スライムゴーレムとスパーリング

 本格的な格闘訓練を開始してもいいと判断したライカは、ゲストを招く。


「ん、どうしたよ? ドーンと来てくれていいんだよ?」

 スパーリングパートナーには、ドミニクが名乗りを挙げてくれた。


「え、ええ。そうなんですけど」

 ところが、セリスは防御ばかりで、攻撃しようとしない。


「セリス殿が行かぬなら、私が」

 テトは、積極的にアタックを掛ける。


「ふん!」

 上腕で、ドミニクはテトのキックを受け止めた。


「いいキックだね! なにか、特殊な訓練でもやってきたみたいだ!」


「特に何も」

 本気の打撃を、テトは繰り出す。


 しかし、肝心のセリスはへっぴり腰のままだ。彼女が強くなってもらわないといけないのに。


 強い打ち込みは、血液の流れや筋肉の働きをよくする。

 活性化した筋肉を手に入れれば、休んでいても脂肪を燃焼してくれるのだ。


 できれば、本腰を入れて取り組んでほしいのだが。


「アタシが怖いかい?」

「そんなつもりでは」


 一八〇センチを超える身長に圧倒された、という雰囲気ではない。

 どこか遠慮が見える。


「アンタが来ないなら、こっちから来させてもらうよ!」


 豪腕が、セリスに振り下ろされた。ライカが放つより数倍威力のこもったパンチが。

 教えたとおり、セリスは受け流す。水中トレーニングの成果が出ているのだ。


「やるじゃないか! そんなにセンスがいいなら、打撃にだって真剣にやれば」

「それが、できないんです」

「なぜだい?」

「傷つけるのが、怖いです」



 セリスの弱点は、この優しさである。

 誰かを傷つけたくないばかりに、手加減してしまうのだ。



「アンタなんかにボコられるほど、ヤワじゃないさ。思いっきり叩き込みな!」

 ドラミングのように、ドミニクは胸をバチンと叩いた。


「ほら、この両腕に打ち付けるつもりで」

 ドミニクは右手を縦に、左手を横に構える。


「えいえい!」

 セリスは意を決したらしい。

 パンチやキック、手刀をドミニクの腕に当て続けた。

 顔を狙わないなら、手加減はしないようだ。


「そうそう。なかなか鋭い攻撃ができるじゃないか! 聖女のトレーニングをしてきただけあるね!」


 拳やケリを受けながら、ドミニクが感想を述べる。


 それでも、打ち込みが弱い。


「もっと力を込めて大丈夫です。でないと、脂肪が燃焼しません」


 やはり、まだ心の弱さが残っているようだ。


「アンタも、不意打ちが卑怯だなんて思わなくていいから!」

 背後から攻撃するかためらっていたテトに、ドミニクが呼びかける。


 作戦を見透かされていたテトが、苦し紛れに攻撃した。


 ドミニクは、膝を曲げただけでテトのパンチを受け止める。

 反撃の足刀を繰り出した。


 身体をのけぞらせて、テトは回避する。

 が、体操着が破れてしまった。


 スパーリングを終了して、反省会に。


「セリスさまは、自信がなさすぎだねぇ。相手をブチのめすつもりでないと、相手にも失礼なことがある。拳を交えないとわからないことだって、あるんだ」


「はい」

 セリスは落ち込んでいる。


「テトっていったかい? アンタはたしかに筋がいい。打撃になんのためらいもないから、武術の心得があるのはわかる。けど、大振りすぎだ。セリスさまとは逆で、自信家なところはないかい? もっと危機感を持ったほうがいいね」


「助言、感謝する」

 テトはずっと、自分の手を眺めていた。自分に足りないものを吸収するかのように。

 

 

 トレーニングを終えて、ライカはひとり買い物へ行くと出かけた。

 二人にはストレッチとプチ断食を行ってもらう。


 その間に、ライカはとある人物に相談をしに行く。


「おやおや、誰かと思えば」

「先日は、ありがとうございます」


 ライカが知恵を借りに来たのは、魔女カメリエである。


「ワシはダイエットに関しては、お主に遅れを取っておるぞよ」

「いいえ。今回ご相談したいのは」


 ライカは、事情を説明した。


「どうにか、なりませんか?」

「実験的に作ったええもんがある。待っておれ」

 


