Act2. 白と黒の交錯
Basis6. 青波のファーストアプローチ
「ここが照葉学園……!」
眼前に広がる広大なキャンパスを眺め私の中の高揚感が上がっていく。一つの学園がここまでの大きさのキャンパスを持っているあたり、照葉学園という組織がどれほどの力を持つのか容易に想像ができる。
時は戻って今朝、アイリスとしばしの別れをした後に私はこの学園へ向かい出発した。アイリスが用意してくれた生活用品がぎっしり詰まったキャリーケースを引きずりながらバスに乗り込む。
「(魔術が発達しても交通機関自体はあるのね……)」
実際、中には私と同じ目的であろう生徒が何人か乗車していた。まぁ制服を着ているのだから一目瞭然ではあるが。
「次は照葉学園正門、お降りの方は……」
バス停名が宣告されるやいなや鳴るブザーの音。早押しクイズみたいなことをしたくなるという気持ちは誰にでもあるのだろう。
この世界において魔術とはすべてにおける代替品という訳ではないらしい。魔術を行使しない部分もしっかりと存在しており、魔術とそれ以外を使い分けることで生活を発展させてきたのだろう。実際、『次で止まれ』みたいな詠唱をすれば止まりそうではあるが。魔術に対するアプローチがあまりにも容易すぎればイタズラに使われるだろう。
運賃を支払いバスを降りる。私に送られた照葉学園の学生証がそのままパスになっているのは分かりやすくていい。そのパスというのも、セーラー服の胸元に刻まれた校章に触れれば簡単に出すことができる。そこは魔術さまさまだ。
この先に一歩踏み越えれば私は照葉学園高等部の一生徒としての生活が始まる。その一歩は小さいが、大きな一歩だ。そして私は意気揚々と足を踏み入れた……のだが。
「……?」
迷ってしまった。地図とにらめっこしながら寮の位置を探すのだが、今自分がどこにいるのかが分からなくなってしまい、かれこれ30分くらいは迷っているように思えた。誰かに聞こうと思ったのだが今居る場所の人通りがないせいでどうしようもない。
その時、何かが水を切る音が聞こえた。音のほうを向くと、一人の少女が荷物を抱えながらスケートみたく突っ込んできたのだ!
「おっとっと、危ない危ない……あやうくぶつかるところだったよー」
「あのっ、貴女もこの学園の人……?」
勇気を持って彼女に話を聞く。少女は瑠璃色のショートヘアをしていて、この学園の制服を改造しているのか、スカートの丈がやけに短い。いわゆるギャル的なものに分類されるのだろうか?
「そうだよー。アンタも?」
「うっ、うん。でも道に迷っちゃって」
「どこまで行くの?」
「えっと、
「私も同じとこに行くんだー。なら一緒に行こうよ」
渡りに船だ。ギャルみたいな雰囲気ではあるが、どうやら優しい人のようだ。そして同じ寮で暮らす戦友でもあるというわけだ。仲良くなって損はないだろう。
「助かるよ。私、橘華凜って言います」
「アタシは
海緒はそう言って握手を求める。それに承諾するように手を出すと、海緒はバチンと音が鳴るくらいに強く握った。どうやら海緒に気に入られたらしい。
「んじゃ、ナルハヤで行く?」
「できるなら?」
ナルハヤというのがどれくらいのものか全く分からないが、早いほうがいいだろう。だが、この選択を後に私は後悔することになる。
「よーし! アタシに任して。こんくらいの荷物なら大したものじゃないね」
そう言うと少女は私のキャリーバッグを肩に担ぐ。見かけによらず怪力なギャルのようだ。
「んじゃ、アタシのお腹にしがみついて」
「?」
言われるがままに海緒のお腹にしがみつく。見かけによらず鍛えられた筋肉という感想が第一に出てきた。少し嫌な予感がするが……
「しっかりアタシに捕まっててね?」
「え?」
「『ぶっ飛べ!』」
それは死の宣告に等しいものであった。私の足元が水面のようなものに変わる。そして少女の足元からは、ローター音のようなものが聞こえてきた。瞬間、私たちはとんでもない早さで水面を滑走していた。
「にゃははははは!!!!!!」
「ひえぇえぇえぇえぇ!!!!」
突然加速するタイプのジェットコースターにでも乗った気分だ。これはこれで心臓に悪すぎる!
