第10話
色葉の気まぐれな行動は仕事に紗々芽が同行することによって、完全になりをひそめた。
おかげで現場の雰囲気が、井口いわくよくなったらしい。
仕事が前以上に入るようになって、色葉はもちろんだが紗々芽も多忙を極めていた。
基本的に土日は無いし、放課後も予定が詰まっている。
家が緩く門限を破るなんて事は避けられるので、それだけはよかったと紗々芽は思っている。
今では雑誌だけでなくCMにも引っ張りだこだ。
外を歩けば、本屋では雑誌が並び町中ではCMやポスターが目につく。
そしてそのたびに指を差されて声をかけられている。
学校でするように、にこやかに応じてはさっと会話を切り上げているが。
今日は大きなスタジオでの雑誌撮影だと聞いている。
カバーガールを務めたことのある三人が表紙を飾るらしくて、なんだか豪華だ。
打ち合わせがあるので色葉は先に現場入りしていて、あいかわらず場違いだなと思いながらおずおずと紗々芽はスタジオに入った。
広いスタジオのなかセットは真っ白で、その周りでスタッフが準備している。
モデルが気持ちよく撮影できるようにか軽快な歌が流されていて、風を起こすための大型扇風機なんかもある。
色葉がいないので、まだ控室かと入口の近くの壁際に立っていると。
「おはよう紗々芽」
入口から入ってきた色葉が真っ先に声をかけてきた。
薄い水色のシフォンワンピースに肩口までの長さの髪を左右で小さくまとめている、甘めなスタイルだ。
紗々芽がおはようと口を開きかけると。
「先輩に挨拶なしとか失礼じゃない?」
なかなかの声量で放たれた言葉にそちらの方を見やれば、少し離れた所に二人の女が立っていた。
よく見れば、見覚えのある顔だった。
口を開いた茶色い髪に白いシフォンワンピースを着た方がリツカ。
同じくリツカと向かい合っている黒いお団子のヘアスタイルにピンクのシフォンワンピースを着ているのが中島由美。
二人とも、色葉がデビューするまでよく本屋の雑誌コーナーやCMで見た顔だ。
最近はそういえば前ほど見かけていない気がするが。
慌てて色葉に挨拶するように促そうとしたが。
「態度悪かったのに仕事途切れないなんて枕でもしてんるんじゃないの」
聞こえよがしに笑いながら口にした。
「なっ!」
思わず紗々芽は絶句した。
確かに色葉の今までの仕事に対する態度は悪かったと思うが、それでもこんなところで堂々と悪口を言われる筋合いはない。
まして枕営業なんて、失礼にも程がある。
思わず文句を言いそうになった紗々芽の口を、そっと華奢な手が塞いだ。
「いいよ紗々芽」
まったくもってどうでもいいように笑う色葉に、うぐと紗々芽は口をつぐんだ。
ここで文句を言っても現場の空気が悪くなるし、何より色葉の付き添いだから紗々芽の態度は色葉への心証につながる。
色葉は手短に二人へ挨拶すると、さっさとスタジオの隅に紗々芽を連れて行った。
ぶす、と眉根を寄せた紗々芽の口元から手を離すと、色葉がしげしげと紗々芽を見やってくる。
「今日は珍しい服着てるね」
紗々芽の今日の格好はブラックジーンズにクリーム色の麻のブラウス。
しかしいつも黒、白、茶の紗々芽には珍しく、淡いラベンダー色のカーディガンを着ていた。
薄手のカーディガンのさらさらした表面を撫でながら、紗々芽が口元をほころばせる。
「へへ、『めぇめぇ』が期間限定でキッズラインの服を出したんだ」
「じゃあそれ子供服?」
色葉がことりと首を傾げると、紗々芽はうっすらと頬を赤くした。
「普段売られてる服はフリーサイズだから、あたしにはでかくて買えなかったんだよ」
ぷいとそっぽを向くと。
「それで嬉しくて着てきたんだ。可愛い」
可愛くないと言いかけたところで、撮影始めますとスタッフの声がかけられ紗々芽は口を開くのをやめた。
「あとで写真撮らせてね」
今から撮られる側なのにそんなことを口にしながら、色葉はセットへと入って行った。
それからは順調に撮影は始まった。
