第15話
井口に呼び出されて、何だろう、またムチャ振りだろうかと怖々事務所に向かい、紗々芽は応接室へ通された。
扉を開けるとソファーに井口、その向かいに色葉が座っていて、思わずほっと息を吐く。
色葉がいるということは紗々芽へのムチャ振りではないだろうと安堵した。
ひらひらと手を振る色葉に手を上げて室内に入ると、色葉のポスターが以前とは変わっていた。
頻繁に変えているのか、今貼られているのはシャンプーのコマーシャルに出たときのポスターだ。
ジーンズに白いシャツとシンプルなぶん色葉の綺麗さが際立っている。
「おはよう紗々芽」
「おはよ」
ソファーに座りながら、肩にかけていた小さな白いリュックを下ろし膝に抱える。
「よく来てくれたね、今日は二人に発表があるんだ」
なにやら満面の笑みを浮かべている井口は、早く言いたくてうずうずしているようにも見える。
ちょうど明るい黄緑にピンクのハート模様のネクタイが、井口の心情を表しているようだった。
「二人のデビュー日が決まったよ。来週の『ミュージックミュージック』に出演だ」
「いっしゅうかんご」
思わず紗々芽は目を丸くした。
一週間後なんて伝えるのが遅すぎやしないだろうかと思う。
「せめてもうちょっと早く教えてくださいよ……心の準備が……」
「何言ってるんだい、緊張する期間は短い方がいいだろう」
あっけらかんと言う井口にそう言われればそうなのだがとも思うが、やはりデビューなんて紗々芽にとっては一大事だ。
心を落ち着ける時間が欲しかったと思う。
「それでこれが二人のデビューシングルだよ」
隣に置いていた白い紙袋から井口がいそいそと正方形のプラスチックケースを取り出した。
そこにはデビュー曲となる歌のタイトルと。
「『エヴァ』?」
白い背景に色葉と紗々芽が淡いイエローのワンピースで背中合わせになっている、以前撮った写真に見慣れない言葉がピンク色で書かれていた。
紗々芽がきょとりとまばたいたあと色葉に目線をやれば、色葉も初めて聞いたのか何度かまばたきをしている。
「ふっふっふっこれは二人のユニット名だよ。二人の名前に芽と葉が入っているからね、生命をイメージして生きるものという意味で『エヴァ』いい名前でしょう」
僕が考えたんだよ、と井口は鼻の穴を膨らませている。
紗々芽としてはなんだかややこしい理由だなあと思い、思わず半眼を向けてしまった。
色葉も似たような顔で井口を見ている。
二人の様子に井口は思った反応と違ったのか。
「あれ?どうしたの二人とも、いい名前でしょ」
自信満々だったのが少し声のトーンが落ちた。
思わず色葉と顔を見合わせてしまう。
どうせすでにその名前でシングルの発売準備もしているのだろう。
だったら特に何も言う事はない。
「そうですね」
「イイ名前です」
二人は示し合わせたように棒読みで答えたのだった。
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