第8話
二人が事務所に入って一ヶ月ほどで、色葉は売上トップの雑誌の表紙を飾った。
色んな種類の雑誌に引っ張りだこで紙面を飾っている。
あいかわらず適当に返事しているが、学校でも前にも増して声をかけられるようになっていた。
そして、もともと華やかな外見だったのにさらにあか抜けていっている。
もうどこからどう見ても人気のトップモデルになっていた。
凄いよなあと思いながら、昇降口で紗々芽は傘を開いた。
色葉はときおり放課後、仕事が入るし紗々芽も学校が終わればすぐに帰るので、毎日一緒に帰っているわけではない。
色葉は不満そうにしていたが。
今日は紗々芽が教師に雑用を頼まれて、色葉が仕事だったので別々だ。
雨の中、茶色の傘を差して速足で歩く。
仕方のないことだが水が跳ねて靴を濡らすのが、紗々芽はあまり好きではない。
さっさと帰ろうと速度を速めたところで、少し先に見覚えのある後ろ姿があった。
「色葉!」
驚いて走ってその人物に追いつくと、やはり雨のなか歩いていたのは色葉で。
「あれ、紗々芽」
驚いたように色葉は声を上げた。
慌てて傘を色葉にかたむけるが、すでにその姿は全身ぐっしょりと濡れている。
「何してるんだ!あーあ、すっかり濡れて。それに仕事は?」
「中止だって。急に降ってきたからさ」
濡れて白い額にはりつく髪をはらう色葉に、紗々芽は白いハンカチを取り出して拭いてやった。
「ああ、もうこんなに濡れて」
傘をさらに傾けると、紗々芽の肩に雨の雫が当たるがそれどころではない。
「紗々芽、濡れるよ。私は大丈夫だから」
「大丈夫なわけあるか、うちに寄っていけよ」
ハンカチを押し付けると、紗々芽は色葉の手を取って歩き出した。
いつもは引っ張られるがわなので、立場が逆転している。
「紗々芽の家に?」
「このすぐ先だから。それとも色葉の家もすぐそこ?」
「いや、まだ先だけど」
「お前、前に自分の家が近いなんて嘘言ったな。うちのが近いじゃないか」
ジトリと睨むと、以前に紗々芽へ傘を押し付けたときのことを思い出したのか、ごまかすように笑みを浮かべている。
「とにかく行くぞ」
これ以上濡れないようにと色葉に傘を傾ければ、紗々芽が濡れると言われるので二人は肩を寄せ合いながら雨の中パシャパシャと足を速めた。
歩いて十分で紗々芽の家には到着した。
白い壁の、どこにでもある一軒家だ。
「ただいまー」
「おじゃまします」
玄関を入ると、紗々芽の母親がひょこと顔をだした。
紗々芽と同じ小柄な体と焦げ茶色の髪の毛だ。
「あらあら、ずぶ濡れじゃない」
「友達の色葉。シャワー貸してあげて」
「多々見川色葉です」
ぺこりと色葉がおじぎすると、ぽたりと前髪から雫が落ちた。
母親は一度タオルを取ってくると色葉の頭にそれをかぶせて。
「お風呂こっちよ、気にせずあがってちょうだい」
濡れた体で上がるのをためらう色葉に母親がうながし。
「ほら、早くシャワー浴びてこい」
紗々芽に背中を押されて、色葉はおずおずと靴を脱いで廊下を歩き出した。
「そこのドアよ」
「じゃあ、お借りします」
「ゆっくりでいいからな」
色葉を見送ると、紗々芽も自室に行き制服を脱いだ。
白い膝丈までのパーカーワンピースになると、台所へと降りる。
「お母さん、なにか温かいものある?」
「紅茶でいいかしら」
「うん」
カチャカチャと木目のトレーに二人分の紅茶を準備していると。
「上がりました。ありがとうございます」
色葉がほこほこと湯気を上げて台所へと顔を出した。
まだ五分程度しか経っていないのにだ。
「もう上がったのか?」
「あらあら、ちゃんと温まった?」
娘と母の言葉に、色葉はおもはゆそうに笑みを浮かべた。
「大丈夫、温まりました」
