第2話 吸血鬼、師匠になる
「ふわぁ……ん? 何だこの状況は」
ナハトが目を覚ますと、自分の周囲の状況がおかしいことにすぐに気が付いた。
ベッドで寝ていることには変わりは無いのだが、来ていた服はボロボロに、周囲は真っ赤に染まっていて、刃物や鈍器などがそこら中に転がっていて、まるで別の場所に寝ている間に移動したのかと錯覚するほどだった。
しっかりと自分の状況を確認していると、遠いところから足音が聞こえ始めた。
あまり早くはない動きで、足音と同時に金属の当たるような音が聞こえていた。
とりあえず、誰が来るのかは分からなかったので、こちらに来るなら何か知っているかもしれない、と思って少しの間足音の人物が部屋へと来るのを待っていた。
しばらくして姿を現したのは、つい眠る前に出会ったばかりのアンジュが様々な道具を持って部屋に入ってきた。
「おお、貴様か! 早速俺のところに来るとは、暇なのか?」
「何が早速だこの野郎! 最後に会ってから既にひと月は経ってるんだぞ!? その間何度も来てるのにいつまでも寝ていやがって!」
どうやら俺はひと月ほど眠っていたらしい。
確かに時の流れなど気にしていないからこれまでも何度かあったが、確かに外の景色が変わっていた。
眠りにつく前には確か緑生い茂る、気温も高かった時期だと覚えているが、今は既にある程度気温も落ち着いてきたのか過ごしやすくなっている上、部屋から見える範囲にある植物にも少し緑が落ち着いてきているように見えた。
「ひと月などさほど遠い昔の事ではないだろう? ……そう言えば人間は短命の生き物だったか、それならば最近とは言えんのか」
とはいえ、俺は自分でもどれだけ生きて来たのか忘れるほど長い時間を過ごしてきているのだから、ひと月など瞬きほどの時間でしかないのだが。
「ところで、この部屋の惨状は貴様の仕業か?」
そう言えば、本題はこちらだったと俺は口を開き、持って来ていた荷物を下ろして警戒しているアンジュに声を掛けた。
まあ、正直なところ聞くまでも無くこいつの仕業であるとは分かっているが、一応多少の説明は聞いておきたいのだ。
「……そうだ。このひと月、何度も何度も来てねている貴様に色々試していた」
「ふぅむ、無駄な苦労をするものだな。……今日もいい天気だな、よし散歩でもしようか」
外を見るとちょうど太陽も頂点に差し掛かろうかというタイミングで、雲一つない綺麗な空が目に入った。
そう言うが早いか、ナハトは寝所から身体を起こすと外に出る準備をし始めた。
「あ、おい! 勝手にどこに行くつもりだ!」
すると、アンジュは急に動き出したナハトに警戒しながらもいきなり立ち上がり動き出したナハトの後ろについてきた。
特に用も無く、そのまま放置して散歩に行くつもりだったナハトだったが、少しアンジュを見ていて気が変わった。
「ふむ、良いことを思いついた、貴様も連れて行くことにしよう」
「は!? ちょ、まて離せぇぇ!」
ナハトはアンジュの腰を抱えると、そのまま持ち上げて荷物のようにしながら城の外に出るため歩き始めた。
アンジュは当然何をされるのかと暴れていたが、ナハトは特に気にすることも無く先ほど思いついたことについて頭の中で考えながら軽い足取りで歩いて行くのだった。
「離せええぇぇぇぇ……」
「……ここらでいいか」
以前アンジュと出会った場所の周囲に何もない平原に到着すると、ナハトはようやく足を止めてアンジュを下ろした。
最初の頃は全力で暴れていたアンジュは、疲れたのか諦めたのかぐったりした様子だったが、下ろされるとすぐにナハトから距離を取って手に持っていたナイフを構えていた。
「……何をするつもり?」
「違う、ナイフの持ち方はそうではない、刃を外側に向けて逆手に持つのだ。ナイフは所詮ナイフ、力強く持ったところで臓腑には届かん。逆手に軽く持って、自分の隙を隠し、相手に気付かれぬように切り付けるためのものだ」
ナハトは早速先程から思っていたことを口にした。
その後も足の配置、力の籠め方、ナイフの振り方や扱い方について教え始めた。
「……本当に何のつもりだ、何のためにこんなことを」
なんだかんだと言われた通りにしながらもアンジュは怪しいものでも見るかのように問いかけて来た。
確かに説明をしていなかったな、とナハトは思い出し、自分で決定したことを口にした。
「貴様を育てることにした」
「……は?」
意味が分からないとでも言うような顔をして、硬直したアンジュを横目に、ナハトはそのまま話し続ける。
「貴様は弱い、それはもう、俺が少し小突いたら死んでしまうほどにな。だからこの俺が、俺を殺せるように導いてやろうと考えた。まずは身体の動かし方からだが、他にも俺の持つ知識、技術など全てを教え込めば、貴様はこの世で最強の存在になれるだろう、なんといってもこの俺こそがこの世の中で最強の存在なのだからな」
「……馬鹿にしてるのか! なぜ吸血鬼のお前が、殺しに来ている私を育てようとしてるんだ!」
その反応は当然だろう、ナハトの考えはあまりにも異質で、わざわざ自分を殺す存在を育てようというのだから。
とはいえ、ナハトからしても別に大したことのつもりはない、うまくいけばようやく自分の生を終わらせることが出来るのだし、そうでなくてもしばらくの暇つぶしになればいいと思っている程度のことなのだ。
「ふざけるな! 誰が敵の教えなんかを!」
屈辱極まりないとでも言いたそうな顔をしているアンジュを見ながらも、ナハトは分からなかった。
「何故そこまで怒る? その敵を超える方法を、敵本人が教えると言っているのだぞ? 享受したらいいじゃないか。屈辱? そんなものが復讐の役に立つのか? 本当に殺したいのならば、俺に教えを乞うことが一番の近道なのは明白だろう。そもそも、俺がやると決めたのだ、貴様に選択する権利など無い。大人しく俺に師事することだ」
敵に育てられるという事は屈辱なのだろう、しかし俺の言葉に反論することも出来ないようで、ただ睨みつけることしか出来ないアンジュを見ながら、ナハトは再び口を開いた。
「安心しろ、この世界最強、万能の俺様の持てる知識、技術の全てを伝授してやる。吸血鬼なんぞ他所事をしながらでも滅ぼせるように育ててやる」
そうアンジュに語り掛けるナハトの顔は、これ以上なく邪悪で、しかしこれ以上ないほどに自信に満ちた顔をしていた。
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ナイフの正しい持ち方、構え方は作者の勝手な想像で書いております。
実際の正しい持ち方とは違う、と言った指摘はして頂いてもいいですが、変更することはありません。
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