第16話 少女の葛藤

「あー! もう! 何してるんだよ!」


 食事が出来たことを伝えて呼びに行ったのに、何故かいつも以上に来るのが遅いナハトに、アンジュはいらいらしていた。

 そして、ナハトのことをわざわざ気にしている自分を認識して、よく分からないような気持ちになっていた。


 何故、自分は直接の親の仇ではないとはいえ、吸血鬼に対してここまで気にかけているのだろう。

 本来なら、吸血鬼なんて、今すぐにでも滅んで欲しいぐらいで、現在自分を育てているナハトに対しても同様の願いを持っているはずなのだ。

 いや、実際にナハトを殺したい気持ちは本当だし、吸血鬼を全て滅ぼすという誓いには変わりはなく、今でもアンジュの胸中には母を殺していった吸血鬼を今すぐに殺しに行きたいと叫ぶ気持ちは存在している。

 しかし、いつからだろう、アンジュの心中でナハトを慕い始めている部分があるのも、悔しいことに事実ではあった。




 お父さんがいたらこんな感じだったのかな……。


 幼いころ、それこそ物心がついた頃には母と二人で暮らしていて、それはそれで幸せな日々を過ごしていたが、周りの家族を見て少し羨ましく思っていたのも否定できない現実だった。

 自分にも、父親が欲しかった、力強い背中に背負われて眠りについたり、自分の背よりはるかに高い、父の肩に乗せてもらって町を歩きたかった、そんな憧れを持っていたのだ。

 それでも直接、母親に父の存在を尋ねなかったのは、母親一人でも自分が幸せだと感じれるように、自分を愛してくれたからだろう。


 そんな憧れを持っていたアンジュは、自分の思い描いていた父親像とは異なるものの、厳しくも時には優しさの見えるナハトに対して、少しずつ慕っていくようになっていた。


 今、アンジュの目の前に広がる光景もその一端を表しているのだろう。

 食堂で椅子に座っているアンジュの目の前には、一人では到底食べきれないような量の食事が並べられていた。

 もちろん、それらの全てはアンジュによって調理されたもので、自分の食事の為だけならばこんな量はいらなかった。

 それどころか、ナハトは吸血鬼で、食事は必ずしも必要だというわけではないのだから、ナハトの分を用意するのは、ナハトが必要だと言わなければやる必要のないことなのだ。

 食事を摂ると言われても、別に魔物の血でもグラスに入れておいておけばそれで満足するだろう。

 それなのに、わざわざナハトの分まで食事を用意しているのは、アンジュは自分で認めたくはないことだったが、少しずつ慕い始めていることの証左であろう。


 慕っているからこそ、その相手に自分の作った料理を食べさせて、その評価を聞きたいところだし、一人で食べるのが寂しい、味気ないからと言って嫌いな相手と一緒に食べるぐらいなら一人で食べている方がよっぽどマシだからだ。


 とはいえ、自分ではまだそこまではっきりと自分の内情を言い表すことは出来ず、よしんば出来ていたとしても、自身の矛盾に苦しんでいただろうから、はっきりと分かっていないことがむしろ今のアンジュにとっては良かったのかもしれないが。



 それから少ししてナハトがようやく食堂に姿を現して、一緒に食事を摂りながら、アンジュは、自分がいずれ殺す相手だとしているナハトと過ごしているにしてはゆったりとした、落ち着いた雰囲気の中で時間を過ごすのだった。



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 今回はいつもより短いです、すみません。

 ただ、もともと今回の話は、前回のナハトの心境についての回があったならば、アンジュの回も欲しいと思って書き始めた話だったので、自分の中でもあまり膨らまなかったというか……

 二人の心境の変化とかを一回、ここで挟んでおきたかったので書いた話だったので、書く内容が少なくて短くなってしまいました……。

 本当はもっと詳しく、共感できるような描写を出来たらよかったんですけどね。

 それに関しては自分の技量が足りませんでした。


 そして、実は次回からは、数年後からの話になります。

 アンジュの幼年期と言いますか、小さいころのアンジュのお話はこれで終わりになります。

 もともと書き始めた時から終点は決まっていたので仕方ないことですが、思っていたよりも作品の長さが短くなりそうです。

 それでも、短い中でも全力で執筆していくので応援お願いします!

(書きながら思いましたが、このあとがき?は近況にでも書けばよかったですね。ちょっとだけ後悔してます)

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