「ならいいけど。悪いな、あたしの服じゃお前に合わないから兄貴ので。ちゃんと新品だから」
「大丈夫、気にしないから」
黒いパーカーに黒いジャージ姿の色葉に謝ったが、色葉はにこりと笑みを浮かべる。
「はい、紅茶の準備出来たから飲んで。それにしても紗々芽がお友達連れてくるなんて初めてだわ、それもこんな綺麗な子」
「お母さん!」
ころころと笑う母親に紗々芽はそんなこと言わなくていいからと、トレーを持つと。
「色葉、こっち」
自分の部屋へと歩き出した。
その後ろを色葉が機嫌良さそうについてくる。
「紗々芽の家に来たの私が初めてなんだ」
「あんまり休日に友達と会ったりしないからな」
「うれしい」
にこにことする色葉に、何がそんなに嬉しいんだと思いながら紗々芽はトントンと階段を上がって自室の前まで来た。
そして扉のドアノブに手をかける前に。
「いいか、笑うなよ」
「紗々芽の部屋を?」
「そう、絶対だからな」
念を押すと、紗々芽はガチャリと扉を開いた。
その部屋はとても可愛らしいものだった。
家具はすべて白く、ロマンティック調。
所々に『めぇめぇ』の小物などが置かれている。
カーテンもレースの真っ白なものが窓辺を飾っている。
床に引いてあるラグだけがペールピンクで、たいへんガーリーな部屋だった。
「わあ」
驚いたように色葉が声を上げるのを背後に聞きながら、紗々芽は白いローテーブルにトレーを置いた。
「可愛い部屋だね」
「……正直に似合わないって言っていいよ」
「そんなことないよ、あ、羊」
ローテーブルに置かれているいつかのマスコットキーホルダーを見て、色葉が大事にしてるねと柔らかく笑う。
とりあえず笑ったりからかわれたりされなかったことに紗々芽はほっとして、白いクッションを色葉に手渡した。
それを受け取り、色葉がクッションの上に座る。
「ほら、体の中から温めとけ」
紅茶を差し出すと、それを両手で受け取り色葉が口をつける。
それを見やって、紗々芽は自分の分には砂糖とミルクを入れてカップを持ち上げた。
「あ、そういえば井口さんに貰ったんだけど」
紗々芽は紅茶を一口飲んでソーサーに戻すと、白い棚の中から一冊の雑誌を取り出しテーブルに置いた。
「あぁ」
それを見て色葉が興味なさそうに見やる。
その雑誌の表紙は色葉だった。
白いタンクトップに白いオーバーオールの色葉が、柔らかく笑っている。
色葉の初めての仕事だからと、井口がわざわざ郵送してくれたのだ。
「いきなり表紙なんて凄いな」
「たいしたことじゃないよ」
こくりとまた一口。
人が聞いたら何を言っているんだと言われるだろう。
けれど色葉がもともとモデルに興味いないことはわかっているので、紗々芽はそっけない返事にも特に気にしない。
「それにしても本屋で並んでたのを見たときはびっくりした」
「そうなんだ」
「かわいく撮れてるな」
何気なく口にすると。
「本当?」
色葉がことりと首を傾けた。
まだ少し湿っている髪から、ふわりとシャンプーの匂いが香る。
頬はまだ蒸気していてピンク色だ。
「うん、いいと思うよ」
「ふうん」
紗々芽の言葉に色葉は何かを考えるように、顎に手を当てた。
「これならみんなファンになるな」
「紗々芽は?」
悪戯っぽく笑うと、色葉がカップをソーサーに戻して訪ねてきた。
「うーんなるかもね」
「なるって言ってくれないんだ」
「すねるな、すねるな」
「でもありがと」
わざとらしく音を立てて色葉が紗々芽の頬にキスをした。
「こら!」
突然の行動に慌ててキスをされた頬に手をやり思わずたしなめたら、色葉はおかしそうに声を上げて笑っていた。
そんな言葉を交わしたのが二週間前だ。
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