ポンコツ聖女 セリス・イエット・ロクサーヌ

「申し訳ありません。裸まで見てしまうなんて」

 セリスという少女を前に、ライカはずっと頭を下げ続けた。


 既に少女は着替えを終えており、宝物庫のソファにポツンと座っている。


 あれは目に毒だった。忘れようとも当分忘れられないだろう。

 鼻血が出なかっただけでも奇跡だ。

 女性から見ても、セリスの裸体は美しすぎる。


 心臓の鼓動が止まらない。生唾を飲む。

 思い出してはいけないと思っても、聖女セリスの艶めかしい姿が目に焼き付いて離れない。


「いえ、わたしは、大丈夫です。それより武具を着られないのが辛くて」

 優しい声でセリスは語った。


 目の前にいるのは、長い金髪を緩く一本三つ編みで結んだ少女が。

 上は清楚な半袖のブラウスにレースのボレロを羽織っている。

 下は、黄色いミニスカートと白いニーソックスだ。

 どちらにも花の刺繍が丁寧に施されている。


 ただ少し気になるのは、一五歳にしてはややポッチャリめという点だろうか。

 特にどっしりと肥えているワケではない。

 お腹の肉が若干たるんでいて、ややニーソックスから肉がはみ出ている程度である。

 

 が、全く気にならない。

 むしろ人によってはストライクゾーンではなかろうか。


 いかん。また頭の中でセリスのプロポーションを想像してしまった。


「改めまして、セリス・イエット・ロクサーヌです。よろしくお願いします」

 少女セリスがかしこまって、ソファから立ち上がる。

 ペコリと可愛らしく頭を下げた。


「それでは、この方が?」


 ここはキャスレイエットだ。そしてここは、領主の家。つまり。


「そうよ。彼女があたしの義理の妹で、選ばれた聖女なの」


 こんなか弱いお嬢様が聖女とは。線も細く、ロクに筋肉も付いていない。


 自分はモンクと呼ばれる武芸者職で、修行僧だから分かる。


 彼女はまともな武芸の修行を積んでいない。

 目を見れば予想できるが、人やモンスターどころか、虫も殺せないのでは?


「ライカ・ゲンヤです。かしこまらずに、ライカと気軽にお呼び下さい」

「わたくしもセリスとお呼び下さい」

「では、セリスさん、よろしくお願いします」


 座したままで、互いに頭を下げ合う。


「聞けば、ライカさんは大変お強いとお聞きしましたが?」


「先日、故郷の統一王者という栄冠をいただきました」

 ライカは、武術大会のいきさつをセリスに聞かせる。

 世界有数の強者を相手にした感想、どうやって勝ち進んだか、などを話す。


「あ、すいません! 話し込んでしまって」

 自分の話に夢中になりすぎて、セリスが退屈してしまったと思った。


「とりあえず、ウチのライカはスッゴいんですよ。大陸王者にまでなったことがあるくらいです」


「それはそれは、お若いのにスゴいんですね、お義姉さま」

 イヤな顔一つせず、セリスは微笑む。まるで自分の事のように喜んでいた。


 うっとりするセリスの顔に、ライカは思わず照れてしまう。


「ミチルさん、セリスさんをやせさせろ、というのは?」


「彼女を、聖女セリスをほっそりした体型にして欲しいの」

 困惑が顔に出ていたのか、ミチルが再度口を開く。


 肩の力がガクリと落ちる。


「大丈夫?」

 よほどショックな顔をしていたのか。心配そうな声がミチルから発せられる。


 事実、ミチルに声を掛けられるまで、ライカは放心していた。


「そんなことのために、ボクに手紙をくれたのですか?」

 幼なじみを前にし、思わず本音が漏れる。


 文を読んで早々、ライカ・ゲンヤは軽く身支度をしてから谷を飛びだした。

 寝食も忘れて野を越え山を越えること数日。

 一週間はかかる旅路を五日で踏破し、地図を頼りに、ようやくキャスレイエットへ到着したというのに。


「自分は魔王討伐隊に選抜された。修行の成果が認められた」と心を躍らせていた。

 その仕打ちがこれか?


