第四章 ちゅうせいしぼう! (途中で何度も挫折しかけたけど、ここまで頑張ってこられた理由は、みんなの声援と支援と希望!)

運命の日!

 運命の日がやってきた。

 この日を逃せば、ダイエットは失敗となる。

 それだけではない。世界は魔王に破壊されてしまうだろう。



 セリスの表情にも緊張が走っているのがわかる。事の重大さを理解しているのだ。


 苦手な食べ物も克服でき、雷漸拳のトレーニングでも音を上げなくなった。

 マスターしているとは言わないまでも、セリスは着実に、やせてきているはず。


 絶対に大丈夫だ。そう確信して、セリスを迎える。


「本当に、大丈夫なのか?」

「信じたいですわ」


 不安げに、セリスの両親が問いかけてきた。


「これまで、セリスさんは泣き言を言ってきませんでした。ここまでやったんです。何かしらの成果は出ているかと。お嬢さんを、信じてあげて下さい」


 ライカは、両親の心配を払う。


「さあ、乗って下さい」

 ライカが、セリスの手を取った。


 セリスの足先が、体重計に乗っかる。


 体重計の針が傾く。


 怖くて針を直視できないのか、セリスは目を瞑っていた。


 どうか無事に減量できていて欲しい。


 これで針が規定値に達していれば、全てが終わる。苦しかった日々から解放されるのだ。


 このフラストレーションを全て魔王にぶつけて、腹一杯、気が済むまで食べるのだ。


 セリスの気持ちを乗せて、針はカタンと動いて、止まった。


 期待に胸を膨らませ、目を開く。


 喜びの予備動作をするかのように、頬の肉が引きつる。 


 しかし、針の動きは、セリスの想像を裏切った。



「全く、変わって、ない……」

 ライカは、愕然となる。



「そんな⁉」

 セリスの瞳から、光が消えた。



 倒れそうになったセリスの背を、ライカは持とうとした、その時だ。

 まるで弾かれたように、セリスは家を飛び出した。


「待って、セリスさん!」

 急いで、ライカも後を追う。


 どこにもセリスの姿がなかった。

 ライカの俊足をもってしても、居場所が分からなければ探しようがない。


 セリスを探し、ライカは、散々歩き回った。


 露店が並ぶ市場、行きつけのジェラート屋、温泉にも顔を出してみたが、どこにもいない。


 テトたちにも協力してもらい、方々を探し回る。しかし、成果は得られない。


「いったい、どこへ行ったのか……」

 一度屋敷に戻って作戦を練る。


「待って下さい。闇雲に探しても無意味かも知れません。ここは一度、セリスさんの行動原理を確認しましょう。セリスさんが落ち込んだとき、いつも立ち寄る場所とかはありますか?」