「よーし到着! ってアンタ大丈夫?」
四星寮に到着するころにはグルグルに目を回していた。滑走していた時間がほんの数十秒くらいだったのが幸いしているのか、意識が飛ぶことはなくなんとか地面にへばりつくことができた。
「確かにナルハヤとは言ったけどここまでは想像してなかった……」
「アタシの魔装は特製でね! スーパーカーと競争しても負けないよ!」
明らかに人間が出していい速さでは無かったと思う。
「で、ここが四星寮かぁ、クソ溜めみてぇなとこだ」
「クソ溜めは言い過ぎじゃないかな!?」
「あっ、ごめんつい癖で」
確かにお世辞にも綺麗とは言えないが。しかしボロい建物に対してクソ溜めと言い放つ癖とは一体何なのだろうか?
後から地図で確認すると、四星寮は照葉学園の中でもかなり外れた場所に存在していた。授業を受ける高等部の学舎からだと歩いて十分はかかる距離だ。
「まぁ覚悟はしてたんだけどねー」
「覚悟?」
「いやーだってここアタシらみたいな落ちこぼれの入るとこらしいし」
なるほど落ちこぼれ。
「信じられないって顔してるね」
「あんな恐怖体験させられたら後だったら誰でもそう思うよ」
「まぁあれは私だけの力って訳じゃ無いんだけどね」
そう言って海緒は制服の校章に触れる。
「データ開示許可」
海緒がそう詠唱すると、私の目の前に小型のスクリーンが現れる。そこには局長室で見たような
「ピーキー過ぎない?」
「アタシの個性だし」
海緒はそう強がってみせるが、データが示す現実はむごいものである。海緒は青の魔術の適性は100を記録しているが、それ以外が壊滅的にダメなのだ。かろうじて緑の魔術が使えるか使えないかというレベルで、赤の魔術の適正に至っては0を記録している。つまり、海緒は青の魔術以外の魔術をまともに運用することができないということなのだ。そのせいか
「このピーキーさが目付けられてここに入れたのはいいけど本当は入学するのもままならないって感じなんだよね」
納得だ。そういえば私の能力はどうなっているのだろうか。確認していなかったので確認してみる。
「データ開示許可」
出てきたデータは、
「りんりんも同類ってことですな」
「そうだね……ってりんりん!?」
「んだよー、ダメかなぁ?」
「ちょっとビックリしただけだよ」
あだ名で呼ばれることに関しては抵抗はない。だが急に距離を近づけられるとたじろいでしまうことは理解して欲しい。
「じゃーりんりんだ。りんりーん」
「……早く寮に入りましょう」
海緒がからかうように私のことを呼ぶ。しかし、私はこうやってあだ名で呼ばれることに、どこか心地よい感覚を覚えていた。
結論から言うと、この四星寮には私と海緒以外の住民が存在しないことが判明した。ここ最近は
内部は二階建てで、エントランスの左右に個室がそれぞれ5部屋存在する。その他、生活するにおいて必要不可欠な設備は揃っていた。オンボロだけど。二階はエントランス部分がそっくりそのままホールになっていた。ほったらかすには惜しい建物であるが、それを独占してしまっていいのだろうか?