「そんなこととは何よ。こっちとしては死活問題なの。あんたの腕を見込んで頼んでるの」

「確かに、ボクは昔、ミッちゃんをダイエットさせた経験がありますけど?」


 丸々と太っていた彼女を、ライカは三ヶ月でスッキリと減量させたのだ。

 嫁に行くからと。

 おかげで彼女は、ラファイエット夫人という栄誉を得た。


「でも、それはミッちゃん本人の努力であって、ボクは関係ないです」

「大アリよ。あなたのダイエット法が、セリス様に役立たないはずがない」

「そもそも理由は? 魔王復活と関係があるのですか?」


 先ほど、死活問題だとか言っていたが。


「あるのよ。これを見て」


 青いカーテンが、また開かれる。


 そこにあったのは、ドレスアーマーだ。

 生地は青く、所々に銀の装飾が施されている。

 全体的にスレンダーなサイズだ。


「これは、さっきセリスさんが着ようとしていた水着ですよね?」

「水着じゃないわ。伝説の武具、サーラス・ヴィーよ。魔王に対抗できる唯一の鎧なの」


 腰の辺りに、何やら装飾品が引っかけられている。

 剣のようだが、柄しかなく、鞘も刃も見当たらない。


 これが武具だと? どう見てもセクシーな水着にしか見えない。


「刃がありませんよ、この剣」

「魔法剣よ。プラーナを集中させることで、プラーナで形成された刀身が姿を現すの」


 プラーナとは、この世界における魔力の総称である。

 人間の体内や自然界のエネルギーは、すべてプラーナの影響を受けているのだ。


「不思議でしょ? でも、あなたになら分かるはずよ。この武具に、相当量のプラーナが内蔵されているのを」


 ミチルに言われて、ライカは目をこらしてみる。


 言われてみれば、プラーナの反応が。

 それも、かなり高いレベルの質量で。

 とはいえ布面積が極端に少ない。

 これでは単なるビキニアーマーだ。


「それで、この魔法の塊みたいな鎧と、彼女に何の関係が?」

「この鎧は、魔王を倒せる唯一の武装なの。けれど、今のセリス嬢にはこれを装着できない」

「資格がない、ってことですか?」

「セリス嬢は、体内エネルギーであるプラーナの総量とか、素質は十分備わっているの。鎧に過去の戦闘記録などを呼び起こす機能があるから、戦闘面はそれでカバーできるわ」


 戦闘力は、特に考えなくてもいいと。ならば、武術特訓はそれなりでいいか。


「ただ……身体が太りすぎていて」


 ライカは、視線をセリス姫に移す。


 これで? と目を疑いたくなる。


「あなたの言いたいことは、わかるわ」

 ミチルが、コクコクとうなずく。


「見た目的には、あたしもセリス様は及第点ってことろなんだけど、鎧からすると、そうでもないみたいなの」

 ライカの疑問を察知したのか、ミチルが代弁してくれた。


 確かに、セリスの胴には若干お腹の肉が余っている。

 指で摘まめばプヨンと贅肉が掴めるだろう。

 太股のニーソックスからは、やや肉がはみ出ている。


 とはいえ、ライカからすれば許容範囲だ。ライカがやせ過ぎなくらいである。

 これで太りすぎというなら、世の女性たちは全員ふくよかだと言わざるを得ない。


 ライカ的には、これくらいな方が愛らしいのだが?


 セリスは申し訳なさそうに、「お恥ずかしい限りで」と、腰の辺りで手を組んでモジモジしている。


「大体、鎧の構造からして極端すぎるのよ。きっちり装着しないと、鎧に秘められたプラーナを解放できないなんて!」

 ミチルが憤慨して腕を組む。


「御覧の通り、姫様は少し減量が必要なの。あなたの雷漸拳が頼りなの。何とかして身体をやせさせて、鎧を着て戦わないと」


「ボクがそれを着て、魔王を倒せばいいのでは?」


 それなら手っ取り早い。

 こんな弱そうな姫様に、世界の将来を背負わせる必要がどこにあるというのか。


「着てみれば、わかるわ」

 さして反対もせず、幼馴染は促した。

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