チートデイ

「いいのですか?」


 自分は、減量しなくてはいけない身である。

 なのに、ライカは食べろと。


 成果が出ないから、あきらめてしまったのか?


「はい。むしろ食べましょう」


「そうですか……」


 今度こそ、愛想を尽かされたのかも知れない。


「どうなさいました?」


「ライカさん、ごめんなさい。わたしの意志が弱いから、お嫌いになったんでしょ? だから、もう我慢しなくてもいいと」


 あまりの不甲斐なさに、セリスはライカに謝罪する。

 

 自分はライカの期待に応えられなかった。

 捨てられても仕方ない。


「何をおっしゃいます? ボクが、セリスさんを嫌うわけないじゃないですか」


 濁っていたセリスの視界が、ライカの言葉によって明るさを取り戻す。


「でも、こんなに食べちゃって」



「いいんです。今日は、『自分をだます日チートデイ』なので」



「チート……デイ?」



「カロリーコントロールの日、をいいます」


 ダイエットを続けていると、身体は少ないエネルギーでも対応できるようになる。

 それが続くと、かえって効率が悪い。

 定期的にドカ食いすることで、代謝の低下を抑えるのだとか。


「計画的であれば、ドカ食いは推奨すべきなんですよ。だから、今夜は食べていい日にします」


 人間の体内はよくできている。そんな仕組みがあったとは。


「魔女様は、ご存知だったので?」

 セリスは、カメリエにも話を振った。


 なぜか、予言者カメリエも満足そうだったから。


「左様。ワシはライカ殿に頼まれて、お主の欲望を刺激したのじゃ」


 ライカがカメリエに協力を仰いで、セリスが安心して食事できるように仕向けたという。


「ストレスのコントロールは大事です。それに、食べてみればわかりますよ」

「だけど、また体重が増えたら」

「大丈夫。あなたは強いです。きっと、試練にも打ち勝てます。ですから、今日はたくさん食べましょう。違いますね。むしろ『食べなきゃいけない日』なんです」


 ならば、遠慮はしない。


「はい。いただきます!」

 ライカの許可をもらったので、ありがたく手をつけることにする。

 皿を受け取って、肉団子にフォークを突き刺す。

 テトがこれみよがしに食べていたので、気になっていたのだ。


「んほおお」


 さっきは、無意識に食べたから、味まで注意が向いていなかった。今度はじっくりと噛みしめようと。


 目にとまったのは、テトが飲んでいる肉団子のスープだ。

 アマンドのお椀に注がれている。

 近づくと、魚介の香りが漂う。


「ブイヤベースみたいですが、色がないですね」


「ああ、『お吸い物』ですか?」


 あまりにもテトが夢中になって食べているので、セリスも空のお椀に汁を注ぐ。

 スープを一口だけすする。

 透明で何の味がしなさそうなスープ。


「いただきます。うん⁉ これは濃い!」


 凝縮された旨味が、口いっぱいに広がる。

 何のダシだろう? 

