Interlude. Nocturne of Iris
入寮前夜、わたくしはベッドの上で今日の行為について羞恥の念に駆られる。さすがに口づけはやり過ぎたでしょうか? 華凜さんも恥ずかしがっているように見えましたし……
「それでも、わたくしは後悔しませんわ」
華凜さんには大切な人がいた。でも本人はそのことについての記憶を喪失している。いわば、まっさらな状態に書き換えられたということ。
「……わたくしはおかしくなってしまったのでしょうか」
華凜さんをわたくしの手中に収めたいという情念を抱くようになったのはいつからか。特訓をしたいと申し入れられた時? アイリス・キネマゼンタという存在を認めてくださった時? どれでもない。そんな雑念を抱いてしまったのは……
「あぁ、なんてわたくしは罪深いのでしょう……」
華凜さんが失った記憶、それは恋人との記憶だという。わたくしと同じ年齢でも、華凜さんはきっと宝石のように輝いていた日々を送っていたのだろう。そんな日々をわたくしは心の底では渇望していたのだ。
その存在になりたいと思ってしまった。喜怒哀楽を共にし、生涯を捧げたいと考えるようになってしまった。そんな人間として浅ましい愚かな情欲を満たしたいと。
あの時額にではなく唇に触れていたらこんな思索にふけることは無かったのだろうか? そのまま情熱に駆られるように愛の言葉を囁けばわたくしの手中に収めることができたのだろうか?
「それはない、ですわ……」
頭の中で何度シミュレートしても、望む結論に辿り着くことは無い。華凜さんはわたくしのことを親しい友人であると考えている。『友人』から『恋人』には大量の壁があり、その壁に阻まれることは容易に想像できた。
「……あまり考えていても仕方がないですわね」
結局この結論に至ったのはわたくしの選択。こうすることが現状での最善手であると考えたのもわたくしだ。だから今はこれでいい。『アイリス・キネマゼンタ』という存在を華凜さんが忘れさえしなければ、それでいいのだ。
かつての恋人との逢瀬を全て消されてしまった彼女に対しては、それはあまりにも大きな願い事だとわたくしは確信しているから。
「それに、これが永遠の別れという訳ではないですから」
同じ学園に通うのだ。自分の部屋を持つ者と寮に入る者。たったそれだけの違いだ。だから、まだ機会が完全に喪失してしまったわけではない。
華凜さんが使っていた短刀を掲げる。月の光が反射し私の顔を妖艶に映す。悲しさと恋慕の念が混ざった、なんとも言えない表情だった。
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