セリス 対 スライム

「どうなされたので⁉」

 あまりに予想外の展開だったので、ライカも驚く。


「心配無用。このスライムゴーレムと着る毛布は、ワシのプラーナと連動しておるでのう。ゴーレムにダメージが通ると、ワシのプラーナにも影響が出るようじゃのう」


スライムにダメージを与えると、カメリエに反動が来るらしい。


「それじゃあ、ゴーレムを倒したら素っ裸になるじゃないですか⁉」

「ワシ自身に傷がつくのではないでのう。服もプラーナが回復すれば、また再生できるよってに」

「そうですか。ご安心ください。幸い、ここは回復温泉のそばです。回復したくなったらご入浴ください」

「そうさせてもらおうぞ」


 安全だと分かると、セリスはスライムに一礼してパンチを叩き込む。


「スライムさん、痛いですか?」とセリスが言うと、プルプル小刻みに振るえた。痛くはないらしい。

「ふむ……」


 気むずかしそうな表情を、カメリエが浮かべた。


「どうなさいました、カメリエさん」


「いやのう。ちょっとセリス殿の様子をのう」


 ライカは、セリスに目を向ける。


 へっぴり腰気味に、セリスは拳をスライムにペチペチ叩き込む。

 その度に「ごめんなさい」と何度も繰り返す。


「スライムにまで気を遣うとはのう」


 セリスにはそういう一面がある。セリスの拳には、思い切りが足りない気がしていた。

 憎くもない相手と戦えない気迫の弱さ。人を傷つけることを極端に恐れている感じがする。


 セリスとテトは、向かい合ってパンチを打ち込む。


 ようやくセリスが、本気を出し始めた頃だ。


「おお、この感触は!」

 水袋のような弾力を、テトが揉みしだく。


「まさしく、おっぱい……」

「話せるのう。そうじゃ。この感触を出すのに苦労したわい」

「ふむふむ、完璧……」


 テトとカメリエが、オッパイ談義を始めてしまった。


 そこまで言われたら、少し気になる。


 自然と、手が勝手に動き出す。


「もう、何を考えてるんですか、ライカさん!」


 一心不乱にパンチを叩き込んでいたセリスが、急にスライムの脇から顔を覗かせる。


「いえ、ボクは何も⁉」

 セリスに窘められ、ライカは手を引っ込めた。

 頬を膨らませるセリスに、弁解する。

 別にやましい考えなどないのだが。


「ライカさんのエッチ!」

 強烈なボディーブローを、無意識ながらスライムに叩き込む。


「おっと」

 カメリエの胸元が、少し破れた。


「あわわ。ごめんなさい!」


「構わんよ。人に肌を見られるのは気にせん」


「でもでも⁉」


「ええから続ければよい」

 カメリエは、まったく気にしない。


「蹴りも追加してみましょう。腰に回転を加えて。捻ることを意識して下さい」


 テトがローキックを叩き込んだ。こういう時のテトは、ためらいがない。


 その様子を、セリスが憧れも眼差しで見ている。負けじと思ったのか、セリスも腰をひねった。豪快な足払いを繰り出す。


 脚が反動で跳ね上がる。


「きゃん」と声を上げて、セリスが転倒しそうになった。


 これでは、固い地面に尻餅をついてしまう。


「おっと」と、ライカが身体を貸す。


 ライカの方が尻餅をついたが、セリスは幸い無事だった。


「おケガはありませんか、セリスさん」

「あ、あわわわ」

 どういうわけか、セリスは口をパクパクさせて、硬直していた。


「ライカ殿、それはいくらなんでも」

「おお、なんとも奇っ怪な現象。これが主人公時空という奴かいのう?」


 テトは呆れ顔になり、カメリエはニヤついている。


 ライカは、二人の視線の先を追った。


 視線はライカの手の位置に集中している。厳密には、ライカが掴んでいるモノに。


 やけにスライムと同じような感触に触れていると思った。

 当のスライムはライカとセリスの前方にいる。触れようがないはずだ。

 しかし、確かにライカの手には、スライムと同じ弾力のある物体が手の中に。


 その物体はほどよい弾力があり、スライムにはない温もりがある。


「まさか」

 ライカは確信した。自分はセリスの胸に触れているのだと。


「ほあああああ!」