 セリスの父親に尋ねてみた。


「そういえば、この近くに丘があって、もう使われていない寺院があるんです。昔、米作などの東洋文明が渡ってきた名残なんですけど」


 それは、ライカも覚えている。そこにセリスがいる可能性は高い。


「行ってみましょう」


 ◇ * ◇ * ◇ * ◇


 丘には、草むらに隠れた石段があった。


 ライカは、セリスのプラーナを追って、石段を登っていく。


 もう使われていない寺院の前に辿り着いた。

 寺院と言っても、天井のない石畳の広場だ。

 苔むした寺院の柱が倒れていた。

 屋根なしの寺院は、どことなく異国風の雰囲気が漂う。

 長年に渡って風雨にさらされていた為か、あちこちの損傷が酷い。


 この付近は、ライカも見覚えがあった。

 かつてこの地を訪れたとき、修行場として利用していた場所である。



 セリスは、石畳が敷き詰められた広場にいた。

 一人、膝を抱えてしゃがみ込んでいる。俯いて、ため息をついて。



「セリス!」と、母親が慌てて飛び出そうとする。


 あのポーズは……。セリスの様子に、ライカは見覚えがあった。


「奥様、待って下さい!」と、テトの手がセリスの母を遮る。テトも気付いたのだ。彼女が何をしているのかを。


「あれは、玉子のポーズです。それから」


 セリスは両脚を後ろへ伸ばし、上体を反らす。

 今度は、片足だけ後ろへ伸ばし、片方のヒザは曲げる。


 落ち込んでいるのでは、ない。

 セリスは、ちゃんと前を向いているのだ。


「雷漸拳のストレッチ中だったんですのね?」

「うずくまっているにしては妙なポージングだと思っていたんです」


 ダイエットに失敗したセリスは、逃げたのではない。

 少しでもやせようと、トレーニングの為にやってきたのだ。


 ライカはそう確信した。


「セリスは、まだ諦めてはいないのね……」

 セリスの母親が涙ぐむ。


「ボクが行きます。みなさんは先に帰っていて下さい。テトさん、奥様をお願いします」

 人払いを終え、ライカはセリスの前に姿を現す。


「やっぱり、この場所にいたんですね」

「どうしてここが?」


 ライカの顔を確認して、セリスが振り返る。


「ここだと思っていたんです。ここは、キャスレイエットの中でも絶景なので」


 この寺院は、聖女領を一望できる丘の上にある。

 夕方の時間になると、全てがオレンジ色に溶けて一体化するのだ。

 その景色は非常に幻想的だ。


 このような橙に染まる街の風景を、子供の頃に見に来たことがある。


 思い出させてくれたのは、セリスだ。


「そうだったんですか」


「わたし、昔から剣術もお勉強もダメで、聖女になんか向いていないって思ってたんです。そんなグズで情けないわたしが聖女に選ばれて。やせなきゃいけなくて、頑張らないとって。だけど、結果はこのザマで。やっぱりわたし、ダメですね。聖女失格です」


「そんなことはないんです。あなたは十分立派です。人の為に戦い、人の為に生きることをあなたは選んだ。その発散法が食べることだったと言うだけです」

 ライカは、セリスを励ます。


「そのせいで、皆さんにご迷惑を。期日にも間に合わなかったし」

「誰も、あなたがやせないことを責めたりしません。迷惑であれば、あなたはとっくにキャスレイエットから追放されているはずです」


 魔王討伐など、一人でしていればいい。

 面倒事を起こすなら余所でやれ、と、心ない言葉が突きつけられていたはずだ。


「ですから、あなたが無理をして国を憂い、気遣う必要はないんです。彼らには彼らの人生がある。あなたは、あなたの人生を生きるべきだ」


 気がつけば、セリスの顔が近いことに気づく。


「あ、あの、ライカさん?」


「え、あ」

 無意識に、セリスの肩を両手で強く掴んでいた。


 突き飛ばしそうな勢いで、手を離す。


「ライカさんっ」

「す、すいません。口が過ぎました」


 途端に、ライカは顔を伏せた。

 修行僧である身の自分が、何を説教しているのか。

 そういうのは神や仏の仕事だ。


「実はですね、当時のボクは太っていたのです」

 ライカがセリスに、写真を見せた。


 今のライカとは似ても似つかない、丸々と太った少女が写っている。

 そのサイズはもはや、少年と言ってもいいくらいの。


「これが、ライカさん?」

「そうです。身長はこの年頃の女子ほどでしたが、体重は、平均の三倍はありました」


 自分にも、堕落していた日々があった。

 それが悪いとも思わずに過ごしていたのを思い出す。


「昔、ボクの家は偉い貴族でした。ごうつくばりの家系で、民にも圧政を敷いていました」


 しかし、堕落した体制が災いして、家が没落した。

 ライカは精神修行のため、雷漸拳の師範の元へ修行に出されたのである。

 六歳の頃だったか。


「ボクも、雷漸拳を覚えるまでは、師匠に対して文句ばかり言っていましたよ」

「本当に、ライカさんが?」

「お恥ずかしい限りです」


 決して立派な人間ではない。

 人に言わせれば、ワガママで惰弱なクズだった。


「この丘を見つけたのも、師匠の目を盗んで買い食いしようとした最中だったんです」


 とはいえ、甘納豆しか買えなかったのだが。その頃からの好物である。


 セリスが、信じられないという目でライカを見る。



「ボクはそこで、天使を見ました」

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