  ◇ * ◇ * ◇ * ◇



 翌日、トレーニングの場にカメリエが現れる。


「どうも、魔女様お茶をお持ちします」


 てっきり顔見せだと思って、セリスは部屋へ行こうとした。


 ライカは、慌てて止める。


「いやいや。今日は別の用事で来たのじゃ。ライカ殿に呼ばれてのう」

「あの、魔女様? いったいなにを?」


「スパーリングじゃ」


「え⁉」

 セリスが、驚きの声を上げた。


「もしかして、魔女様も美闘士だったのですか⁉」

 カメリエは、セリスの質問に手をヒラヒラと振る。


「たしかにワシは、美闘士の心得もある。じゃが、今回戦うのはワシじゃない」

 フラスコを一本だけ、カメリエは道具袋から取り出す。


「お主らの相手をするのは、これじゃ」

 言いながら、カメリエはフラスコを揺らした。緑色の粘っこい液体が中に入っている。


「それは?」

「まあ見ておれ」


 セリスへの返答もそこそこに、カメリエはフラスコの中味を地面へ零す。


 液体は意志を持っているかのように、ブヨブヨと動き出した。


 テトは興味深そうに間近で見つめる。


 セリスは怯えながら、ライカの後ろに隠れた。


 カメリエが呪文を唱え、緑色の液体に向かって杖をかざす。


 杖から放たれた光が、液体に降り注ぐ。


 ブヨヨヨ、という粘り気のある音を発し、液体が巨大化した。人間の身体よりも大きく成長した。さすがに天井までは届かないが、それでも大した巨大さである。


 立方体がいくつも重なったスライムが誕生した。

 人間の姿に切り取った緑色のこんにゃくを連想させる。


「スライムじゃ」

 緑色のゼリーがピョンピョンと跳ねった。

 まるで、挨拶をしたみたいに。


「スパーリング相手が必要かのうと思って作ったのじゃ」

 カメリエが腰に手を当ててのけぞる。


「これを相手に、組み手をしろと?」

「左様。テト殿はともかく、セリス殿は人間が相手じゃと手加減してしまうじゃろ?」


 力なく、セリスはうなずいた。


「実は、そうなんです」

 ライカも同意する。


 ここ数週間で、スパーリングの成果に差が出てきていた。

 テトは積極的で、スパーも激しい。

 しかし、セリスはどうも全力で来てくれなかった。

 こちらは、これでも美闘士だ。手加減など不要なのに。


「多少の意識を植え付けているので。簡単な意思疎通くらいならできるぞい。あと、此奴からは攻撃はせぬ。打ち込むだけじゃ」


「それだと、可哀想ですぅ」と、セリスが抗議する。


「心配はいらぬ。攻撃は受け付けぬ。その為のスライムじゃ」


「では、遠慮なく」

 試しに、ライカがスライムに拳を打ち込んだ。軽くジャブを。


 まるで、水袋のような感触だ。思ったより不快感はない。


「連続で打ち込みますよ!」

 容赦なく、回し蹴りやボディブローを叩き込む。


「顔も?」

 六面体の顔に拳を打ち込むか、ライカは一瞬ためらう。


「OKじゃ。こやつに顔などあってないようなものじゃ」

 カメリエから許可をもらえた。相当の丈夫さがあるらしい。


 ベタ付く感触もなく、手首も痛めないように弾力も考えられている。


「これなら、浸透勁も!」

 ライカは、体中のプラーナを練り込む。

 久しく全力を出してこなかったが、これだけ柔軟性の高いスライムなら。


電光パンチフングル・プヌグス!」

 電気を帯びた掌打を、スライムへと打ち込んだ。

 拳を電気で加速させ、さらに雷属性のプラーナを相手に流す。

 スライムゴーレムの身体が、大きく跳ね上がる。


「しまった、強すぎたか?」


 勢い余って、ゴーレムを破壊してしまったかと思った。


 しかし、波のように上下しただけで、ゴーレムは無事、原型を保つ。


「おりょ?」


 突然、カメリエの着る毛布がビリっと破れた。

 紫色のハイレグ下着が、顕になる。

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