第37話 史上最強の魔王。リュミエルを救う。

「俺に刃を突き立てるとは、なかなかやるじゃないか」


 だが、刺さってはいない。服を破り、皮をわずかに傷付けて止まっている。


「絶好の機会だっただろう? もうその機会はないかも知れないぞ?」

「ごめん、ごめんなさい」

「謝らなくてもいいが、何があった?」

「ごめんなさい、ごめんなさい」


 背後から俺を刺そうとしたのはリュミエルだった。

 たとえ隙があったとしても、俺を刺すことは普通はできない。


 だがリュミエルは勇者である。気配を消す技術は並はずれている。


 そして、俺は一瞬気を緩めていた。

 加えてゾンビの自爆攻撃による傷の痛みが集中力をそいでいた。

 それゆえ、リュミエルは俺を背後から刺せたのだ。


「だが、なぜ刃を止めた? リュミエルの腕ならば、貫くことも出来ただろう?」


 リュミエルは完全に隙を突いたのだ。

 だというのに、俺の服と皮膚しか傷付いていない。


 振り返ると、プルプルと膝を震わせたリュミエルが立っていた。

 リュミエルは両手で俺のやった剣をしっかりと握っている。


(改めてみても……よい剣だな)


 さすがは竜王ヨルムンガンドが残してくれた剣だ。

 刀身自体のできが違うだけではない。剣には沢山の魔法がかけられている。


 恐らく古代から伝わる、伝説級の剣だ。

 この剣ならば、ヨルムの鱗すら斬り裂けるはずだ。


 リュミエルはその剣の凄さに気付いていない。

 もし、リュミエルに本気で刺されていたら、俺でも無事では済まなかっただろう。


「魔王軍四天王に命じられたのか?」

「……魔王軍四天王?」


 反応から判断するに、どうやらリュミエルは魔王軍四天王のことを知らないようだ。


「……ごめんなさいごめんなさい」


 謝りながら、リュミエルは間合いを詰めて剣を振るう。

 だが、リュミエルの剣は遅い。


 オークロードやドラゴンゾンビと戦っていたときに見せた動きとは別物だった。

 魔法を一切使わずに身体能力だけでリュミエルの攻撃をいなしていく。


「リュミエル。攻撃に迷いがあるな。それでは俺を殺せないぞ」


 リュミエルは未熟とはいえ勇者。戦闘センスが素晴らしい。

 だが、今のリュミエルの剣からは殺したくないという意思が伝わってくる。


 むしろ自分を殺して欲しい。そう願っている剣だ。


「そうか。リュミエル。理解した」


 リュミエルは俺を殺すように命じられたのだ。

 それも絶対に逆らえない方法でだ。


 恐らくシレーヌを人質にとり、戦っている様子もどこからか監視しているに違いない。

 ならば、この場はリュミエルを戦闘不能にしてやるのが一番だ。


 ハイラムはリュミエルの剣をかわし、右腕を掴み、力を込めて潰す。


「つぅ!」


 リュミエルはたまらず苦痛の声をあげた。橈骨と尺骨を握り潰されて折れたのだ。

 腕の骨を砕けば確実に戦闘力を削ることができる。しかもすぐに死ぬことは少ない。


 だから、俺は殺す気がないときに腕の骨を折る技を多用する。

 それでもリュミエルは剣を左手に持ち替えて構え続ける。


「その心意気は素晴らしいが……」


 リュミエルは左手でも懸命に剣を振るう。

 だが、さすがに利き腕ではない左腕だけではどうにもならない。


 早々に左腕の骨も右腕と同様にへし折られて、剣を落とした。

 両腕の骨を折られたことでリュミエルの心も折れたようだ。両膝を地面について頭を垂れる。


「……私の負けです。お師さまの好きにしてください。どれだけひどい目に遭わされても構いません」


 両腕の骨を折られたリュミエルは痛みで脂汗を流している。

 だが、どこかほっとしたような表情を浮かべていた。


「馬鹿なことを。可愛い弟子を、ひどい目に遭わせるわけ無いだろう」


 そして、両腕を床に付いているリュミエルの近くにしゃがむ。


「で、リュミエル。何か言いたいことはあるか?」

「…………ごめんなさい。私はどんな目に遭わされても……」

 助けて欲しいとはリュミエルは言わない。


「誰に俺を殺せと命じられたんだ?」

「………………」


 リュミエルは答えない。答えることを禁じられているのだろう。


「なら答えなくてもいい。……おや?」


 そのとき五人の男たちが部屋の中へと入って来た。男たちは部屋に漂う悪臭に眉をひそめる。


「お前たちは何者だ?」

 俺が尋ねても、その者たちはちらりと視線を向けただけで、まっすぐリュミエルに向かって歩く。


「第三騎士団長リュミエル・オルトヴィル第一王女殿下。魔王軍に内通した嫌疑にて拘束させていただきます」

 どうやら王宮から派遣された官吏たちのようだ。


「私は魔王軍などには……」

「弁明は法廷でお願いいたします」

 官吏たちは二人がかりでリュミエルの両脇を掴んで無理やり立たせる。


「ぐぅ」

 両腕の骨が折れているリュミエルは苦痛に顔をゆがませるが、官吏たちは意に介さない。


「貴様ら。俺の部屋に断りもなく入り、勝手なことはするな」

「勅命により殿下を連れて行くのです。邪魔しないでいただきたい」

「わかった。王のもとに連れて行けばいいんだな? 俺に任せて貰おうか」

「はぁ? いったい何を――」


 怪訝な表情を浮かべて官吏たちは俺に手をかけようとした。


「下がれ、下郎」


 俺は魔力を言葉に乗せる。空気が震え、官吏たちもびくりと身体を震わせた。

 激しいショックを受けたらしく尻餅をついている者すらいる。


「さて、リュミエル。腕を出せ」

「はい」


 大人しくリュミエルは赤く腫れあがった両腕を差し出す。

 縛られるか斬り落とされると思っているのか、リュミエルは少し震えていた。


 リュミエルの腕に優しく触れて治癒魔法をかける。

 腕の腫れがみるみるうちに引いていく。


「痛みはどうだ?」

「……消えました」

「ならばよし。剣を拾ってついて来い」

「どうして? 私はお師さまを――」

「暗殺未遂など俺にとっては大したことではない。それに師匠越えは弟子にとって悲願だろうさ。挑みたければいつでも来ていいぞ」


 怒ってなどいないと伝えるために、俺はにこりと笑って見せた。


 殺意のない暗殺未遂など、俺ににとって、本当にどうでもいいことだ。

 だが、赦されると思っていなかったのか、リュミエルはぽかんと口を開けている。


「さて王宮に行くのだったな。俺も明日オルトヴィル王に呼ばれていたところだ。一日早くなっても大差はないだろ。一緒に行くことにしよう」

「え、ですが……」

「もう夜も遅い。ヨルムの背に乗せてもらえば速い。リュミエル。ヨルムはシレーヌの部屋にいる。ついてきてくれ」


 そして、俺はシレーヌの部屋へと向かって歩き出した。

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