カメラのフラッシュがたかれるたびに、三人はポーズを決めて行く。
合間に何度もメイクや髪を直すというのを繰り返しているのを、紗々芽は目線で色葉を追っていた。
何度も見ている光景だが、トップモデルと並んでも負けていない色葉にあらためて紗々芽は感心してしまう。
スタジオに入って紗々芽の隣に並んだ井口によれば、今回はお揃いがテーマらしく、午前は雑誌内のページ。
午後は表紙の撮影だと聞いた。
表紙では三人お揃いのイヤリングをつけるらしいが、それがアクセサリー作家にわざわざ作ってもらった一点ものらしい。
一枚の表紙のためにすごい労力だ。
お金がかかっているなあと驚いた。
その後、昼休憩になりケータリングをご相反になった。
食べなれないものにあわあわしていたら、色葉がひょいひょい紗々芽の皿に盛っていきすっかり満腹になってしまった。
モデル三人は同じ控室なので、今は戻ってメイクを直しているはずだ。
「そろそろ撮影再開みたいだから、色葉ちゃん呼んできてくれるかな」
井口に言われて、紗々芽は控室になっている部屋へと向かった。
白い控室の扉をノックしようとすると扉がちゃんと閉まっておらず、隙間からはリツカと中島が見えてドキリとする。
さきほど文句を言いそうになった手前、顔を合わせたくないなあとそっと室内を覗き込むと。
「多々見川さんこれ捨てといてくれる」
リツカが色葉に茶色の小さな封筒を押し付けていた。
「よろしくー」
中島が機嫌よさそうに言って、モデル二人が扉の方へやってくる。
さっと開いた扉の影に隠れて二人が出ていったのを見送ると、紗々芽はするりと室内に入った。
「何渡されたんだ?」
紗々芽に気付いた色葉が、さあと興味なさげに押し付けられた封筒を見下ろした。
封筒の口はホッチキスで止められているから、中身が何かはわからない。
ただ封筒の中でチャリチャリと音がしたので、紗々芽は色葉の手の中にある封筒を見やった。
「アクセサリーか何かじゃない?」
封筒を揺らすと金属のぶつかり合う音がする。
「自分で捨てればいいのに」
紗々芽が文句を言いながらも、扉を開けて色葉を廊下へ促す。
スタジオに向かっている途中の廊下で、自動販売機とゴミ箱があったので色葉はそこへ封筒を捨てた。
そしてスタジオに戻ると、何故かその場は騒然としていた。
井口も眉根を寄せている。
そっと井口に近づいて、紗々芽は尋ねた。
「どうかしたんですか?」
「例の一点もののイヤリング三種類とも全部なくなったらしくてね」
井口の言葉に、思わずうわーと紗々芽はうめいた。
さきほどお金がかかっていると聞いたばかりなので、そりゃあ騒ぎになるよなと思う。
「結構な金額のアクセサリーだから、大事になってるんだよ」
どうするんだと周りの人間からスタイリストらしき人物が責められている。
紗々芽にはどうしようもないが、見ていられなくて騒ぎの方から視線をそらした時だった。
「多々見川さんがさっき、何かこそこそ捨ててたわよ」
突然の名指しにみんなの視線が一気に色葉へと集中した。
それを言ったのは、リツカだった。
「私も見たわ、やけに人目を気にしてた」
「イヤリング捨ててたよね」
中島も示し合わせたように、色葉をびしりと指差している。
「ちょっ、ちょっと待ってください。色葉ちゃんが」
「……確かに捨てたよ。あれ、アクセサリーだったみたいだし、イヤリングなのかもね」
井口が慌てて声を上げたが、色葉の冷めた声がそれを遮った。
その顔からはストンと表情が抜け落ちている
「ほら、やっぱり」
「なに?ここにいるみんなへの嫌がらせのつもり?あんた現場に迷惑かけるの好きだもんね」
色葉が肯定したことが意外だったのか一瞬ぽかんとしたが、モデル二人は鬼の首を取ったかのように色葉を糾弾し始めた。
今紗々芽が何か言っても、事態はややこしくなるだけだ。
何とかしろと井口の方を見れば、あわわと冷や汗をかいているだけだ。
(頼りにならない!)
胸中で叫び。
(さっきの拾ってくれば!)