 魚介なのは分かる。


 続いて団子を半口食べた。

 この味は、魚だ。

 魚の肉をネギなどの野菜と混ぜて練り込んである。

 僅かに残った小骨の噛み応えが、またクセになる味わいだ。


「この、白色の肉団子の材料は? 牛や豚ではないようだが」

「キャスレイエットで摂れたイワシを、すり身にしました。魚介のスープと混ざっているから、よく味が染みているでしょ?」

「回転式ナイフの応用じゃよ」


 これらの食材を使用する事で、エネルギー吸収量は控えめになっているはず。

 スープにも豆類を使い、少しでも腹の持ちをよくしたのだという。


「こっちは、鶏肉に豆が混ざってますね」


 しかし、ここまで細かく砕いた豆を混ぜるなど、魔法でも使っているのか。


「どうりで、少しパサついていると思っていた。甘酢あんやデミグラスソースで、味を騙していたのか?」


 テトの質問に、ライカは「そうです」と答えた。

「大豆は熱量を抑えられ、腹が膨れます」


 それ以外にも、自分たちの食欲を抑える秘密があった。


「身体が、雷漸拳に馴染んできたんです。それほど大量に食べなくとも、満足できる身体になってきたわけです」


 自分を律する。

 それが、セリスたちにもいつの間にか身についてきたというのだ。


「じゃあ、こっちの方のブイヤベースも」


 海藻や貝類が入った茶色い汁物が目にとまる。


「ああ、こっちはミソシルです。どうぞ召し上がって下さい」


『お吸い物』なる肉団子のスープを飲み干した後、ミソシルなるスープを注ぐ。独特の香りがする。


「この茶色いのがミソです。味や香りに癖があってどうかと思ったんですが、評判がよくてよかったです」

「わかりました。いただきます」


 スープを一口含むと、強烈な旨味と香りが鼻から抜けた。

 これは米が欲しくなる味だ。貝だけでこんなにも深くて濃い味が出るのか。

 ミソという食材もいい仕事をしている。


「こちらもどうぞ、おにぎりを焼いたものです」


 ライカが気を利かせてくれた。

 三角形に固められた米の塊を差し出す。

 火が通されており、表面をわざと少し焦がしている。


「これもいただきます」と、焼きおにぎりを頬張った。

 

 焼けた米の風味が、鼻を駆け抜ける。

 これだ、これこそ欲していた味だ。

 ミソシルと一緒に食すと、また格別である。


「デザートも、食べちゃっても」

「どうぞ、甘さはありますが、砂糖はあまり使ってないんですよ」


 自信作なのか、しきりにライカから勧められる。


 遠慮なく、ラズベリーのケーキを食べる。

 続いてモンブランも。ショコラケーキだって。


 そこで、セリスのフォークが止まった。

 おかしい。思ったより、入らないような。

 いつもなら大皿が空になるまで食べられるはずのケーキ類。

 それが、腹につっかえているようだ。


「すごい、豆の味がします!」

「豆乳を使いました。豆を潰すと乳が出るんです」


 だから、豆の味がしたのか。砂糖独特のしつこさも感じない。


 どのケーキもおいしく調理されていて、あっという間に平らげられる。


 ただ、いつもより腹へ入らない。

 数個だけでお腹が一杯になってしまった。

 胃袋が膨れたように圧迫され、食べたくても手をつけられない。

 昔は際限なく食べられたのに。


 お腹をさすると、ちょうどいい感じに腹が膨れていると気づく。

 一通り食べたら、満たされている気分になっていた。


 それは、テトも同じらしい。

 唐揚げが数個とミニハンバーグ、透明なスープの中に入った白い肉団子だ。

 肉中心だったが、今は葉野菜の盛り合わせばかり食べている。


 セリスもテトも、肉食を拒む年頃ではないはず。

 食あたりも起こしていない。


 だとしたら、何が原因なのか。


「どういうことなんでしょう。豆を中心に使っているような事を仰ってましたけど」

「実は、これらの料理は全て、オカラや豆腐、豆乳などの大豆製品や、コンニャクを混ぜているんです」


 ライカが調理師に頼んで、おからを混ぜてもらっていたらしい。


 唐揚げなどは、あえて工夫しなかったそうな。手を加えても、かえって味気なくなるから。いっそガッツリ食べてもらおうと。


 その代わり、豆腐入り肉団子や豆腐ハンバーグが振る舞われ、ケーキには豆乳が使われている。


 普通に食べていれば気付かないレベルだ。


 コンニャクは、ステーキのサイドとして振る舞われている。


「消化されにくい大豆やコンニャクは、腹持ちがいいんですよ」


 以前聞かされた話によると、かつて雷漸拳には『精進料理』という精神修行があったという。

 肉を食べない代わりにコンニャクや大豆で代用していた。

 現代では、ダイエットにも応用されている。


「ふう。ごちそうさまでした」

 腹が満ちたセリスは、神に感謝した。


「ドレスがはち切れそうです」

「こんなにも喜んでくれて、ボクも満足です」


 ただし、チートデイは今日を合わせて数日のみ。

 次の停滞期まで、ドカ食いはおあずけだ。


「次に向けて、がんばりましょう。セリスさん」

「はい!」


 ちゃんとやせれば、ライカがごちそうをしてくれる。


 次のチートデイが待ち遠しい。

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