「いいんだよオンボロなんだから! しかしこれだけデカいと色々できそうだよねー」
「確かにそうだけど」
「というか管理人さんとか居ないのかな?」
確かに寮には管理人とか寮母とか、そういうお目付役が居るのが当然のことなのだが……管理人室を覗くが誰も居ない。代わりに、机の上にメモが置いてあった。
『何かあったらここまで(以下電話番号)』
交番かよ。
「あははははは! こりゃ本格的に学園から見捨てられてるね!」
「笑い事じゃないでしょ」
海緒はなんでもないと言わんばかりに快活に笑ってみせた。賑やかな同居人の存在は私にとっても心強いものである。
「じゃ、荷物整理したら歓迎パーティーやろっか!」
「二人だけで?」
「誰も祝ってくれないんだからアタシらで祝うんだよ」
「やけっぱちでしょ」
「バレた?」
「気持ちは分かるけどね」
二人で笑う。寮はオンボロではあるが、ここでの生活は楽しいものになるという確信を私は得ていた。
荷物を整理して二階に上がると、そこには既に海緒がスタンバイしていた。
「海緒、荷物の整理はいいの?」
「荷物ほとんど持ってきてないからオッケー!」
確かに滑走してきた海緒はかなり身軽な格好だった。カバンらしきものも通学用のカバンくらいか。教科書の類いも全部マナミールを用いた電子化が行われているおかげで通学カバンが軽いのはいいことだと思う。
「で、歓迎パーティーって何するの?」
「浅茅海緒プレゼンツ世界の名作映画シリーズ鑑賞会」
「意外とまとも」
大きなホールにふさわしい電子スクリーンの投影場所もあり、映画を見るという意味では確かにふさわしいものだろう。海緒はUSBメモリのようなものを取り出すと、それを展開していく。メモリだったそれは箱を解体していくようにどんどん大きくなり、最終的に小型のプロジェクター程度の大きさになった。
「りんりん、どれから見る?」
スクリーンには再生したい映画のリストがずらっと並べられている。並べれられてはいるのだが……
「……オススメは?」
「コバンドー」
パッケージには筋肉ムキムキのマッチョなお兄さんがどーんと占拠している。
「じゃあそれで」
「コバンドーはいいよー。見たら一瞬で虜になるから」
見かけによらずそういうものが好きなのだろうか? 映画が再生されるといきなり現れる筋肉、筋肉、そして筋肉。画面の肉密度にクラクラする中、海緒は楽しそうに叫んでいる。
「とんでもねぇ! 待ってたんだ!」
応援上映というものがある。女児向けの戦うヒロインのアニメの奴だとサイリウムみたいなのを振って力を送ってねーみたいなアレだ。海緒はアクション映画でそれをやっているのだ……!
話は進み、主人公のマッチョマンの娘が誘拐され、それを奪還するために動き出すというシーン。しかしこれだけのマッチョマンだと一つ一つの動作にキレがある。敵の一人の不意を突いて首の骨をへし折るシーンの手際の良さは圧巻だ。
それに何よりも台詞のキレが強い。海外の映画だと字幕版と吹替版があるものだが、この映画に関しては吹替版の方に軍配が上がる。
「……意外と面白いじゃん」
「でしょ!? でも面白いのはここから」
場面は変わって敵をカーチェイスで追い回しついに尻尾を掴んだシーン。
『お前は最後に殺すと約束したな?』
「『あれは嘘だ』」
「『うわあああああああああああ!!!!!!』」
海緒は完璧にハモってみせた。どんだけこの映画見てるんだ……? 勧善懲悪ものというのは分かるが、やはり濃厚な筋肉によるバトルシーンに圧倒されてしまう。
後半に差し掛かるともうやりたい放題だ。敵のアジトに侵入してからはもうマッチョマンの独壇場。敵の集団をたった一人でボコボコにしていく。銃器、ダイナマイト、ロケット砲と想像しうる銃火器のオンパレードでこちらにまで硝煙の匂いが漂ってきそうになる。
最後の方には海緒も押し黙って真剣に見ていた。ラスボスとのタイマンを制して無事にマッチョマンが娘を取り戻して映画が終わった。
「いい映画だったでしょ?」
「確かに」
話自体は勧善懲悪ベースという甲斐あって、主人公に対する圧倒的な信頼感がある。その中で、筋肉の躍動感溢れるバトルシーンを堪能する、いわゆる頭を空っぽにしながらでも見ることができるタイプの映画だ。それでいて記憶に残りやすいというのも良い。
「アタシこういうアクション映画が好きでね。あのメモリの中に入ってる映画は一つ一つが私の血肉になってるんだ」
その結果こんな血気盛んな少女が生み出されてしまったということか。
「アタシは強くなりたいの。他の人を護れるくらいの強さが欲しい」
「……」
これも記憶の欠片、なのか。私が好きになったという人は『護る強さ』の渇望を私に訴えていたんだ。
「あー映画見てたら身体動かしたくなってきちゃった!」
「ちょっとストレッチしましょうか」
「それだけじゃ面白くないよ」
海緒は怪しげな笑みを浮かべる。そして私に向けてビシッと指を差した。
「りんりん、
「
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