23回目 海は五度も嘲笑う

「この夕陽も何回目だ……」

 梅雨も終わり、今日は一日中太陽が元気に顔を出し続けていた。

 砂浜は、とても裸足では歩けなかっただろう。

 絶好の海日和と言っても差し支えのない一日だが、まだ人がごった返す時期でもなかったので、遊ぶにはもってこいの日だっただろう。

 そして今はもう人もまばらになってきている。

 そんな中、俺、生田伊織いくたいおりは、人の流れに逆らうように、波打ち際に立って夕陽を見ていた。

「何たそがれてんの?」

 そして、同じように人の流れに逆らって俺の隣に来たのは真田明日香さなだあすか。俺の彼女だ。

「たそがれたくもなるよ」

「なにかっこつけてんのよ」

 吐き捨てるかのように言葉を発した俺を、からかうように笑いながら、顔を覗き込んでくる明日香。しかし俺はそれを意に介さず、夕陽をじっと見つめたままだった。

「……どうしたの? 何かあった? 今日だっていきなり海行こうなんて言い出すし」

 今日はただの平日だ。いつものように大学の講義があったのだが、俺が明日香に海に行こうと誘い、半ば無理矢理遊びに来ていた。

「…………別に、気分だよ」

 俺はくるりと体を反転させ、今度は人の流れに加わる。

 そして明日香も、俺を追いかけるように続いた。


「今回は車で来たんだよな?」

「今回はって、前にも来たっけ?」

「……いや、こっちの話」

 着替えて合流した俺たちは、駐車場の方へと歩いていた。

「なにそれ。やっぱり疲れてるんじゃない?」

 明日香は少し心配そうに俺の横顔を見つめてくる。

「疲れてないと言えば嘘になるな」

「うわー、めんどくさい言い方。やっぱり電車で来た方が良かったんじゃないの?」

「電車にはあまりいい思い出がないんだ」

「え? 何かあったっけ?」

「『あった』なのか『ある』なのかは知らんけどな」

「……どゆこと?」

 目を細め、少し眉間にしわを寄せながら話す俺に、明日香は頭にクエスチョンマークを浮かべていた。

「轢かれたんだよ。……何度もな」

「え?」

 茶化すわけでもなく、トーンを落とすわけでもなく、淡々と言葉を紡いだ俺に、明日香は思わず足を止めた。

 流し目で明日香の方を見たあと、俺は歩みを止めて半身になった。

「冗談だ。何度も電車に轢かれてたら、今の俺は何なんだよ」

 今度は少しおどけてみせた。

 戸惑っていた明日香も「そうだよね」と安堵の息を漏らして、小走りに俺の元に来る。

 しかし、対照的に俺の顔はまた少し曇っていった。

 これからのこと、そしてその先のことを考えると、あまり笑顔ではいられない。

「伊織!」

 そんな状態で歩を進めていれば、周囲への注意は散漫になってしまう。

 明日香に名前を呼ばれ、足を止めて顔を上げた時にはもう遅い。

 俺は横断歩道を少し歩いたところ、片側一車線の車道の真ん中に立っていた。

 右側から時速六十キロほどで近づいてくる大型トラックが、もうすぐそこまで来ている。

 ブレーキはもう間に合わないだろう。

 青ざめていくトラックの運転手とは対照的に、俺は冷静そのものだった。


「慣れって怖いな」


 鈍い音が、辺りに響いた。

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