リアル過ぎるVRシミュレーションゲームはお呼びじゃない!

優麗

第1話 実績積んで人生詰んだ

実績の開放、それはゲームの中ではある種のコレクター要素として良い意味システムで用いられている。

と言うのも、ゲームとは大抵のもの・・・・・がクリアされることを前提として作られている事もあり、ただゲームをクリアするだけなら時間とそれなりの技術、または経験値があればできてしまうからだ。


そんなゲームに対し『クリアするだけでは、物足りない。』『もっとこのゲームをやり込みたい。』…そう考える者も少なくなかったのだろう。


更なる娯楽を追い求める人々により敢えてクリア難易度を上げる縛りプレイを始め、クリアするだけなら必要のないイベントさえもこなしていく…クリア以外の要素が発達するのも当然のことであった。


実績を開放していくことでそのゲームをどれほどやり込んでいるのか、つまりはそのゲームに対する熱意が分かると言ってもいいだろう。

今ではより取得条件の難しい実績を開放することが、同じゲームをプレイしている者へのステータスにさえなっている。


しかし、そんな実績作りも時と場所により、必ずしも良い意味になるとは限らない。例えばそう。それがゲームの中ではなくリアルだった場合…その最たる例が今、僕の目前で怒鳴り散らしている上司である。

そうして、話は現実へと着地する。

現実逃避、終わり。


「なんでこの程度の仕事がまだ終わってないんだって、俺は聞いてるんだよ!前はこの工期で出来ていただろうが!!」

「いえ、ですから…。」


これでこのやり取りをするのも何度目だろうか。

同じ事を何度も繰り返して、楽しい???そう思いつつも、そんな気持ちを表情にも声にも出したりはしない。

歯向かうのが怖いからでは無い。不満を表に出してしまえば、このやり取りにかかる時間がさらに増えてしまうからだ。

まあ、そもそも僕の表情筋は死に絶えているので表に出る心配はないんだけどね。つまり人としては心配だらけなのである。


「だーかーらー!言い訳は聞いてないんだって!楽しようとすんなって言ってんの!!」

「…。」


またそれか…言い訳でもなんでもなく、事実を述べているだけなんだけどなあ。僕は心の中だけで大きなため息をつく。聞く耳持たぬとはまさにこのことだ。


手短に説明すると、以前に同様の仕事を今日までの工期で終わらせてしまっていた『実績』があったがために、上司からこのようなお叱りを受けてしまっているわけである。

リアルの実績開放とは開けてはならないパンドラの箱だったのか…。もしかしなくてもリアルはクソゲーである。


尚、言い訳でもなんでもなく、実際に当時と現在とでは状況が違っている。

当時でさえ毎日のように残業し、時には泊まり込み、そのうえ休日を返上し、最終的には周りの人員に助けられてなんとか終わらせたのだ。それを当時より少ない人員でやれと言われても無理がある。


と言うか、この上司は当時の仕事が終わったあと僕が体調を崩して休んだことまでは覚えていないのだろうか???なんとも都合のいい記憶力だな。

休み明けに『体調管理が出来ていないなんて社会人としてたるんでいるんじゃないか?』と文句を言われたときに、「僕が体調管理できるようにちゃんと仕事の管理してくれませんか?」と言い返さなかった僕の忍耐力を褒めてもらいたいぐらいだ。あと弛んでいるのは僕じゃなくて上司のお腹です。



ただ……そうか。上司が言っていることは全てが全て的はずれな訳ではないのかもしれない。

仕事に対して楽をしようと、手を抜いていないのは断言できる。

しかし、当時と最も違うのは人員や環境などではなく…僕のこの仕事にかける情熱なのではないだろうか?その事に気付いてしまうと、僅かに残っていた熱がどんどん下がっていくのを実感してしまう。

この火種も再燃することはなく、あとは燃え尽きるしか残っていないだろう。


そうなってしまえば、その後に残るのは灰となった僕だけ。それはなんと言うか……嫌だなあと思う。


社会に出て初めての会社だったから、お世話になった恩はある。むしろ、その恩があったからこそ今まで辞めずに続けられてきた。

せめて受けた恩の分、会社に恩返しがしたかったのだけれど…その代償が灰になるでは割に合わない。僕にそこまでの奉公精神は備わっていない。

それによく考えたら入社してからの3年で十分に恩は返せているのではないだろうか。こちとら毎月残業300時間オーバーだぞ。有休?そんなのクソゲーリアルには未実装でしょ。



そんな心が揺らいでいる状況だったからこそ、上司が次に吐き出した『ヤル気がないならさっさと辞めちまえ!!』との言葉に対して、脳が思考するより先に僕の口は「はい、そうします。」と答えていたのだろう。

そうして、私物を全て回収した僕は翌日から晴れて自由の身になった。


思い立ったが翌日退社なので、仕事の引き継ぎやらなんやらは勿論、一切していない。社会人としてダメだとは思うが、人としてダメな人が上司なのだからもういいだろう。

上司から何度も電話が来ていたが無視だ、無視。


それにしても…仕事がなくなると驚くほど時間が出来てしまうものだなあ。これまで時間に余裕のない生活をしていたがために出来た時間を潰す方法が全く思い浮かばない。

暇なときってなにをして過ごしていたんだっけ?そんなことを考えながら室内を眺めていると、視界の隅に1つのゲームソフトが映った。


あれはそう、仕事を始めるまで僕がハマっていたゲームだ。


「そうだ、今ならあのパッケージが使えるし…あのゲームを実績全開放全クリしてみるか…?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る