 飛び跳ねるようにライカから離れ、自分の身体をかばう。


「し、失礼!」

 ライカの顔面に、セリスの平手打ちが飛んできた。


「すみません、手が勝手に」

 倒れたライカに、セリスが手を差し伸べてくる。


「いえ、当然の反応かと」

 セリスの手を掴み、引っ張り起こしてもらう。


「やや、眼福眼福。ではセリス殿、ワシと実戦とまいりましょうかな?」

「魔女様とですか?」

「左様ぞな」


 ただし、戦う相手はスライムである。


「そんな。魔女様と戦うなんて」

「敵は待ってくれぬぞい」


 カメリエが、杖をスライムにコツンと当てて、更に魔力を流し込んだ。


 力こぶを作って、ポヨンとダッシュした。強烈なタックルを、セリスに見舞う気である。


「モップ!」

「はい!」


 腰を落とし、セリスは衝撃に備えた。

「はあっ!」

 インパクトの瞬間、カウンターで正拳突きを食らわせる。


「ほっほー」

 カメリエのフードが、吹っ飛んだ。人間の頭だったら一大事である。

「さすが聖女殿じゃ。これだけの力を引き出せるかえ」


「そんな。わたしはただ、ライカさんの教えに従ったままで」

「それだけで、ここまで強くなるとは。恐ろしいのう」


 セリスの脇腹に、スライムの打撃が入る。

 ただし、当てただけ。


「あれ、痛くな……いいっい⁉」


 スライムに攻撃されても、ダメージが入るわけではなかった。

 しかし、水着の面積が薄くなっていく。


「水着が肩代わりしてくれたのじゃ」


 痛みを与えない代わりに水着が溶ける魔法を、スライムに施したのか。


「ボクがフォローします。セリスさんは、回避に専念して!」

「は、はいい!」


 ワンツーが、スライムから飛んでくる。


「基本は回し受けで!」


 ライカの指示通り、セリスは動く。防御できている。


 もどかしい。ライカなら一撃なのに。


 しかし、ライカの全力を与えても、服が多少破れただけだった。

 魔女カメリエ、美闘士はじかじった程度だといっていたが、相当の実力があるようだ。

 なにより、攻撃はロクに教えていない。



 だが、待てよ。



「セリスさん。おっぱいを狙って!」


「はあ⁉ 何をおっしゃって⁉」

 顔を真っ赤にしたセリスが、振り返った。


「ほら、攻撃が来ますよ!」


「わわ!」

 身体をのけぞらせて、セリスは回避する。が、わずかにかすってしまった。


「ちょちょ!」


 水着のヒモが、ほどけそうだ。


「スライムの弱点は、おっぱいです! おっぱいに一撃を!」


 わなわな、という音が、セリスから聞こえてくる。


「ライカさんの、ばかーっ!」


 オッパイを狙ってのハイキックを、スライムに食らわせた。


 前蹴りを浴びて、スライムがライカのいる方角へ吹っ飛ぶ。


「ぶっぺ!」

 せっかく、セリスからの攻撃だ。甘んじて受ける。


「大丈夫ですか、ライカさん⁉」


 大慌ての様子で、セリスとテトがライカの元へ。


「平気ですよ、このくらい」


 ライカは、スライムを片手で持ち上げる。


 スライムの背中が、不自然に曲がった。

 弾力のあったゴーレムは、緑色の液体に戻ってしまう。

 ドロドロの体液を、ライカはまともに浴びてしまった。


 と、いうことは……。


「お見事!」

 カメリエが、全裸になってしまう。


「えっ、ちょ!」

 ライカが慌てて、腰布をカメリエにかぶせた。


「どうしたんです⁉ セリスさんの攻撃は、それほどでもなかった気が」


「そうなんじゃ。実際、セリス殿のキックはそこそこのダメージしかなかった。じゃが、テト殿の攻撃も浴びておったし、ライカ殿が」


 全力の掌打をスライムに与えたことを、ライカは思い出す。


「すいません。カメリエ様の痴態は、ボクのせいですね」

「なんのなんの。美闘士たるもの、このくらいは慣れておかねば」


 カメリエは笑っているが、魔力切れの状態で魔物に襲われては。


「回復用のお風呂があります。今日は休んでください」

「ありがたく、湯をちょうだいする」

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