思い立ったが、紗々芽はスタジオを飛び出した。
走って控室近くの自動販売機のところまで来ると、急いでゴミ箱の扉を開いて中のゴミ箱を取り出した。
しかしそこは空っぽで、どうやらゴミを集められたあとらしい。
「嘘だろ!」
慌てて辺りを見回してみると、ちょうどオレンジの清掃服姿の中年の女が青いカートを押して、角を曲がって行った。
「すみません!」
走って追いつくと、女が驚いたように目を丸くしている。
しかしかまわず紗々芽は。
「そこのゴミ箱の中身どれですか?」
自動販売機の方を指差した。
しかし女は困ったようにカートの方へ目線を動かすと。
そこには大きなビニール袋が何個も積まれている。
「この中のどれかに入れたと思うけど……」
「すみません、ちょっと封筒探させてください」
「それならこっちの燃えるゴミの袋に」
聞くなり、紗々芽はカートからゴミ袋をひとつ下ろして、縛っていた口を開いた。
中には昼食やトイレのゴミが詰まっており、悪臭がする。
一瞬、顔をしかめたが、紗々芽は躊躇なくゴミ袋に両手を突っ込んで探し出した。
そして、すっかり手やカーディガンがドロドロに汚れた頃。
「あった!」
三個目のゴミ袋で見覚えのある封筒を見つけた。
手に取ると、チャリと金属の音。
ホッチキスで止められている封を開けて中身を出せば、金色に縁取られた石に、複雑な模様の入ったイヤリングが色違いで三人分出てきた。
「あいつら」
ぎりと歯を鳴らして、とりあえず早く戻らねばと。
「おばさんごめん!ありがと」
心苦しいが、ゴミ袋をそのままに走ってその場を後にした。
スタジオに戻ると。
「どう責任取るつもり」
「この仕事降りるくらいじゃすまないわよ」
リツカと中島に色葉が詰め寄られていた。
色葉は何の表情もなく黙って聞いているが、スタジオ中の人間が何か言いたげに色葉を見つめている。
それに腹が立ち、紗々芽は大きく息を吸った。
「見つけてきました!」
紗々芽の声に、一斉にみんなの目がその小さな体に集中する。
イヤリングを乗せた両手を前に突き出すと、一瞬モデル二人の顔が苦み走った。
しかしすぐに顔色を元に戻してしまう。
「紗々芽!」
色葉にいたっては、先ほどまでの無表情が一転、顔色を変えて紗々芽に駆け寄ってきた。
「紗々芽、カーディガンが……手もこんなに汚れて」
「そんなことよりお前、ちゃんと濡れ衣着せられてるって言えよ」
朝、嬉しそうに着ていたカーディガンがすっかり汚れてしまっていることなど、今の紗々芽には心底どうでもよかった。
スタイリストが慌てて紗々芽に駆け寄り、イヤリングを受け取る。
間違いありませんとスタイリストが声を上げると、スタジオの中はほっと空気が和らいだ。
「とりあえず撮影再開しましょうか」
カメラマンが声をかけたが、紗々芽はモデル二人につかつかと詰め寄った。
「人を陥れるようなことして恥ずかしくないのか、謝れよ」
しかし二人は。
「なんのこと」
とシラを切る。
それに紗々芽がもう一歩近づくと。
「やだ近寄らないで」
「あなたこそ、その恰好恥ずかしくないの」
馬鹿にするように言われて思わず紗々芽はかあ、と赤くなった。
たしかに手もカーディガンもドロドロに汚れていて、それについては何も言えずにいる紗々芽だったが。
「あのさ」
急に口を開いた色葉が、いつのまに隣に来たのかぐいと紗々芽は肩を抱かれた。
「私が捨てたのは、ホッチキスで封をされてた封筒なんだけど」
そこで言葉を切ると、ひたりとモデル二人を怜悧な眼差しで見据えた。
「どうして入ってるのがイヤリングってわかったのかな」
「え……」
色葉の言葉に、中島がサッと顔を青くさせた。
その様子と色葉の言葉に、ざわ、とスタジオ内の空気が変わった。
「さっきはっきり言ってたよね、イヤリングって。封筒に入ってたし、私こそこそしてたんでしょう?よくわかったね」
「……ッ」
みんなの視線が今度はモデル二人に注がれる。
その目は先ほど色葉に注がれていたものよりも、冷たい。
二人のマネージャーが慌てて駆け寄っているが。
「紗々芽、カーディガン脱いで。手も洗いに行こう」
肩を抱かれたまま色葉に促されて、紗々芽は後ろ髪引かれる思いだったが、おとなしくスタジオを出た。
廊下に出て色葉が離れると、ついてきた井口が紗々芽に向かって破顔した。
「お手柄だよ甘滝さん!」
「はあ」
おたおたしているだけだった井口に、思わず生返事だ。
「それよりごめんね、同じもの買って返すから」
痛ましげにカーディガンを見る色葉に、言いづらそうに紗々芽は口を開いた。
「いやもう販売期間終わったから。いや、そんな絶望的な顔するなよ」
紗々芽の言葉にあからさまに落ち込んだ様子の色葉に、紗々芽は苦笑してしまう。
「今度何か奢ってくれればいいからさ」
「うん……」
しゅんとする色葉は、気位の高い猫が落ち込んでいるようで、仕方ないなあと紗々芽は笑っていた。
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