そしてあろうことか、病人の私に対して馬乗りになってこちらを見下ろしてきた。会長からはとても良い匂いがするのだが、それを味わっている場合ではない。様々なものの危機に瀕して、私の脳からは警告を示すシグナルが大量に送信されている。
「ほんとに? ……一応言っておきますけど私、嘘をついているかどうか分かる特技を持っているんですよ?」
「何ですかそれ? 汗でも舐めるんです?」
「んー、ちょっとだけ違うかな?」
そこからはまるで流れるようにことが進む。まず私の両手両足が見えない何かで拘束され身動きが取れなくなる。次に会長が優しく倒れかかってきて、こちらを凝視する。茶色がかった黒い眼が私のことを舐め回すように見回す。
そして唇を奪われ、思いっきり会長の舌が突っ込まれた。その時間はほんの一瞬であったが、私はその全てをまるでハイパースローモーションビデオでも見ているかのように余すことなく体感していた。何よりも、私のファーストキスがこんな形で奪われるなんて……
何かが軋んでいると感じた。それは会長の一連の問題行動というわけではなく、何か記憶の奥底でこれをファーストキスと認めることに対してだ。私は既にマウストゥマウスでのキスを体感しているということになる。
「やっぱり、嘘をついてますね」
「……唾液占いでもやろうっての?」
「対象の体内組織を利用した嘘発見魔術、とでも言えばいいですか?」
それならもっと別の方法があったんじゃないかなぁ!? 髪の毛を抜くとか皮膚片を渡すとかそういうもっと穏便な方法を取れるでしょ!?
「……このキスもどきも会長の趣味ですか?」
「ご明察」
私としてはこれをファーストキスとは認めたくない。海で溺れていた人の人工呼吸をファーストキスと呼称するのと同じくらい不謹慎だと思う。
「まぁ元より学園長から話は聞いていたんです。『
「……だとしても何で私だと思ったんです?」
「音切さんとの戦闘の時です。一時的に映像に白色のノイズが走ったんですよ。この世界において
白の魔術。生徒会長は白の魔術について知っていることは明らかだ。情報を引き出すというのは現段階では難しそうだが、私が欲している知識についてよく知っていそうということはおおよそ推測できる。
「なるほど」
「私と
怪しい。本当に生徒会長は可愛い妹が欲しいという理由だけで私を
「……その情報が正しいと言える根拠は?」
「だって私も華凜さんと同じ『
信頼度が大きく下がった。『基底』からの忠告にあった
「……もしも断ったら?」
「華凜ちゃんが『
「スケールがでかすぎる……」
持統院玲という名前からして敵に回すととてつもなく面倒くさそうな名前だ。それこそ全世界のマスコミに通じていて、一瞬で号外を出してしまえるほどの影響力があるのだろう。かといって、従順にペコペコ妹になるというのもまた彼女の術中に嵌ることになりかねない。それならば得られる解は一つだけだ。
「保留にさせてください。私にも
「……意外と肝っ玉あるじゃん?」
「会長ほどじゃないです」
ほぼほぼ初対面の相手に強烈なキスをかます度胸は私にはない。
「ま、いっか。でも最終的に華凜ちゃんは私を選ぶことになるから。お大事にね」
生徒会長はやっとベッドから降りると、そのまま病室を後にした。入れ替わるように海緒と篝が入ってきた。やけに深刻そうな表情でベッドに駆けつけてきた。
「りんりん! あのおっぱいモリモリ変態ウーマンに変なことされなかった?」
「ぼ、房中術など……はわわ」
海緒は何か深刻な感じで迫ってくるし、篝は何かを想像しているようで、顔を真っ赤にしながら目を反らしている。
「特に変なことはされてない。ただ
「「絶対ダメ(です)!」」
同時に否定されてしまった。まぁそれは確かというか私としても断りたいというか……
「りんりん、あの女の
「『
「あーもう物騒! そんなこと言わなくても元より組むつもりないし!」
そうやって二人をなだめて何とか落ち着かせた。騒ぎたくなる気持ちも分かるが、生徒会長もきっと人の心があるだろうという性善説に従いたい。というか従わせてくれ……
「でも何してくるか分かんないよ? NMOや軍隊を総動員して無理やりくっつけようとしてくるかも!」
「敵の城を攻めるには外堀からと言います。私たちを籠絡して
「りんりんの貞操を守るよ! あの女を見たらすぐに殺す! 魔導弾200発と炸裂弾をフルパックだ!」
「『
篝のテンションが海緒に引っ張られている。初対面の時のおどおど感が消えつつあるのはいいが、海緒に引っ張られるのもどうかと思う。というかさっきより話が物騒になってないかなぁ!?
「ちなみに、海緒は誰と
「アイリスかなぁ」
海緒は風花と組むだろうし、篝も本戦に出ているということで誰かと組んでくれるだろう。やっぱり、私としては一番相性がいいであろうアイリスと組むのが無難だ。
「ならさっさとアイリスとくっつけよう!」
「先になってしまえばこちらのものです!」
「よし、プランA、『アイリスとくっつけ作戦』だ!」
「承知!」
こうやって騒ぎながらも、私のことを大事にしてくれている友達がいるというのは嬉しいものだ。ぼっちでの生活ほど苦しいものはない、故にこういう存在を大事にする必要がある。
こうして、いよいよ波乱に満ちた学園生活の幕が上がる……
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